ザッ
あり得なかった。
ヤンキー野郎とは数メートル離れていた。
剣道の間合いは、僅か数センチの「密」の中に動く。
十分な距離は取っていた。
意識が覚束ないながらも、相手の位置は把握していた。
本能が悟っていた。
距離を取る必要がある。
様子を見て、相手の出方を見る必要がある。
即座にそう感じる自分がいた。
「やばい」と思った。
不用意に近づかないようにしたんだ。
つま先に力を入れ、いつでもステップを踏めるように。
相手が動いた。
その認識の渦中に揺れる鼓動。
視線。
“見たことがない光景”が、そこにはあった。
…というより、ほとんど想定していなかった。
対応できるはずの「範囲」から起きた、予測不能の動き。
認識の外から来る異常な“スピード”が、針の穴を通すように疾る。
俺は動けなかった。
動こうと考えることすらできなかった。
ヤンキー野郎はすでに“真横”にいた。
視線が追いつかなかった。
そんなこと、俺の今までの人生にはなかった。
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