「…っ!!」
思い出すのは
脳みそに直接流れ込み広がる、
真っ赤な痛み。
そして、網膜に焼き付いた
幸せそうなマスオの笑顔だ。
殴られた衝撃が繰り返したように私を襲い、
しばらく動くことも瞼を開けるだけの
簡単な動作さえ行うことができない。
目を閉じたまま、衝撃の濁流が過ぎ去るのをじっと待ち、耐える。
おそらく私はマスオに消火器で殴られたのち、
適切な治療を受けて、ベッドに寝かされている状態だろう。
先ほどの病院内で起こった事件の顛末を振り返り、
ホッとする。
私は生きている。
そして、マスオが人殺しにならなくてよかった。
ちらりと脳裏をよぎった言葉に、
はて私は自分がここまでお人好しだったかと
自答してしまう。
殴られたせいで脳が少々損傷してしまったか?
精神科医という立場上、患者が暴れることや、治療過程で
逆上した患者から暴力を振るわれることはたびたびあった。
しかし、消火器で思いっきり殴られることなんて初めてだったから
自身の体験を受け入れるまで少し時間がかかる。
殴られたことに対する身体的な痛みもそうだが、
治療していた患者に殴られるという事実が
心を蝕んでいく。
胸の痛みがじくじくと心に広がり、腐ったりんごのように
黒く醜く形がしぼんでいくようだった。
私は愚かにもマスオを【信頼】してしまったようだ。
仲のいい友人のような友好な関係を築けいていると思った。
どうやらそれは私の全くの独りよがりだった。
マスオは私を殺したいほど憎んでいたのかもしれない。
自覚し、深く息を吸い込む。
今は、いい。
今はそれを見なくていい。
感情の波が収まるとともに、痛みも少々収まっていく。
私はゆっくりと瞼を上げた。
「なんだ、ここ・・・・」
そこは大聖堂のような場所だった。
夜空のように広く大きなドーム状のホールの内装は白を基調とした
何本もの太い柱に支えられている。
側面にいくつも設置された大きなアーチ形の窓は
ステンドグラスで色付けされ、
外から入ってくる太陽の光によって
赤や青や黄色など美しい模様に輝いている。
白と黒のタイル状の床は大理石で端から端まで敷き詰められている。
そして私の周りには若い(10代後半から20代)男女が他5人転がっていた。
半径3メートルほどの円状の魔法陣が床に描かれている円の内部に
私たちはすべて集められており、床に描かれた魔法陣は私たちと
外界を隔てる幕のように白い光を放っていた。
転がっていた男女も私と同じように目が覚めたようで、
一人目を覚ましては隣の人を起こし、不思議そうに周りを見回したり、
こそこそと話し合ったりしている。
「成功いたしました!国王さま!」
男性とも女性ともとれるような中世的な声が聖堂に響く。
そちらを見ると、顔が見えないほどに紫色のローブ目深にかぶった人間が
魔法陣の外側、境界部分に立っていた。
「うむ、よくやった魔法使い」
年齢を感じさせるような低い声、だが威厳のある声がローブの人間(魔法使い)の報告に応える。
国王と呼ばれた人物は魔法使いとは反対側、
大聖堂の奥の豪華に装飾された高い玉座の上に
どっしりと腰かけていた。
頭には黄金に輝く冠を乗せ、
赤を基調とした中世ヨーロッパの王様のような
重たげな衣装を身にまとっている。
国王の言葉に応え、
魔法使いが厳かたる口調で
宣言を始めた。
「
では、召喚の儀、つつがなく進みまして、
魔王討伐のための選ばれし勇者たちここに結集せし。
異界より選ばれた勇者たち。
彼らのステータスを開示せよ。」
私どころか、ほかの魔法陣の中にいた男女5人も
全く状況がつかめていないようだった。
しかし無情にも魔法陣はさらに白い光を放ち、
やがて私たちの胸あたりでぴこんっという場違いな音が鳴った。
そちらに目をやると、ゲームのステータスバーのようなものが
自分の胸から20センチほど前あたりに宙に浮かんで表示されていた。
「弓使い、剣士、戦士、狩人、僧侶・・・・・これは」
魔法使いが表示されているステータスを読み上げていく。
しかし、なぜか私の番で首をかしげて止まってしまった。
「おかしい、どうしたんだ?」
魔法使いは先ほどの威勢はどうしたのか
すこし焦りをにじませる口調で私のステータスを
凝視している。
「どうしたんだ、魔法使い」
その様子に国王が問いかける。
「いや、ちょっとこれは…」
「いいからその男のステータスを読み上げろ!」
焦れた国王が魔法使いをせっつく。
魔法使いは少し悩んだものの、
あきらめたように息を吐いて
私のステータスを読み上げ始めた。
「ステータス、…魔王の花嫁」
※ちょっとした解説
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