ある日、何気なく商店街を歩いていると変な屋台が出ているのに気が付いた。
それはちょうど八百屋と魚屋の間の細い路地の前に出ていたんだけど、何故か俺はそこが気になって屋台に近づいて行った。
「おやまぁ、いらっしゃい」
その屋台の店主である人のよさそうなお婆さんが俺を見てニコリとした。
「こんにちは。あの…」
俺がここは何を売っているのか聞こうとする前にお婆さんはニコニコ顔で話し始めた。
「ここはねぇ、ぬりかべこんにゃくっていうのを売っているのさ」
俺はそれを聞いて「は??」と思わず声を出してしまった。それを見てお婆さんはカカカと笑う。
「これはねぇ、食べるもんではなくてねぇ、壁などに穴が開いた時とかにこのこんにゃくを千切って伸ばして壁の穴に張り付けると忽ち、壁が元通りになるっていうもんなのさ」
俺はお婆さんの話を聞いて思わず吹き出してしまった。そんなコンクリートじゃあるまいし…
だがお婆さんはいたって真面目で俺を真剣なまなざしで見つめてきた。それに段々と居心地が悪くなって再び俺は口を開く。
「で、でもそんな事って…」
「まぁ初めて聞いたら信じられんわな。お若いの、見てごらん」
そう言ってお婆さんは屋台の下からよっこらせ、と真ん中に大きな穴の開いた一枚の板を取り出した。
「板…??」
「そうさ。なにも壁だけじゃなくてこうやって穴の開いたものでもいいのさ」
お婆さんはそう言うと屋台の桶に入ってたこんにゃくを取り出し、そのこんにゃくを千切って指で伸ばし始めた。
不思議なことに千切れたこんにゃくは柔らかく、指で簡単に伸びている様に見えた。そして薄く延ばされたこんにゃくを穴の上に被せた。
そして俺は驚愕した。なんとこんにゃくがどんどん穴を塞いでいき、やがてこんにゃくは消えて、穴はすっかり塞がってしまったのだ。
俺が声も出せずその場を眺めているとお婆さんは再び、笑う。
「カカカ!びっくりじゃろ?これがぬりかべこんにゃくの実力さね」
俺はこれは本物だと思うと同時にこの前、家のアパートで家具をぶつけて壁に穴をあけてしまったのを思い出した。
「お、お婆さん!!それ、一個もらえますか!?」
「あぁ、構わないよ」
お婆さんはそう言うと値段を告げる。普通のこんにゃくより少し割高だったが全然気にならない。
業者を呼んで壁を直せば倍額以上は取られるだろうからだ。
俺はそれを受け取りニコニコしているとお婆さんがあっと声を出した。
「お若いの、このこんにゃくは間違っても絶対に食べてはいかんよ?大変な事になるからねぇ」
俺はそのお婆さんの言葉に二つ返事をして急いで家に帰った。
家に着いた俺は早速、穴の開いたところに駆け寄る。
家具をかなりの力でぶつけてしまっていて、結構大きく穴が開いている。
俺はこんにゃくを千切り、それを引き延ばす。やはりかなり柔らかい。まるでパン生地を伸ばしている様な感覚だ。
穴を塞げる程度の大きさに引き延ばすと俺は穴にこんにゃくをくっつけた。するとどうだろう、忽ち穴は塞がり、新品同様になった。
「おお!!本当に塞がった!!!」
俺は喜びのあまり、その場で軽く踊ってしまった。
「これ、すごいなぁ…そういえばお婆さん、これを食べるなって言ってたけど何でだろう…腹でも壊すのか??」
俺はお婆さんに食うなと言われていたこんにゃくを見つめる。だんだんとそれが食べてみたいという感覚に変わっていく。
こういうのをカリギュラ効果と言うのかと思いながらいよいよ我慢できなくなってくる。
「あんな効果があるんだ!きっとこのこんにゃくはほかのこんにゃくより美味しいに決まってる…!お婆さんが食べるなって言ったのはどうせ腹壊すとかそんな程度だろ!それに明日は大学も休みだし!」
俺はそう自分に言い聞かせて、さっそく料理に取り掛かる。と言っても、今日の晩飯用に作ろうと決めてた筑前煮にこいつを入れるくらいだが…
30分程経ち、ようやく料理が完成した。俺は早速こんにゃくを口に運ぶ。
「…うーん?普通にこんにゃくだな…」
俺はもっと不思議な触感を期待していたので酷く残念に思ったが、まぁ、半分こんにゃくは残してあるから良いかなと思い、その日の夕食を終えた。
真夜中、俺は目が覚め水を飲みたくなり体を動かそうとするが起き上がれない。それどころか足も手も動かない。目は開いてる筈なのになぜか真っ暗だ。
おかしい、こんなに真っ暗なのはどう考えてもおかしい。俺は助けを呼ぼうと声を出そうと思ったが声すら出ない。おかしい。おかしい!!
助けて!助けて!!助けて!!!誰か、誰か誰か誰か誰か誰か……
「あの若者、食べてないだろうね?なんせあれはぬりかべの魂を入れたこんにゃく。あれを食ってしまったら食ったやつがぬりかべ…家の壁になっちまうんだから…」
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