実就様が亡くなって三日後。冷たい風が吹き付ける夜。私達は焼け焦げた城の前にある、たくさんの提灯で橙色に明るい広場に来ていた。
「この国を愛すること。それが領主にとって何よりも大切で、大事なこと。僕が小さな頃から、そう祖父に言い聞かせられて育ちました」
台の上に立ち、眉間に深い皺を入れて演説しているスーツ姿の実正様。それを見た私は、胸を掴まれたような感覚に襲われる。
台の前には、骨壷を持った人が立っている。それを見ても、悲しみが込み上げてくる。あんなに小さくなってしまった。でも、今も手の平には、実就様の体の感触が残っている。
「特に怪しい人はいないですね」
旗ノ柄が実正様の前にいる民衆を見渡しながら、優に囁いている。
反乱騒ぎがあった後だ。まだ何か仕掛けてくる可能性もある。なので私達花水木も実正様の後方に立ち、警備に当たっている。
しかし、喪服で涙を流している国民はちらほらとしかいない。あの処刑の日とは大違いだ。
「こんな形で後を継ぐのは不本意ですが、三上家に恥じぬよう精一杯領主を務めていこうと思います。最後に、共に命を落とした祖父の側近や城の使用人。祖父とこの国のために戦った兵士達が、安らかな眠りにつけるよう祈っています。三上実正」
実正様は最後に、星が煌めく空を見上げた。一方私は自分のつま先を見る。
葬式が終わると、実正様が私に話しかけてくる。浮かべている微笑が痛々しい。
「今日はありがとう。あんなことがあったばかりなのに、駆り出してしまってすまないね」
私は俯きながら、小さく「いえ」と答える。まだ人もまばらに残っている。
「実就様の物もみんな燃えてしまって、残念です」
私はまだ焼け跡が残る城の方を見て、言う。
「実正様そろそろ」
百舌野がやってきて、催促する。私は礼をして、実正様が広場から出ていくのを見送った。
次の日。北風が吹き始めた日暮れ時の、基地の休憩室。窓辺では、沐が二匹並んで日光浴をしている。
右手に持つ懐中時計が、窓から差し込む橙色の光に照らされて光る。私はボタンを押して、懐中時計の蓋を開けた。円盤のガラスに、自分の緑色の瞳が反射する。
これも、形見になってしまった。
「牡丹!」
優に呼ばれ、はっとする私。
「おかわりいるのか」
正面に座る優が、私をじっと見つめていた。その腰には、相変わらず刀は挿さっていない。
「ああ、うん」
私は額に手を当て、深く息を吐いた。そして懐中時計を蓋して、懐にしまう。
「実就様の事か」
優は立ち上がって、棚から緑茶の茶葉の缶を取り出す。
「別に」
私は俯く。
「でも、ずっと苦しそう」
急須に茶葉を入れる優。
そんな事ない。そう口を開きかけて、閉じる。そして少し顔を背けて話し出す。
「実就様が亡くなってから、少し気が抜ける度に何度も思うの。もしあの時、創の人間が生きているのに気づけていたら。もしあの時、ピストルを向けられているのに気づけていたら」
流れる沈黙に耐えきれず、私はぎこちなく笑う。
「自分でも分かってる。随分と悲劇に酔いしれてるわよね」
「そんなことない」
優がこちらを振り返って、珍しく真剣な眼差しで私を見据える。私は大きく目を見開く。
「でも、牡丹は悪くない」
溢れて来た涙が一粒、夕日を反射しながら落ちてゆく。
階段を降りてくる音がした。私は手で頬を拭う。
諸星代表がドアを開けて入って来た。空のカップを手に、私を怖い顔で見下ろしてくる。
「大丈夫です」
私は立ち上がって、カップを受け取る。
「俺も緑茶でいい」
代表は優の手にする缶を見て言う。
優は茶葉をさらに追加し、私は火鉢から乗せていた鉄瓶を取って来てお湯を注ぐ。代表はその様子を少し眺めた後、口を開いた。
「蓮田様が殺害されたらしい」
その言葉に、私達は思わず代表の方を振り向く。
「いつですか」
私が聞く。
「創が城に攻め入った日の夜だろう、と言っていた」
私達が城へ潜入した前後の時間だ。
「創と仲間割れしたのかな」
優が、私を見て聞いてくる。
「創の人と話した時は、蓮田様が領主になるだろうって言ってた。そんな険悪な雰囲気は感じられなかったけど」
私は小首を傾げながら答えると、代表も口を開く。
「それに、裏には陽形がいた。陽形は、表立ってうちを掌握しようとすると反発が大きくて大変だから、裏で操る作戦にしたはず。それなのに蓮田様が死んだら、誰も領主になれる人がいなくなってしまう。もし蓮田様と創が揉めてたとしても、絶対蓮田様を死守すると思うぞ」
「となると、本当に領主の座を横取りしようとしていた人がいるってこと? 蓮田様を殺せば、自分が次期領主になれる」
私が顎を摘むと、代表は怖い顔のまま言う。
「国民が三上家の血を引かない人間に付いて行くなんて、よっぽど強い理由がなければ無理だ。仮にそんなやつがいれば、既に領主候補として世に名前が出ているだろうが、俺はそんなやつ知らない。可能性としては、低いな」
「じゃあ、反乱関連じゃないのかも。立場上、恨みを買うことは多かったでしょうし」
優がそれぞれのカップにお茶を注ぎ、私は代表にカップを渡す。
「それなら助かる。やっと一息ついたところだ、厄介事は掘り返したくない」
代表は顔を顰めて、受け取った緑茶に口をつけた。
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