次の日の朝、霧がうっすらと辺りに出ていた。
昨夜はよく眠れなかった。大丈夫。実就様も代表たちもとても聡明な人たちだ、きっと何とかなる。そう思おうとしているのに、ずっとモヤモヤとした不安がとれなかった。
あくびをしている旗ノ柄と共に基地へ来ると、玄関前で優と会った。一緒に中に入ると、既に人がいた。
「今日、軍から客が来る」
私達が玄関に入ってきた音を聞いて、スーツ姿の諸星代表が階段から下りてきた。今日も三白眼から鋭い眼光を放っている。
それを聞いて、私たちは驚きと嫌悪が混ざった顔になる。
「客? 刺客の間違いでは?」
顔色を変えずペラっと口から出してしまった優に、またやりやがったと眉を顰める私。
「お前の耳は仕事をしないらしいな。客だと言ってるだろ」
「すみません」
代表が睨み下ろすと、被りぎみで謝る優。
まあ優の気持ちもわかるけど。軍と聞けば、開戦派かと真っ先に思ってしまう。
「軍は軍でも、来るのは三上 実正様だ」
それを聞いて、私達は驚く。
「実正様って、実就様のお孫さんですよね。確か、士官学校を飛び級で卒業したっていう」
旗ノ柄が優に話しかける。
「今は特隊の隊長。でも能力者ではない」
旗ノ柄が「特隊ってなんでしたっけ」と、小首を傾げる。
「花水木と同時期に軍に組織された、超能力特別部隊の略称。隊員は能力者第一号だけ。うちと同じく戦争を起こさないための組織だが、攻め込まれないために、抑止力のような役割を持たせられている」
今度は代表が口を開く。
「なんでうちに来るんですか?」
旗ノ柄は手を挙げて、また質問する。
「実就様肝入りの特隊は、もちろん俺たちと同じく平和派だ。蓮田様に対抗するために、作戦会議をする。次の議会開催まで一ヶ月を切った、時間がない。
和歌山、実正様と面識は?」
唐突に話を振られて少し驚く私。
「あります。何度か城で会釈した程度ですが」
初めて会った時、「綺麗な色の瞳だね」と言われた。他の女性なら、恋に落ちていると思う。
「なら、お茶出しはお前がやれ。隊長として、ちゃんと挨拶しろ」
ええ。まあいずれピストルを教えてもらう時、話すことになるけど。早いか遅いかの違いだけど。
「来客の予定は、今から一時間後の十時だ。準備は頼んだぞ」
何か言いたげな私を、無視する代表。そして連絡事項を済ませると、代表はさっさと自分の仕事部屋がある二階に上がっていく。そしてドアの閉まる音を聞くと、優は安堵する。
「危なかった」
「余計なこと言うからでしょ。時間がないし、始めましょう」
私たちは早速仕事に着手した。旗ノ柄が外、私が応接室の掃除。優はお茶菓子の調達。手分けしたおかげで、何とか時間十分前に準備を終えることができた。
そして、時間ピッタリに実正様が来訪した。代表と一緒に私達も玄関で出迎える。
「ようこそ、代表の諸星 数彦です」
代表が愛想笑いの一つもなしに言い放つ。ようこそと思ってないように見えるけど。
私は隣にいる代表の影に溶け込んで、目立たないようにしながら思う。
「お招きいただき光栄です。私は三上 実正少尉です」
一方人当たりの良さそうな笑みを浮かべる実正様。赤紫色の髪と紫の瞳、顔立ちも整っている。
「これ、つまらないものですが」
実正様は、自分と同じ詰め襟の軍服を着た銀髪の目つきが悪い青年の方を振り返る。そいつは隠しきれていない殺気を放ちながら、前に出て手に持つ紙袋に入った菓子折りを代表へ差し出す。
私は代表の目配せを受け、折角溶け込ませた自分の体を影から出していやいや受け取る。
「申し訳ないが、お付きの方の同席は控えていただきたい」
「もちろんです」
全然申し訳なさそうに言わない代表の威圧など意に介さないというように、あっさり返答する実正様。
それを受けて、代表は実正様だけ一階の左の部屋、応接室へと案内し入っていった。
一階、右の部屋の休憩室。客人用のいいティーカップに、客人用のいい紅茶を注いでいる。いい香りが鼻を通り、上京して来て初めて紅茶を飲んだ時のことを思い出す。
その後ろの簡易台所で、優が頂き物のカステラを切ってお皿に盛っている。
私は二人分をお盆に載せ、旗ノ柄は一人分を後ろのテーブルに座っている実正様の護衛へ持っていく。
むすっと不機嫌そうな顔をしたまま、一言も話さない護衛。
「どうぞ」
旗ノ柄は少し緊張した様子で、紅茶とカステラを差し出す。
「あ、あの。その刀かっこいいですね。剣やって長いんですか」
旗ノ柄がその人の前に座り、興味津々なのをちょっと抑え気味に聞く。しかし護衛は「さあな」と言ってあしらうが、旗ノ柄は折れずに目を輝かせて見つめている。
クールな剣士って感じでかっけー、とか思ってそう。
一方護衛はそんなの目にくれず、腕組みを解き紅茶を口にする。そして「薄い」と文句を言ったので、優が僅かに鼻に皺を入れる。小さい頃からの、不快な気分になった時のクセだ。一方旗ノ柄は、混乱したような表情を浮かべている。
私はそんな三人を横目に、お盆を持って応接室へ向かう。そしてドアの前まで来て、ノックする。
「失礼します。お茶を持って参りました」
挨拶するだけ、挨拶するだけ。自分に暗示をかけながら、中へ入る。
テーブルを挟んで、二人ともソファに腰掛けている。私はそれぞれの前にお茶とお菓子を置いた。
「紹介します。こちらがうちの隊長、和歌山牡丹です」
代表の紹介で、私は実正様に頭を下げる。
「何度か城で会ったよね」
爽やかな笑顔を向ける実正様。
「ピストルの件はごめんね、中々時間取れなくて。でも近く予定が空きそうだから、もう少し待って」
私は黙って頷く。何だろう。実就様のことでちょっと辛いだろうなって思ってたけど、そういう素振りが見えない。
代表から「もういいぞ」と言われて、ようやく解放され部屋を出る。
「大丈夫だったか?」
休憩室に帰ると、優が心配して聞いてくる。
「うん。実正様も大変ね」
私は実正様を案じて、少し気持ちが落ち込んだ。実正様も私と同じく父を亡くしているので、今は実就様が男親代わりだろう。それに、不安とか隠す人なのかな、とか思った。
「誰目線で言ってるんだ。身の程をわきまえろ」
カステラを完食した護衛が、また口を挟んでくる。
優が先程より鼻の皺を深くして口を開こうとするが、私は優の肩に手を置いて首を振る。旗ノ柄は相変わらず混乱している様子だが、少し怒りが混ざったような顔をしている。
頭にくるが、確かに同情には、上から物を見ているという一面がある。実正様に対して失礼だった。
「お前たち、能力者だからって調子乗ってるんだろ」
護衛が琥珀色の瞳でこちらを睨み付ける。
「この前の交葉の銀行強盗、解決にお前たちが手を貸したそうだな。新聞にも取り上げられて、周りからチヤホヤされて。それで天狗になってるんだろ。だからそういう傲慢な発想になる」
「お前……」
耐えきれず、優が口を開きかけた時。
「なんでそんな酷いこと言うんですか!」
旗ノ柄が勢いよく立ち上がって、護衛を睨みつける。
「おれ、剣士はみんな強くて優しい人だと思ってましたけど、違ったんですね」
私と優は、突然の展開に驚く。
「確かにおれは、ちょっと天狗になってたかもしれないけど、隊長や副隊長はなってなかった。二人共いい気になってる暇もなく、こうして次の対応に追われてた。二人に謝れ!」
旗ノ柄が拳を握りしめて言い返すが、護衛の方は鼻を鳴らし冷めた目でこちらを見る。
「どうだか。口ではなんとだって言い訳できるからな」
「何だと!」
旗ノ柄が掴みかかろうとする。それを私は正面に割って入り、優が旗ノ柄を押さえつける。
「何やってんだお前ら」
居間のドアが開き、代表が私達の方を鬼の形相で見下ろす。
「代表」
私達は縮み上がりながら、後退りする。
「百舌野。絶対に喧嘩しないって約束してきたよね」
代表の後ろからため息をついて困った顔をした実正様が出てきて、護衛を咎める。
「すみません」
百舌野と呼ばれた護衛は、少し黙ってから謝罪した。しかし、ちょっと弁解したそうな顔をしている。
「申し訳ない実正様、うちのバカどもが」
「いえ。こちらこそ、すみませんでした」
両者の頭が謝罪したので、私達部下も頭を下げた。
「では、これで。本日はありがとうございました」
実正様はお礼言い、あの狂犬を連れて出ていった。
私達は玄関での見送りが終わると、そっと代表から離れようとするが。
「お前たち、罰は何がいい」
代表が私たちの方をギロっと振り向いて、質問してきた。
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