一週間後。
冷たい風に吹かれて、木から枯れ葉たちがハラハラと落ちる。
「四年前の陽形の国による侵攻で、我が国は多くの犠牲を払った。今こそ、その対価を受け取るとき。我らの土地を取り返すのだ!」
「そうだ! その通り!」
外で行われているデモ活動の声が、部屋の中まで聞こえてくる。
ここは赤実城、赤い瓦が目印の天守閣だ。
「もうそろそろ代表の定期報告終わりますかね?」
「そうね」
私たちが和室の客間で待っていると、廊下から足音が近づいてきた。そして私たちのいる部屋と分かっているのか分かっていないのか、何やら話し声が聞こえてくる。
「まったく。こんなデモまで起きてんのに、実就様はまだ戦争しないつもりなのかよ」
「能力者がいる今が攻め時なのに」
そいつらの影が襖に映る。頭の辺りが学生帽のような形をしているから、警官か軍人だな。
「まったく。人が足りないからって、警察の真似事させられるしよ……」
音が遠くなっていき、聞こえなくなる。
「軍人たちが応援で、デモ対応してるみたいね」
沐と出会ってからこの手の話は聞き慣れたせいで、怒りより呆れの感情が出てくる。
「なんであんなこと言うんだ」
「開戦派だからよ」
軍人達が去って行った方を睨みつけている旗ノ柄に、私は説明する。
「開戦派は能力者を戦力にし、陽形の国に侵攻すべきと考えてる。軍も開戦派が大多数を占めている、と実就様は言ってた」
また人がこちらに歩いてくる。しかしさっきとは異なり部屋の前で足を止め、襖が開けられる。
「待たせてしまってすまないね」
二人の男性が姿を見せる。実就様と諸星代表だ。
「お疲れ様さまです」
私達が立ち上がって礼をすると、実就様が穏やかな笑みを浮かべて私たちを労う。
「いつもご苦労様」
対して、相変わらず仏頂面の代表。
「では、失礼します」
実就様に頭を下げて歩き出す代表に、私達も会釈してからついていく。部屋を出て縁側をそのまま延長して作ったような廊下を歩き、玄関で草履を履く。そして両開きの大きな扉を開け外に出て、塀の外のデモ隊の抗議の声を聞きながらお堀にかかっている橋を渡る。
「おかえりなさいませ」
対岸の敷地に停めてある紺の車の前で、若い男性が立っていた。
「お待たせしました、森田さん」
旗ノ柄が元気よく挨拶すると、おかえりと返す森田さん。二十代ほどの優しそうな雰囲気のこの男性は、花水木で雇っている代表の運転手さんだ。
「外がかなり騒がしいです。城の辺りを抜けるまでに時間がかかりそうです」
森田さんが後部座席のドアを開けて、代表に見通しを伝える。
「分かった」
代表が後ろに乗り込み、同じく私達も席に座る。そして森田さんも運転席に着いて、エンジンをかけゆっくりと門へ車を走らせる。
森田さんの言う通り、押し寄せているデモ隊を下がらせるのに長い時間がかかった。かと思えば、その人混みを抜けて道に出るまでにさらに時間がかかった。
まともに走り出した頃には、旗ノ柄がやきもきしすぎて疲れていた。
「それで、何か話したんですか?」
人の多い交葉の街を走りながら、助手席の旗ノ柄がヘロヘロになりながら聞く。
「ああ、開戦派議員の動きについて。五日前、開戦派の議員が新聞の取材で、陽形と再戦すべきと発言しただろう。さらに、追い討ちをかけるように、熱い街頭演説までしてくれている。それでこの騒ぎだ」
ふざけやがって、と私の隣で代表は悪態を吐く。
「『元々陽形と戦争しないことを不満に思っている国民は多かったが、今や半数以上が開戦派か』と、今日の新聞に書かれてましたね」
私は真っ直ぐ前を見たまま、相槌を打つ。
「それって、なんかまずくないですか。だって、花水木ってうちの国が戦争を仕掛けられないように作られたんですよね? それなのに、こっちから戦争始めちゃうんですか」
「だから話しをしてきたんだろうが」
代表の鋭い視線を向けられ、すくみ上がる旗ノ柄。
「具体的な案は出たんですか」
私は代表のへそ辺りを見ながら聞く。
「いや。地道に国民と対話するしかない、と」
代表が少し悔しそうに答える。それを受け私は少し落胆する。代表や実就様なら、何か打開策でも見い出せるかと思ったのだが。
「その扇動してる議員を捕まえる、とかはダメなんすか」
旗ノ柄が荒技を提案してくる。
「いい手とは思えない。力づくで押さえつければ、もっと反発を生むわ」
代表も、「何でも実力行使すればいいってもんじゃない」と右に同じく否定的な意見を言う。
車は首都を抜け郊外の建物が少ない町を走り、ようやく基地に到着した。門をくぐって、敷地内に車を停める。
私達は車を降りて、基地の中へ入る。
「代表!」
右の部屋の休憩室から、珍しく慌てて優が出てくる。
着いて早々騒がしい。と顔をしかめながら、代表が威圧的に尋ねる。
「なんだ」
「先程このような号外が」
優が新聞を代表に差し出す。その一面の見出しには、こう書かれていた。
『独占インタビュー 蓮田議員、次の議会で領主になると宣言』
「ええっ」
旗ノ柄が思わず声を上げ、私に説明を求めて顔を向ける。
「領主は実就様でしょ、どういうことですかこれ。ていうか、蓮田って誰」
「蓮田 典道、議会議員開戦派の筆頭。この前の新聞取材で開戦を口にした火付け役よ。代々領主を継ぐ三上家の分家出身だから、領主になる資格はある」
私は、花水木開設の過程で詳しくなった実就様の周辺情報を教える。
「平和派の誰かが寝返った、ということですね」
私は眉間に皺を寄せながら、代表に言う。
開戦派に対し、「国を守るために戦争は避けるべき」と考えている人達は、平和派と呼ばれる。
すると今度は優が私の方を見るので、代表が解説する。
「議会議員の中でも、やはり開戦派の方が占める割合が高い。それでも、実就様が領主でいられたのには理由がある。それは、三分の一を超える議員を平和派として押さえていたからだ。領主を罷免するには、三分の二以上の議員の賛成がいる。つまり和歌山の言う通り、動き出したということは、平和派の議員を開戦派で抱えたということになる」
旗ノ柄は「実就様、クビにされちゃうじゃん」と、蒼ざめながら眉をピクピクさせている。
「まったく、仕事が片付かないうちに」
代表は「赤実城へ戻る」と言うと、また玄関を出て行った。
「そんな……」
あんなに国のために画策してきた人を、領主から降ろすの?
私は表情を曇らせ呟いた。
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