何重奏か分からないくらい、虫達が鳴いている真夜中。
オレ__笹見優一郎は、蝋燭を手に雷芯城の廊下を歩いて、貸してもらった客室へ向かっていた。
城には日の入りまでに着いた。牡丹達が連絡を入れてくれたのか、その後夜道を走って来た軍の護衛も来た。今日はここで夜を明かして、明日交葉へ戻る。
すると途中で、廊下の壁に飾られている大きな絵が、蝋燭にぼんやりと照らされて目に入った。
何となく気になって立ち止まる。絵を見上げて、明かりを掲げる。
白髪混じりの実就様と同じ年くらいの女性が二人掛けのソファに座り、その後ろに若い男女が並んで立っている。みんな穏やかな笑みを浮かべている。
女性は実就様と腕を組んで、豪華な洋服を着ている。確かあれだ、ドレスとかいうやつ。妹が話してるのを聞いた記憶がある。すごいヒラヒラしていて、裾がふわふわ広がるとか何とか。これっぽい。
「やあ、笹見副隊長。今から寝るところかい?」
声のした方を振り向くと、同じく蝋燭を持って歩いてくる実正様がいた。
「はい」
オレの隣に並ぶと、絵の方を見ながら言う。
「久々に見た、懐かしいね。祖父上の隣は祖母上、その後ろは僕の父上と伯母上だ」
実正様が疲れた顔で、力なく微笑む。
護衛に来た兵士達から、城が落とされ実就様が囚われていると聞いた。実正様は冷静を装っているが、明らかに落ち着きがなくなっているのが見てとれた。
「あれ」
実正様が突然、眉を寄せた。
「あの髪飾りって」
オレは言われた通り、絵の上部にある奥様の髪かざりを見る。
「あ」
オレは思わず声が出る。
たくさん挿してある髪飾りのうち、一つが目に留まった。紅色の玉がついた簪。
「和歌山隊長がつけている物だよね? 垂れている細かな金物細工も一緒」
本当だ。
実正様はオレの方を真剣な目で見て、質問してくる。
「和歌山隊長は、あの簪をどこで手に入れたの?」
「あれは、牡丹の親父さんが作った物です。元は母親の物だったらしく、形見だと言っていました」
オレがそう答えると、実正様は顎を摘む。
「でも、和歌山隊長は交葉出身じゃないよね。お父上は交葉に髪かざりを売りに来てたの?」
オレは首を振る。
「誰かの手から渡ったんじゃないですか」
単なる偶然だと考えるオレと、何かあるんじゃないかと怪しむ実正様。
「ねえ。和歌山隊長のお母上ってどんな人だった?」
「牡丹のお袋は、牡丹を産んだ時に亡くなったと聞いてます。それ以上は、何も」
「名前分かる?」
「睡蓮、だったと思います」
伏し目で黙り込む実正様に、今度はオレが無表情のまま質問する。
「何をそんなに気にしてるんですか」
実正様が意味ありげな微笑を浮かべて、オレへ視線を送る。
「笹見副隊長はさ、自分が領主だったとして、見ず知らずの孤児に手を貸す?」
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