綺麗な色な瞳だね

野咲 ヒカリ
野咲 ヒカリ

三十章 牡丹の出自

公開日時: 2022年5月2日(月) 15:30
文字数:2,338

 二階へ上がり、私は促されるまま大きなテーブルにある丸椅子に座る。

「まず、牡丹様に言わなければいけない事があります」

 宮峰さんが私の前に紅茶を置き、館長の隣に座る。

「お察しの通り、我々の本当の命は牡丹様の出自の詳細です」

 私は静かに紅茶を一口飲む。

「騙す形になった事を、お詫びしなければいけません。申し訳ありませんでした」

 宮峰さんがそう言って頭を下げると、館長も「申し訳ありませんでした」と謝る。

 私はそれを見つめた後、口を開く。

「それで、結果はどうでしたか?」

 心臓が脈打つのを感じながら、宮峰さんの緊張した顔を見つめる。

「牡丹様は、三上家の血を引いていると思われます」

 嘘でしょ。思わず口に手を当て、大きく目を見開く。

「しかし、実就様のご息女ではありません」

 宮峰さんの言葉に、私は固まる。

「どういう事ですか」

 私が混乱しながら聞くと、宮峰さんは話し出した。

「聞いてると思いますが、実就様の奥様、芍薬様が牡丹様と同じ紅の玉簪をつけている肖像画が見つかりました。そこで、その簪がどこで手にされたのか調べました」

 テーブルの端に積まれている本を一冊手に取り、開いて私に見せる。

「この記録には、百合様が芍薬様に贈ったものだと書かれています」

 宮峰さんが指差す。父が百合様に簪を売っていたなんて、初耳だ。

「その簪は芍薬様の死後、百合様が相続しました」

 そしてまた別の本を開く。

「そしてこれは、百合様の遺品の記録です」

 私の方に向けて、さっきの本の隣に置く。

「ここに書かれている記録では、簪は全て実正様の奥様、鶯様に相続されたと書かれています。しかし、鶯様は紅の玉簪は相続していないとおっしゃっており、行方不明です」

 ここで、宮峰さんは自分の紅茶を飲む。

「次に、将さんの話です。匠さんに、将さんがいなくなった時期を聞いたら、玄磨二十二年の夏だと言っていました。幹川のご住職が言っていた、二人が引っ越してきた時期と一致します。ご実家を出てすぐ、睡蓮さんと来たと思われます」

 そしてテーブルに載っていた最後の本を開いた。

「三上家の年表です。ここを見てください」

 宮峰さんは私の方に本を回し、ある箇所を差し示す。

「玄磨二十二年の七月、三上百合様がご逝去されたと書かれています」

 私は話の展開に、怪訝な顔をする。

「そしてここ」

 宮峰さんは、さっきの遺品の記録のある場所を指差す。そこには、押し花と書かれている。

「将さんは、誰かに押し花を送っていたそうです」

 私はゆっくり息を吐いて、口を開く。

「全部状況証拠です」

「ええ、私もそう思います。だから、昨日幹川へ訪ねて来ました。雷芯城に寄ってから」

 宮峰さんの発言を聞いて、私は瞬きをする。

「雷芯城には、実就様達ご家族の肖像画が飾られているんです。そこに、牡丹様と同じ簪をした芍薬様が描かれていた」

 宮峰さんがそう言うと、館長がテーブルに立てかけていた大きめのキャンバスを表に返した。私はゆっくり立ち上がって、そこへ歩み寄る。

 実就様と腕を組んだ奥様らしき人が座っていて、後ろに青年と娘が立っている。

「立っている若い女性が、百合様です」

 宮峰さんが私の隣に立つ。

 私は、その娘さんの方に視線をやる。桜色の髪に、鸚緑おうりょく色の瞳が優しくこちらを向けられている。

「その女性を、千令住職や睡蓮さんを知っている村人に確認してもらいました。すると、みんな口を揃えて、睡蓮さんにそっくりだと」

 私は絵の前に膝をついた。

 信じられない、そんな話。

 私の瞳は、百合様を映しながら揺れ動く。

「実正様は、牡丹様の瞳の色が実就様と同じ翠玉色だったことに、出会った当初から引っかかっていたそうです。でもそれは父だからではなく、祖父だったからだったんですね」

 館長の言葉を聞いて、私は宮峰さんを見上げる。

「実就様は、全部知っていたんですね」

「……恐らく」

 宮峰さんは視線を逸らして、濁す。

 そうだよね、都合良すぎだもん。心の中の私が、乾いた笑いを浮かべた。

「このこと、実正様には?」

 宮峰さんが首を振るので、私は立ち上がりながら、どうしてかと問う。

「牡丹様はこの調査で、勝手に過去を明るみにされました。だからせめて、実正様より先に報告しなければならないと思ったんです」

 眉を下げる宮峰さんに続いて、館長が口を開く。

「それと、牡丹様。話を聞いて早々で大変申し訳ないが、決断を迫られています」

 館長は真剣な顔で続ける。

「このことを実正様に伝えれば、三上家の人間として生きていくことを強制されるか、暗殺されるでしょう。それがいやであれば、どこかへ逃げなくてはなりません」

「そんな。まだこの話だって、受け止めきれてないのに」

 私は俯きながら、胸の前で両手を握る。

 すると、下で扉が開く音と共に男性の声がして、私達は揃って螺旋階段の方を見る。

「飛脚です! 和歌山 牡丹様はいらっしゃいますか!」

 私が階段へ向かおうとすると、宮峰さんが腕を掴んで止める。

「大丈夫、信頼できる人に居場所を伝えて来たんです。あなた達が何を企んでるか、分からなかったから」

 宮峰さんが手を緩めたので、私は階段を降りる。

「私です。ありがとうございます」

 三十代後半くらいの男性が、玄関の扉の前で立っていた。

 外から何やら騒がしい音が聞こえてくるので、私は文を受け取りながら扉の方を見る。

「さっきから外は大騒ぎだよ。なんか、城にデモ隊が突入したらしい」

 飛脚が「仕事になんねえ」とぼやく横で、私は自分の耳を疑った。

「え!」

 私の後を追って下へ降りてきた宮峰さんが、こちらに駆け寄りながら声を上げる。

「牡丹様」

 飛脚が出ていくのと同時に、館長が上から降りてくる。

「お逃げになった方がいい。出自がバレたら、政権を握りたいやつにとってあなたは邪魔になる」

 次から次に、頭がこんがらがりそう。私は額に手を当てた。






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