時を同じくして、陽形の天守閣。守樹の天守閣だった物よりさらに大きく、外装も内装も豪華の限りを尽くしている。
畳の客間に、二人が向かい合って座わっていた。その内の一人には、背後から二人の兵が小銃を向けている。
銃を向けられていないのは、部屋の奥にいる三十代半ばほどの男。袴を着て、つまらなそうな顔で聞く。
「それで、守樹の使者が何の用かな」
顎を摩りながら、胡座をかき片膝を立てている。
「この度新しく領主に就かれた実正様に代わり、取引をしに参りました」
左脇に刀と笠を置いた、手前に座る二十才ばかりの美しい女は答えた。きっちりと着物を着て、正座している。特に怯えている様子もなく、背筋を伸ばし真っ直ぐ男の方を見据える。
「単刀直入に申し上げますと、こちらの要求は休戦協定です」
女の言葉を聞いて、男は鼻で笑う。
「我らに利がない」
しかし女は至って真面目なまま。
「そのような事はありません。取引というのは、お互いに渡すものと受け取るものが存在しますから」
その様子を見ても、男はまだ態度を改めない。
「それじゃあ、どんなものをお前は差し出してくれる?」
男は目を細めて、顎を上げる。
「あなた方の悪事を公表する権利です」
女がさらりと言い放つと男は一瞬だけ左の下瞼が動いたが、笑みを浮かべたまま首を傾げる。
「何の事だ」
しらばっくれる男に、女は淡々と話す。
「革命団体を支援していた事も掴めないほど、我々は無能の集まりではありません。そちらの武器を流していましたね」
「うちの国民が、個人的に支援していたのかもしれないだろ。国としてやったという証拠はない」
「教育役も、派遣しましたね。国民が個人的に支援するだけなら、これは不可能ですよ。
うちの軍から流れた兵士は、一兵卒ばかりで銃を扱うことはできません。にも関わらず、実正様襲撃を行った部隊は、全員銃を持っていました。うちで使い方を覚えたような者は、創へ流れていない」
「知らねえな」
男は腕を組む。
「我が国に間者が仕込まれていたことを他の国が知ったら、自分の国にも陽形の間者がいるのではないかと疑い出すでしょう。そうなれば、時間の問題だと思いますよ」
既に、他国に陽形の間者がいることを確信している口ぶりの女。
「うちの国を脅すのか」
男は笑みを消し去り目を据わらせ、低い声を出した。
「先程から申し上げている通り、取引を持ちかけています」
女は先程と変わらず落ち着いて、そう返した。
翌日。朝から冷たい雨がしとしとと大地を濡らす。交葉内にある小さなレンガ造りの洋館。
オレは口の両端をきつく結び、廊下を小走りで進む。一番奥のドアの前で勢いを緩めて止まり、ノックする。
「百舌野です」
中へ入ると、書類が山積みになった机の前に座る実正様がいた。
「飛脚が来ました」
ここでようやく書類から顔を上げた実正様は、鋭い視線をオレに向ける。
「交渉成立。休戦期間は、半年だそうです」
実正様は安堵のため息をつく。
「そうか、よくやったね。安心はできないけど、とりあえず首の皮一枚繋がった」
はい、とオレは同意する。先の反乱で兵は疲弊し、とてもじゃないがすぐに戦争はできない。
「でも、大きな問題がある。どうやって国民を納得させるか、だ」
「反乱騒ぎは一旦落ち着きはしましたが、多くの国民はまだ開戦派のままでしょうからね」
「能力者を使えと騒ぎ出すんじゃないかと、予想してる。でも直近の問題は、それじゃない」
実正様はあくびを噛み殺しながら、ある書類の束を紙の山から引き抜く。
「反乱騒ぎで先行き不安が生まれたらしくて、不況になっているらしい」
実正様がオレにその束を渡してきたので、パラパラと斜め読みする。
「一方で食糧は、現在進行形で値段が上昇中。今年は若干不作だったみたい。その上、今回は城に備蓄しておいた食糧が焼けて無い。みんな心配したのか、各地で買い漁りが起きている」
背もたれに寄りかかり、腕を組む実正様。
「輸入するしか方法はありませんが、不作の原因は天候と記載されています。他国も同じように、収穫量が振るわなかった可能性が考えられます。難しいかもしれません」
オレも眉間に皺を入れる。
「早く解決しないと、今度は一揆を起こされる」
実正様が厳しい表情をする。
和歌山だったら、実就様の時のように何かいい案でも思いつくのか。
「そういえば、宝伝図書館から文が来ました。机の上に置いておきましたが」
ここで思い出した報告をしながら、実正様に書類を返そうと手を伸ばす。
「うん、確認した。ありがとう」
急に、胸の辺りが激しく痛み出した。一気に脂汗が体中に噴き出る。
「うっ」
オレは胸を押さえて、膝から崩れて倒れ込む。渡せなかった書類がヒラヒラ舞いながら、床に散らばって下りる。
「百舌野!」
実正様が驚いて立ち上がる。
くっそ、なんだ。目眩もする。視界がぼやけ、端から徐々に暗転していく。
「しっかりしろ百舌野!」
実正様がオレに駆け寄って、呼びかける。
だめだ。もう何も見えない。
景色が真っ黒になると、意識も遠のいていく。そして最後は、何も感じなくなった。
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