綺麗な色な瞳だね

野咲 ヒカリ
野咲 ヒカリ

二十章 協定

公開日時: 2022年4月22日(金) 15:30
文字数:2,045

 時を同じくして、陽形の天守閣。守樹の天守閣だった物よりさらに大きく、外装も内装も豪華の限りを尽くしている。

 畳の客間に、二人が向かい合って座わっていた。その内の一人には、背後から二人の兵が小銃を向けている。

 銃を向けられていないのは、部屋の奥にいる三十代半ばほどの男。袴を着て、つまらなそうな顔で聞く。

「それで、守樹の使者が何の用かな」

 顎をさすりながら、胡座をかき片膝を立てている。

「この度新しく領主に就かれた実正様に代わり、取引をしに参りました」

 左脇に刀と笠を置いた、手前に座る二十才ばかりの美しい女は答えた。きっちりと着物を着て、正座している。特に怯えている様子もなく、背筋を伸ばし真っ直ぐ男の方を見据える。

「単刀直入に申し上げますと、こちらの要求は休戦協定です」

 女の言葉を聞いて、男は鼻で笑う。

「我らに利がない」

 しかし女は至って真面目なまま。

「そのような事はありません。取引というのは、お互いに渡すものと受け取るものが存在しますから」

 その様子を見ても、男はまだ態度を改めない。

「それじゃあ、どんなものをお前は差し出してくれる?」

 男は目を細めて、顎を上げる。

「あなた方の悪事を公表する権利です」

 女がさらりと言い放つと男は一瞬だけ左の下瞼が動いたが、笑みを浮かべたまま首を傾げる。

「何の事だ」

 しらばっくれる男に、女は淡々と話す。

「革命団体を支援していた事も掴めないほど、我々は無能の集まりではありません。そちらの武器を流していましたね」

「うちの国民が、個人的に支援していたのかもしれないだろ。国としてやったという証拠はない」

「教育役も、派遣しましたね。国民が個人的に支援するだけなら、これは不可能ですよ。

 うちの軍から流れた兵士は、一兵卒ばかりで銃を扱うことはできません。にも関わらず、実正様襲撃を行った部隊は、全員銃を持っていました。うちで使い方を覚えたような者は、創へ流れていない」

「知らねえな」

 男は腕を組む。

「我が国に間者が仕込まれていたことを他の国が知ったら、自分の国にも陽形の間者がいるのではないかと疑い出すでしょう。そうなれば、時間の問題だと思いますよ」

 既に、他国に陽形の間者がいることを確信している口ぶりの女。

「うちの国を脅すのか」

 男は笑みを消し去り目を据わらせ、低い声を出した。

「先程から申し上げている通り、取引を持ちかけています」

 女は先程と変わらず落ち着いて、そう返した。



 翌日。朝から冷たい雨がしとしとと大地を濡らす。交葉内にある小さなレンガ造りの洋館。

 オレは口の両端をきつく結び、廊下を小走りで進む。一番奥のドアの前で勢いを緩めて止まり、ノックする。

「百舌野です」

 中へ入ると、書類が山積みになった机の前に座る実正様がいた。

「飛脚が来ました」

 ここでようやく書類から顔を上げた実正様は、鋭い視線をオレに向ける。

「交渉成立。休戦期間は、半年だそうです」

 実正様は安堵のため息をつく。

「そうか、よくやったね。安心はできないけど、とりあえず首の皮一枚繋がった」

 はい、とオレは同意する。先の反乱で兵は疲弊し、とてもじゃないがすぐに戦争はできない。

「でも、大きな問題がある。どうやって国民を納得させるか、だ」

「反乱騒ぎは一旦落ち着きはしましたが、多くの国民はまだ開戦派のままでしょうからね」

「能力者を使えと騒ぎ出すんじゃないかと、予想してる。でも直近の問題は、それじゃない」

 実正様はあくびを噛み殺しながら、ある書類の束を紙の山から引き抜く。

「反乱騒ぎで先行き不安が生まれたらしくて、不況になっているらしい」

 実正様がオレにその束を渡してきたので、パラパラと斜め読みする。

「一方で食糧は、現在進行形で値段が上昇中。今年は若干不作だったみたい。その上、今回は城に備蓄しておいた食糧が焼けて無い。みんな心配したのか、各地で買い漁りが起きている」

 背もたれに寄りかかり、腕を組む実正様。

「輸入するしか方法はありませんが、不作の原因は天候と記載されています。他国も同じように、収穫量が振るわなかった可能性が考えられます。難しいかもしれません」

 オレも眉間に皺を入れる。

「早く解決しないと、今度は一揆を起こされる」

 実正様が厳しい表情をする。

 和歌山だったら、実就様の時のように何かいい案でも思いつくのか。

「そういえば、宝伝図書館から文が来ました。机の上に置いておきましたが」

 ここで思い出した報告をしながら、実正様に書類を返そうと手を伸ばす。

「うん、確認した。ありがとう」

 急に、胸の辺りが激しく痛み出した。一気に脂汗が体中に噴き出る。

「うっ」

 オレは胸を押さえて、膝から崩れて倒れ込む。渡せなかった書類がヒラヒラ舞いながら、床に散らばって下りる。

「百舌野!」

 実正様が驚いて立ち上がる。

 くっそ、なんだ。目眩もする。視界がぼやけ、端から徐々に暗転していく。

「しっかりしろ百舌野!」

 実正様がオレに駆け寄って、呼びかける。

 だめだ。もう何も見えない。

 景色が真っ黒になると、意識も遠のいていく。そして最後は、何も感じなくなった。

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