日に日に朝晩が寒くなってきた中、夕空にピストルの発砲音が響いた。
「腕、下げすぎなくなってきたね。命中率も上がったんじゃない?」
実正様が後ろで、耳に当てていた両手を下ろしながら言う。
十五メートルほど先にある的の外側に、二つ穴が空いている。
「まだ実正様みたく、全弾命中とはいかないですけど」
私はピストルを下ろして、振り返る。
軍本部の外にある射撃練習場。今日で実正様の指導を受けるのは三回目だが、人当たりがよくて既に少しの会話ならできるようになった。
「すぐできるようになっちゃったら、僕の立つ瀬がないよ」
実正様が爽やかに笑った。そして腰に片手を当てて大きく呼吸する。
「あと四日で議会開催だ。議員を取り戻せそうで、よかった」
私は「そうですね」と相槌を打つ。
実正様との会談では、実正様たちが軍の開戦派の動向を監視と、寝返らせることができそうな軍の幹部を引き抜く。そこから繋がっている開戦派の議員を、諸星代表が平和派に引き込む。という方向でまとまったと聞いた。
その後、代表は忙しくあちこち飛び回っていたようで、今日までほとんど顔を合わせていない。しかしそのおかげで、一安心できる知らせを受けることができた。
ところで、と実正様が口を開く。
「和歌山隊長は、祖父上と一年ほど前に知り合ったらしいね」
私は頷く。
「それより以前は会ったことないの?」
実正様がにこやかに聞いてくるので、私は首を横に振る。
「そっか。いや、城で何度か見かけた時、すごく仲が良さそうに見えたから。まるで古い付き合いみたいだと思って」
実就様が親しく接してくれるから、そう見えたのかな。私は一人で思う。
「実正様!」
突然、男性の大声が聞こえてきた。
「百舌野。どうかしたの」
実正様の後方から、あの目つきの悪い百舌野がこちらへ駆け寄ってきていた。百舌野は立ち止まって少し呼吸を整えてから、私を睨みつけながら実正様に耳打ちする。
「そう」
実正様は最後まで話を聞くと、真剣な顔つきで顎を摘む。
「詳しくは隊室で」
百舌野は中に入るよう促し、私にしっしっと手を払う。
はいはい、邪魔者は帰りますよ。私は支給されたピストルを左脇の帯から下げたホルダーにしまい、立ち去ろうとする。
「待って。丁度いいから、代表に伝言を頼みたい」
しかし実正様は私を引き留め、本部内の特隊室へ招き入れる。中は事務室みたいな所で、右半分に二人分の簡単な作りの机と椅子が。左半分に接待用の二人掛けソファが、細長い机を挟んで向かい合うように置かれていた。
「この話はまだ軍と政府のみしか知らない情報だ。くれぐれも口外するなよ」
そう百舌野は不機嫌そうに言いながら、部屋の奥の方のソファに座った私に緑茶を出す。そして実正様に会釈して、何処へ行くやら部屋を去っていった。
口をつけるとお茶は渋かったので、そっと置く。え、何。この前の嫌がらせ?
「実は今さっき、軍の国内諜報部隊より『三上政権を倒そうとする開戦派の革命団体が発足した』との情報が入った」
正面に座る実正様からそれを聞いた瞬間、私は顔を歪ませた。
まったく、次から次に。どうして、こう物事ってものは順調にいかないのだろう。私は奥歯を噛み締める。
「名は、創。構成員は全員うちの国民らしいけど、どうやらそれを裏で支援しているのは陽形の国のみたい。報告書には、『恐らく陽形の国は、創に正体を隠している』と書かれている」
実正様が書類の束を見ながら話す。
同感だ。攻めようとしている国から支援を受ける、なんておかしな話はない。でもそれなら、陽形が支援するのもおかしな話だ。
私は首を傾げる。
「陽形は多分、うちを乗っ取るつもりだ。政権を奪ったところを、創ごと守樹を掌握する。わざと戦争を仕掛けさせる、って仮説はないと思う。君達能力者を警戒しているはずだから。
で、もしそうなら早々にそこを潰す必要が出てきたけど……」
「権力で屈服させたと、さらに反感が生まれる」
私が言葉を引き取ると、実正様は頷く。
「創は、蓮田様とも手を組んでいるのでしょうか?」
蓮田様は開戦派議員の筆頭。同じ開戦派の創とは、利害関係が一致する。
「どうだろうね。でも、可能性はある。議会で領主になれなそうだと気づいて、武力でねじ伏せることにしたのかも。牽制になることを祈って、裏に陽形がいることは蓮田さんにも伝えておこう」
そこで、百舌野が帰ってきた。
「実正様。三守少佐との約束の取り付けができました。明日の昼十一時です」
「よくやったね、ありがとう」
実正様が爽やかな笑みを向けると、嬉しそうに「いえ」と言う百舌野。を私がじっと見つめていると、百舌野が慌てて咳払いする。犬みたい。私の頭の中で、飼い主に撫でられて尻尾をぶんぶん振っている犬が思い起こされる。
「聞いたね、和歌山隊長。その時間に、諸星代表に軍本部に来てもらいたいんだ」
そして実正様は微笑を浮かべながら言う。
「軍の開戦派と手を組む」
私は思わず声を上げ、目を見開く。
「どうやってですか? むしろ、創と手を組みたがりそうな状況ですが」
その様子を見て百舌野が鼻で笑い、私はむっとして睨む。
「やつらが賢かったら、そうするだろうね。でもそれより先に、敵の手中で遊ばれていることが頭にくる、単純なやつらなんだよ」
肩をすくめながら苦笑いする実正様。
えっとつまり。私は頭の中で整理してから、口を開く。
「軍の開戦派と私達平和派の利害が一致した。それを利用するってことですね」
私たち平和派は、国を守りたい。軍の開戦派は、陽形に操られていることが気に食わない。するとどちらも、陽形の国は敵だ。共通の敵ができた私達は、手を組む理由ができた。
「僕ら平和派は少数派だ。大事な局面は協力していこう」
実正様がニヤリと笑った。
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