臨時の城の客間。
「確かに、お義姉様の遺品はもらったわ」
ソファに腰掛けた実正様のお母様、鶯様は紅茶に口をつける。
綺麗にまとめられた艶やかな髪に、光る幾つもの髪かざり。金や銀の煌めく鳥の刺繍が入った、汚れ一つない着物を纏っている。
「でも、紅色の玉がついた簪なんてもらってない」
ツンとした雰囲気と口調の鶯様。
外の抗議の声が騒がしいので、オレはそれにかき消されまいと大きめの声で聞く。
「百合様がその簪をつけているのは、見たことありますか?」
「ええ。お義母様が亡くなってからは、ずっとそれを髪に挿していたわ」
ということは、百合様が手にした後行方不明か。
「一緒に焼かれたとか、実就様が相続されたと言った話はありませんか?」
「さあ。聞いたかもしれないけど、覚えてないわ」
オレはメモを取った後、話題を変える。
「では、百合様のことを詳しく知りたいのですが」
「知らないわ。当時私達家族は、離宮に住んでいたの。だからそもそも、城に住んでいたお義姉様と会う機会自体少なかったし」
「百合様と仲の良かった人物に、心当たりはないですか」
「ないわ。いつも仕事に追われてたから、そんな人いなかったかもね。ほんと、よくできた人」
鶯様は棘のある言い方をする。
「では、睡蓮という名に聞き覚えは?」
オレの問いに、鶯様は首を振る。
ここでも繋がりは見つからないか。オレは気持ちが漏れ出し、少し険しい表情になる。
「では、百合様が病院に運ばれた時のことはどうですか」
次に、気になっていた百合様の死後に関わる話をする。
「それもよく知らないわ」
鶯様があっさりと言いのけるので、オレは片眉を上げる。
「領主の一大事です。さぞ心配されたでしょう」
「ええ、そうね。でも本当に知らないの。私、余所者扱いされていたから、重大な事には関わらせてもらえなかったの。実正の即位だってそう。夫が死んだ時には既に元服していたのに、お義父様がまだ早いって。私が手伝うからと言ったのに。きっと私への嫌がらせよ」
鶯様は、眉間に皺を寄せて愚痴を言う。
「では、百合様が亡くなる前後の行動を教えていただけますか」
オレは脱線した話を戻す。
「夫は連絡を受け、私と実正を残して一人交葉へ。それから三日経って、飛脚が訃報を届けに来た。その後私達も城へ向かって、そこで夫と落ち合ったわ」
ここで鶯様はうんざりした表情を浮かべ、ソファに深くもたれる。
「もういいでしょ。疲れたわ」
「あともう少しだけ、ご協力ください」
オレが小さな雑記帳に記録を取りながら言うと、鶯様はむっとして言う。
「あなたは聞くだけだから楽だろうけど、答える方はすごく頭を使うのよ。その辺、心得てないでしょ」
しまったと、オレは手を止めて頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。ご指摘はごもっともです。しかし、当時の三上家の人間は既に他界されていますし、頼れるのは鶯様だけなんです。そのせいで質問が多く、負担が大きい事は最初に伝えておくべきでした。すみません」
鶯様は不機嫌そうな顔のまま、鼻を鳴らす。
「百合様の死後、葬儀や追悼式などが執り行われませんでしたよね。それについては、どういう話し合いだったのでしょう」
「それも知らない。遺体すら見てないの。したのは、墓参りだけよ」
鶯様は腕を組む。
これ以上は無理だな。
「貴重なお話とお時間を頂戴し、ありがとうございました」
オレはソファから立ち上がり礼をすると、部屋から出た。
あまり大きな収穫はなかったな。
オレはため息をついて廊下を歩き出すと、書類の束を抱えた牡丹様とばったり遭遇した。
「宮峰さん」
「牡丹様。あの時は、ご協力ありがとうござました」
オレ達はお互いに会釈する。
「よくここに入れましたね」
牡丹様は伏し目がちに、緊張した声色で聞いてくる。
「はい。警察官に誘導してもらいました」
では、と立ち去ろうとするオレを、牡丹様が「あの」と引き留める。
「祖父や笹見から文が来ました。私の事、かなり詳しく調べられているようですね」
振り返ったオレを、牡丹様は一瞬見上げた。こちらを訝しむ視線だった。
「伝記というのは、詳細に真実を書き記すものですから」
オレは少しドキっとしながらも、冷静を装って答える。
しばらく沈黙があった後、牡丹様が先に口を開いた。
「出来上がりを楽しみにしています」
「はい。一番にご連絡します」
牡丹様は再び会釈をして、歩いていく。オレはそれを見送って、深く息を吐いた。
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