発砲音が響いた。と思ったら、実就様の顔が痛みで歪み、胸部から血が噴き出した。
「実就様!」
嘘だ、撃たれた。私の手先が震える。
私はすぐに実就様の元へしゃがみ込み、服のポケットから取り出した手拭いを出血しているところへ当てる。実就様が弱々しく呻き声を上げる。
「くそっ、どこだ!」
百舌野が首の筋を浮かせ、私に実就様を預けて立ち上がる。そして今来た廊下の方を睨みつけるので、私も振り返って探す。
陽炎で歪む景色に、ピストルを手に倒れ込んでいる青年が見えた。瓦礫に足が挟まっている。
「百舌野あそこ!」
目を凝らして見渡している百舌野に、私が指差す。
あの人、旗ノ柄といる時に声をかけてきた男の人だ。通りすぎた時気づかなかった。
私はなんだか頭がくらくらする。
「燃やしてやる!」
百舌野が憤怒して吐き捨てるが、無意味だ。多分もう死んでる。しかし私は百舌野に構ってる暇がない。手拭いがもう真っ赤に染まり、私の手まで血が流れ出ている。
「しっかりしてください実就様」
私は耐え切れず涙が零れる横で、百舌野が手を振って火のカーテンを引く。青年の体を巻き込み、燃える。
「牡丹」
実就様が目を閉じたまま、掠れた声で私を呼ぶ。
「はい」
私は視界がぼやける中、実就様に顔を近づける。
「君は自由だ……」
私は、全ての意識を実就様に集中させる。
「幸せになって、牡丹」
そう涙を一筋流すと、実就様は口を開けたまま動かなくなった。
「実就様!」
私は悲痛な叫びを上げる。百舌野がはっとこちらを振り返って実就様の横に膝をつき、首に手を当てる。そして歯を食いしばりながら私を見て、ゆっくり首を横に振った。
「そんな、実就様」
私は実就様の体にしがみつく。
やっとここまで来て、あとちょっとのところで。私が、守り切れなかったから。
そんな中時は止まってくれず、燃える建材が上から崩れ落ちてくる。
「行くぞ。金田伍長を待ってる時間はなさそうだ」
百舌野はボソっと私に言う。でも私にはそんな言葉聞こえない。こんなに出てくる血は生温かいのに、もう死んだなんてあり得ない。
「ぐじゃぐじゃするな! お前も死にたいのか!」
百舌野が怒鳴って私の肩を掴み、実就様から引き剥がす。
「この人が死んだなら、私も死んだも同然よ!」
私が泣き叫ぶと、ちょっと百舌野が怯む。
城がどんどん崩れていく。大きな落下音がそこら中で聞こえる。
百舌野が顔を歪ませて、無理くり私を担ぐ。
「ちょっと!」
私が抵抗するが、百舌野はそのまま隠し通路へ下りていく。床に置かれた実就様が、どんどん遠くなっていく。
「気持ちは分かる。でも、お前は死なせない」
私からは百舌野の後頭部しか見えないので、どんな表情か分からない。
人一人歩ける横幅の階段を下りていくに合わせて、実就様の顔が見切れてゆく。私はこんなに悲しくて苦しいのに、どうして実就様の表情はあんなに安らかなんだろう。
「どうして」
単純に疑問が口をついて、ぼそっと出る。
薄暗く段差がよく見えなくなると、足で先を確認しながら慎重に階段を下りていく。
「実正様にとって必要な人間だからだ」
一段、百舌野が階段を下りた。その瞬間、実就様の顔は見えなくなった。
冬の訪れを感じるような冷たい空気の秋晴れ。
オレは真っ直ぐ赤実城へ向かっていた。交葉の街に入ると、人が誰一人道に出ていない。店も開いてない。何だか焦げ臭い臭いが漂っている。
もう始まってるんだ。牡丹、旗ノ柄。無事でいてくれ。実就様もだ。
城の前にある処刑場にされる広場へやってくると、軍の兵士達は銃を下ろし多くの者が笑みを浮かべて歓談していた。
そして遠くに見える城の姿に驚く。黒焦げになって、倒壊している。
「牡丹は?」
オレは思わず呟きながら、急いで飛丸から下りる。そして適当な木に括りつけて、城の敷地への門をくぐる。
多くの軍人達がお堀にロープを垂らす者と下に銃を向ける者と分かれて、立ち泳ぎをしている白マント達を引き上げている。
オレはその人達の隙間を通って、お堀に架かる橋を渡る。そしてみんなを探して、死体の転がる敷地内まで足を伸ばす。すると、地面に座り込んでいる人が、深川鼠の羽織を着ていた。
「旗ノ柄!」
オレが呼びかけると、旗ノ柄が振り返る。そして「副隊長!」と嬉しそうに、大きくこちらに手を振る。
駆け寄ると、あちこちから出血したのか羽織や袴に血がついている。
「大丈夫か」
「はい。みんな掠っただけです」
旗ノ柄はそう元気よく言うが、足の傷は深いようで巻かれた包帯が既に血で滲んでいる。
「牡丹は?」
オレが聞くと、旗ノ柄は「無事みたいです」と答える。
オレはほっとして深く息を吐き出す。よかった。
しかし旗ノ柄は、すぐに暗く悔しそうな顔になって言う。
「でも、実就様は」
旗ノ柄のぐっと握りしめた拳を見て、オレは奥歯を噛み締めただ黙って頷いた。
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