日が完全に真上に登り切る中、私は優に連れられて同じ首都内にある「榛生体研究所」という所へやってきた。
「榛は布地財団に付属する組織で、軍の研究室と提携して能力研究をしている」
飛丸を研究所の敷地内にある馬繋場に繋いでいる優。
「布地……、もしかしてあの布地財閥の何か?」
「ああ。そこが立ち上げた」
やっぱり。
布地財閥は、うちの国一番の財閥だ。様々な分野に進出しているが、まさか財団まで創設していたとは。
二人して玄関から中へ入ると、広いロビーになっていた。そこのソファに座った袴の男の子がこちらを振り返って、レモン色の瞳をこちらに向けた。
「お疲れ様です、笹見さん」
私は人見知りが出て、挨拶をしている優の背後に隠れる。
「その人は?」
私より年下に見えるその男の子が、不思議そうに私の方を見る。
「こいつは和歌山 牡丹、四人目の能力者」
優が後ろにいる私が見えるように、上半身を傾ける。
男の子は「まじか!」と驚く。そして立ち上がってこちらに歩み寄り、自己紹介を始める。
「初めまして。おれは旗ノ柄京也、十四才です」
旗ノ柄は私に頭を下げるが、私は緊張しすぎて体が固まって動かない。その様子に、怪訝な顔で私の方を見る。
「牡丹は人見知り激しいから、しばらくはこんな感じだと思う」
と体勢を戻しながら解説する優。
「ところで、旗ノ柄も実験?」
はい、と返事をする旗ノ柄。
「なんか、融合すると熱っぽくなるのおれだけっぽくて。その調査です」
「ああっ! 君でしょ、新しい能力者って」
すると突然、奥から二十代くらいの白衣を着た女性が目をキラキラさせて現れた。そして私をビシっと指を差す。
「東海林さん」
振り返った旗ノ柄が、げっと言って顔をしかめる。しかし、女性はそんなのお構いなしに私の方へ大股で勢いよく歩いてくる。
「私は、東海林 清。早速実験しましょう!」
私に顔を近づけててきたので、うわっと反射的に体をのけぞらせる。しかし東海林さんは私の腕を掴み、外へ連れて行こうとする。
「優は?」
「オレも実験あるから」
私はすがるように優を見たが、優は頑張れと親指を立てる。
無理無理と首を振る私をよそに、優は私の沐を東海林さんに渡す。
そうして、私は旗ノ柄から哀れみの視線を受けながら、外へと再び出ていった。
「ここでは能力の研究してるから、能力者の体のことも記録してるの。後で質問票に回答して帰ってね」
車を運転する東海林さんが、助手席に座る私に饒舌に語る。
「本当は沐のことももっと調べたいんだけど、この子たち何も食べないし出さないの。よく日光浴してるから、植物と一緒なんじゃないかとか考えてるけど」
へえ、面白い話を聞いた。話相手は苦手だが、話には興味が向く私。
車は街を抜け、どんどん人がいない郊外へと走っている。
「覚醒前に見つかったのは和歌山さんがが初めてだから、どんなことが分かるのか楽しみだわ」
興奮が抑えられない様子の東海林さん。
「ああ、覚醒っていうのは、能力に目覚めることよ。人によって能力の種類が違うんだけど、融合と言う能力を使うための作業をすることによって、能力が使えるようになる。具体的には、沐を自分に噛ませることね」
それを聞いて私はぎょっとして、思わず東海林さんの顔を見る。
「びっくりでしょ? でもみんなこれ知らないで、いきなり噛みつかれて覚醒するのよ」
そんな私を見て、東海林さんはくすくすと笑う。私はまたすぐ顔を逸らして下を見る。
じゃああの時あのまま噛みつかれていたら、覚醒してたってことなのかな。私はちょっと眉を寄せて、東海林さんの白衣のポケットから顔を覗かせている沐に目をやる。
「いろんなところを噛ませて融合するって実験やったんだけど、手が一番よかったみたいよ。親指と人差し指の間。そこだと、沐が親指に巻き付くの。そうすると噛まれたところが動かないから、他より痛くなかったって言ってたわ」
利き手と逆の方がいいかも、と東海林さんはおすすめしてくる。
他よりって、痛いのは変わらないんですね。私は想像するだけで痛くなり、顔をしかめた。
車で移動し始めて三十分が経った頃、開かれた草原についた。蒸し暑い空気を伝って、鳥の鳴き声がどこかから聞こえる。
「まずは、能力の覚醒ね。沐を噛みつかせて、何の能力か判明させましょう。危険な能力かもしれないから、私は離れておくわ」
車から降りると、東海林さんが紙を挟んだ板のような物、用箋挟とペンを持って説明する。さっきまでとは打って変わって、真面目な顔をしている。
「覚醒できたら、沐の頭を摘んで口を開けさせる行為『離脱』をしてね。和歌山さんの体調などの記録を取るから」
一通り聞き終わると、東海林さんから沐を渡される。くにょくにょ体を捻るそれを、私はいやいや手を差し出して受け取る。
そして指示に従い百メートルほど距離をとる。
「始めて!」
東海林さんが口に手を当てて、叫んだ。
私はさっき教えられた通り、沐に左手の親指と人差し指の間を噛ませる。皮膚に歯が食い込み、沐が親指に巻きつく。
私は思わず顔を歪ませた。ズキズキと拍動しているみたいに痛む。
これでいいの? 次は覚醒だけど、どうすればいいんだろう。
痛みに耐えながらちょっと考えたあと、とりあえずぐっと体に力を込めてみる。
……何も起こらない。
私はため息をつく。
さっき東海林さんが『笹見くんは、半日中噛みつかれた後突然覚醒した』って言ってた。私も時間かかるのかな。もっとその時の状況とか聞いとけばよかった。
いや、そんなことはもういい。私は埒のあかない思考を、頭から追い出す。
とにかく早く終わらせよう。このままだと手を噛みちぎられる、と思うほど痛い。
私はもう一度仕切り直すため、深呼吸をして目を閉じ瞑想する。サーっと冷たい風が私を抜いていく音がした。と思えば、急に静かになった。
私は不審に思って、目を開ける。
「え、何なの」
飛び込んできた景色は、色がなくなっていた。がしかし、他にも何かが変だ。私はじっと辺りを見渡す。
「そうか、ゆっくりになってる」
遠くの木々の葉っぱがゆっくりゆっくり風になびかれている。鳥が空で少しずつ翼を動かしながら少しずつ進んでいく。
私が違和感の正体を掴むと、徐々に景色に淡く色がついていく。そして最終的には元の色が塗られていき、風がまた吹き出した。木の葉がそれに吹かれて普通に揺れ、鳥も普通に羽ばたき飛んでいく。
これが、私の能力なの?
現実味が感じられず、私はしばらく風に吹かれたまま佇んだ。
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