あの後、私は交葉の宿に泊まった。そして日の出と同時に、馬で花水木の基地へ運んでもらった。
「いくらですか」
私は懐へ手を入れ財布を取り出そうとするが、男性は馬に乗ったまま手をヒラヒラさせる。
「金なら、もうもらってるから」
そして、交葉の方へと引き返していった。
館長か、宮峰さんだな。
そんなことしなくてもいいと思う反面、申し訳なさはあまりない。
門を開けて、敷地へと足を踏み入れる。久しぶりの基地は、初めて来た時と変わらずそこに建っている。
私は扉の前まで来ると、二回ノックして開ける。
「和歌山です」
中に足を踏み入れる。しばらくいなかったにも関わらず、埃をかぶっている様子が見受けられない。
「隊長!」
右の部屋から旗ノ柄が飛び出して来た。
「絶対来てくれるって、信じてました」
目を真っ赤にしながら、私の前に立つ。続けて、優と代表も休憩室から出てくる。
「よかった」
ほっとした表情をした優の姿を見て、私は驚く。優の腰に、帯刀を許可された十二の時からずっと持ち続けていた優の刀が、挿さっていたからだ。
「文はちゃんと届いたようだな」
諸星代表は怖い顔のまま私を見る。
「ご無事で何よりです」
私が心配すると、代表は当然だと眼鏡を中指で上げる。
「あいつらの後ろ盾は国民だ。その国民のために活動をしている俺に手を出せば、一瞬で支持されなくなる」
私は恐る恐る質問する。
「実正様は、無事なんですか」
すると旗ノ柄と優は暗い顔になったが、代表は顔色を変えずに答える。
「土井率いる反政府の民衆に、殺された」
私は目をぎゅっと閉じて、口に手を当てる。
「俺は見てないが、デモに参加し一緒に城の中に入った国民が十何人も目撃してる。俺も実正様が片づけられた後の殺害場所を見たが、すごい血溜まりだった。失血死だろうな」
そんな。実就様に続いて実正様まで、殺されるなんて。
「話はまだ終わってない」
私が悲しみに打ち拉がれていると、代表は鋭い視線を向ける。
「実正様は死ぬ直前、あいつらに一矢報いた」
私は怪訝な顔をしながら、代表を見上げる。
「実就様の隠し子であるお前に、領主の座を譲る。と遺言を残した」
そうきたか。私は大きく息を吐き出した。
自分の事なんだけど、他人の事を聞いているような感覚だ。
「代表や副隊長から聞きました。兄ちゃんが、隊長の出自を調査していたらしいですね」
旗ノ柄は複雑な表情を浮かべる。
「で、真実はどうだった。図書館へは、結果を聞きにいったんだろ」
代表に聞かれ、私はなんて言おうか少し迷った後答える。
「実就様の隠し子ではありません。でも、その娘百合様の子。だそうです」
優と旗ノ柄はもちろん驚いたが、代表も眉間に皺を寄せた。
「百合様? 確か、ご逝去されたのはお前が生まれる一年前だぞ」
「その時に、父と駆け落ちしたみたいですね。それを三上家は死んだと発表して、隠蔽したようです」
私はまだ実感の湧かない話をする。
「じゃあ、あの絵にあった簪は、牡丹が持ってるものと同一の物?」
優がまだ信じられない、と言いたげな顔で聞いてくる。
「多分。百合様が芍薬様から相続した後行方不明になってるけど、それはお母さんがつけたまま駆け落ちしたからだと思う」
私は髪を耳にかける。
「となると、事実とは少し違うが、お前が三上の血を継いでいることに変わりないわけだ。遺言は有効だな」
「じゃあ政権は、隊長に渡されたことになるんですね」
代表は「甘いな」と、旗ノ柄の考えをバッサリ切り捨てる。
「実質的には、土井達が政権を握っている。実際、今日の朝刊には『新領主に土井氏 三上家以外は二百三年ぶり』という見出しが踊っていた」
「なんでですか。隊長が領主で、土井達は反乱者でしょ? あいつらは捕まりますよ」
「警察だけでは土井達を捕まえるための人員が足りない。しかし援軍となるはずの兵士は、この前の創反乱で疲弊し切って出せない。そもそも軍が万全の状態だったら、土井達の侵入を食い止められた」
それを聞いて、旗ノ柄は顔を顰める。
「これ、このまま土井に領主になってもらった方がいいんじゃ」
私は俯きながら呟く。
「みんなは実就様や実正様の、三上家の政治に嫌気が差してる。ここで私が領主になったとしても、やっぱり国民は納得しないと思います」
旗ノ柄が複雑そうな顔をする横で、優はちょっと安心したような和らいだ雰囲気を出す。すると、代表は私を見据えて言う。
「領主になる、ならないはお前の自由だ。好きにしろ。俺達が出かけてる間に、よく考えるんだな」
私は代表の方へ顔を上げる。
「どこか行くんですか?」
「軍本部です。今日の朝刊に、土井が声明を出したんですよ。十三日の正午に城で話をしよう、お互いに納得し合える方法を論じよう。って」
旗ノ柄が胡散臭すぎですよね、と舌を出す。
「お前を呼び出して、素直に話をするだけで終わるとは思えない。だがうまくやれば、相手の思惑を引き出せる。だから俺が出てくる」
私は眉を顰める。
「危険です。私のために、そこまでやることないです」
「だから旗ノ柄を連れて行くんだろうが。それに、お前のため? 自惚れるな。これは俺の仕事である、国民のためだ」
代表は鋭い視線を私に向け、旗ノ柄も私に親指を立てて見せる。
「代表の計算では能力は使わない予定だし、大丈夫です」
それでもまだ不安を拭えない私に、旗ノ柄はにかっと笑う。
「おれももう元服しましたしね」
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