綺麗な色な瞳だね

野咲 ヒカリ
野咲 ヒカリ

二十一章 百舌野

公開日時: 2022年4月23日(土) 15:02
文字数:2,546

 昼頃。秋雨の中、交葉で一番の大きな病院の前に一台の車が到着した。

 私と旗ノ柄は急いで降りて、玄関の扉を引いて中へ入る。

「あの、百舌野 初字の病室はどこですか。少し前に運ばれたばかりだと思うんですけど」

 旗ノ柄が近くにいた看護婦に、慌てた様子で声をかける。

「百舌野? 知らないわね。でも、急患ならあっちよ」

 看護婦が、玄関を入って右の部屋を指差す。私達はお礼もそこそこに、その部屋へ。

 中は、細長い壁に沿ってベッドが二列並べられている。看護婦が二、三人で、患者の世話をしている。私達は早足で、百舌野を探して奥へ進む。

 一番奥まで来ると、左側のベッドの患者の顔に白い布が被せられていた。

 私は、呼吸が荒くなっていくのを感じる。旗ノ柄も私の隣に立ち、黙って横たわっている人を眺めている。

「お知り合いですか」

 看護婦が神妙な面持ちでやってきて、声をかけてきた。

「お友達? 百舌野さんの」

 名前を聞いた瞬間、私は息を呑んで口に手を当て、旗ノ柄は思わず顔を背けた。


 日は落ちて夜。

 私と旗ノ柄は、電気のついた研究所のロビーでぽつんと座っている。深刻な顔で黙って。

「終わったよ」

 東海林さんが紙を挟んだ用箋挟ようせんばさみ片手に、白衣をなびかせて奥から登場した。

 私達は立ち上がる。

「どうでしたか」

 旗ノ柄が聞くと、東海林さんはポケットに手を突っ込みながら話し出す。

「ちょっとおかしい」

 眉間に皺を寄せ、伏し目がちになる東海林さん。

「内蔵に炎症が多くて、典型的な老体って感じ。ここまで体が弱る要素は、日常生活では考えられない」

「何かの病気だったとか?」

 旗ノ柄が首を捻る。

「分からない。もしくは、沐のせい。かも」

 融合で体が弱ったかもしれないってこと? 私はぎゅっと拳を握る。

「あの日、能力を酷使したからかも」

 小さな声で言う私。

「どうかな。前々から体の調子がよくなかったみたいだし」

 東海林さんが私に、用箋挟を渡す。

「百舌野君にも、定期的に質問票に回答してもらってたの。それは直近のもの」

 百舌野の回答した紙が挟まっていた。旗ノ柄も隣から覗き込む。

 気になる症状の項目に、濃口になったと指摘された、眠れなくなった、目が霞む。などと記入されている。

「引き金になったのかもしれないけど、いきなりじゃない」

 東海林さんは、私に静かに告げた。

「能力を使用することの代償なのかもしれない。融合することで、何らかの悪影響が人体に出ているのかも」

 代償。その言葉が、私の頭の中で繰り返される。

「じゃあ、おれの熱が出るやつも」

 旗ノ柄が顔を真っ青にして呟く。

「関係あるかもしれないけど、何か違うようにも感じる。百舌野君の症状は融合していない状態で出ているけど、旗ノ柄君の発熱は融合時のみ。融合時の影響は、体に残り続けてない」

 ここで、東海林さんは突然頭を抱える。

「ああっもう。何も確定的なことがないから、全部『かも』ばっかでもどかしい!」

 それにびっくりする私達。

「とにかく、詳しく分かるまで能力は使用しないで」

「分かりました」

 東海林さんの忠告に、私達は頷く。

 すると、ギイと研究所の扉が開いた。

 私達が揃って振り返ると、着物を着た中年の夫婦が中へ入って来ていた。

「百舌野曹長のご両親ですか」

 東海林さんが尋ねると、中折帽子を被った男性の方が高圧的に答える。

「そうだ。何度もしつこく呼んだのは、お前か」

 夫婦は私達の前まで来ると、足を止めた。私が二人の顔を見ていると、奥さんの方がキッとこちらを睨んだので、すぐに視線を下へずらす。

 どっちも、百舌野に似ていないように見える。

「まずは、ご子息のお悔やみ申し上げます」

 東海林さんは頬を少し痙攣させたが大人な対応をしたので、私達も合わせて頭を下げる。しかし、百舌野夫妻は何も言わない。

「私は東海林清博士です。ご子息の解剖を担当させていただきました」

 それを聞いて百舌野父の方が眉間に皺を寄せ、改めて名乗る。

「私は百舌野繁福(しげふく)博士だ」

「ご遺体を引き取っていただきたいのですが、お宅はどちらです?」

 東海林さんが聞くと、繁福さんはさらりと言い捨てる。

「いらない。そっちで勝手に処分しろ」

 私と旗ノ柄は、驚いて顔を見合わせる。

「何をおっしゃるんですか。ご子息のご遺体ですよ? そんなゴミみたいな言い方」

 東海林さんも困惑する。

「あの子はうちを出て行ったから、もう息子じゃないの」

 百舌野母が「折角養子にしてあげたのに」と、思いっきりため息を吐く。

「だから、うちが引き取る義務はない。焼いて、川でも山でも捨てておけばいい」

 繁福さんはそう踵を返しながら言い、夫婦は研究所を出て行った。



 翌日。しとしとと冷たい雨が降り注ぐ午後の、交葉の裏通り。

「いた?」

 私は優が立っている所へ駆け寄る。

「いや。そっちは?」

 私は首を横に振る。

「もう。どこ行ったんだよお」

 旗ノ柄が傘を片手に、悲痛の叫びを上げる。

「さっき配られてる夕刊を見たんだけど、捜索してるという発表が載ってた。これで、今よりはマシな方向へ向かうと思う」

 一日中歩き回ったおかげで、両足がパンパンだ。私は痛みを緩和させようと、足首を回す。

「能力者だからって、百舌野さんの沐がどこ行ったかなんて分かんないです」

 旗ノ柄が塀に寄りかかりながら、愚痴を吐く。

「本当にすっかり忘れてたわ、そこまで気が回ってなかった。昨日研究所で気づいてれば、まだ百舌野の服の中にいたかも」

 私は額に手を当てる。

「もう終わったことだ、言うな」

 優が言葉をかける。

「日が落ち切る前に撤収しよう」

 私達は優の提案に従い、臨時の城へ戻った。

「報告してくる」

 敷地に停まっていた車に乗り込む旗ノ柄達に告げて、私は城の中へ入る。赤いカーペットが敷かれた廊下を進み、領主室のドアの前まで来る。

「失礼します」

 ノックして、部屋へ足を踏み入れる。

「どうだった?」

 万年筆で何か書いていた実正様は、作業を中断して期待の目を私に向ける。しかし、私は首を横に振る。

「そうか。お疲れ様」

 実正様はため息混じりに労いの言葉をかける。

「あと、話があるんだ。花水木のことで」

 私は少し構える。

「東海林博士からの報告書を見た。能力使用の副作用で死亡するという仮説が出てきた以上、君達の活動を続けさせることはできない」

 実正様は静かに私を見つめる。

「承知しました」

 私はゆっくり視線を下へ下げながら、返答した。

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