昼頃。秋雨の中、交葉で一番の大きな病院の前に一台の車が到着した。
私と旗ノ柄は急いで降りて、玄関の扉を引いて中へ入る。
「あの、百舌野 初字の病室はどこですか。少し前に運ばれたばかりだと思うんですけど」
旗ノ柄が近くにいた看護婦に、慌てた様子で声をかける。
「百舌野? 知らないわね。でも、急患ならあっちよ」
看護婦が、玄関を入って右の部屋を指差す。私達はお礼もそこそこに、その部屋へ。
中は、細長い壁に沿ってベッドが二列並べられている。看護婦が二、三人で、患者の世話をしている。私達は早足で、百舌野を探して奥へ進む。
一番奥まで来ると、左側のベッドの患者の顔に白い布が被せられていた。
私は、呼吸が荒くなっていくのを感じる。旗ノ柄も私の隣に立ち、黙って横たわっている人を眺めている。
「お知り合いですか」
看護婦が神妙な面持ちでやってきて、声をかけてきた。
「お友達? 百舌野さんの」
名前を聞いた瞬間、私は息を呑んで口に手を当て、旗ノ柄は思わず顔を背けた。
日は落ちて夜。
私と旗ノ柄は、電気のついた研究所のロビーでぽつんと座っている。深刻な顔で黙って。
「終わったよ」
東海林さんが紙を挟んだ用箋挟片手に、白衣を靡かせて奥から登場した。
私達は立ち上がる。
「どうでしたか」
旗ノ柄が聞くと、東海林さんはポケットに手を突っ込みながら話し出す。
「ちょっとおかしい」
眉間に皺を寄せ、伏し目がちになる東海林さん。
「内蔵に炎症が多くて、典型的な老体って感じ。ここまで体が弱る要素は、日常生活では考えられない」
「何かの病気だったとか?」
旗ノ柄が首を捻る。
「分からない。もしくは、沐のせい。かも」
融合で体が弱ったかもしれないってこと? 私はぎゅっと拳を握る。
「あの日、能力を酷使したからかも」
小さな声で言う私。
「どうかな。前々から体の調子がよくなかったみたいだし」
東海林さんが私に、用箋挟を渡す。
「百舌野君にも、定期的に質問票に回答してもらってたの。それは直近のもの」
百舌野の回答した紙が挟まっていた。旗ノ柄も隣から覗き込む。
気になる症状の項目に、濃口になったと指摘された、眠れなくなった、目が霞む。などと記入されている。
「引き金になったのかもしれないけど、いきなりじゃない」
東海林さんは、私に静かに告げた。
「能力を使用することの代償なのかもしれない。融合することで、何らかの悪影響が人体に出ているのかも」
代償。その言葉が、私の頭の中で繰り返される。
「じゃあ、おれの熱が出るやつも」
旗ノ柄が顔を真っ青にして呟く。
「関係あるかもしれないけど、何か違うようにも感じる。百舌野君の症状は融合していない状態で出ているけど、旗ノ柄君の発熱は融合時のみ。融合時の影響は、体に残り続けてない」
ここで、東海林さんは突然頭を抱える。
「ああっもう。何も確定的なことがないから、全部『かも』ばっかでもどかしい!」
それにびっくりする私達。
「とにかく、詳しく分かるまで能力は使用しないで」
「分かりました」
東海林さんの忠告に、私達は頷く。
すると、ギイと研究所の扉が開いた。
私達が揃って振り返ると、着物を着た中年の夫婦が中へ入って来ていた。
「百舌野曹長のご両親ですか」
東海林さんが尋ねると、中折帽子を被った男性の方が高圧的に答える。
「そうだ。何度もしつこく呼んだのは、お前か」
夫婦は私達の前まで来ると、足を止めた。私が二人の顔を見ていると、奥さんの方がキッとこちらを睨んだので、すぐに視線を下へずらす。
どっちも、百舌野に似ていないように見える。
「まずは、ご子息のお悔やみ申し上げます」
東海林さんは頬を少し痙攣させたが大人な対応をしたので、私達も合わせて頭を下げる。しかし、百舌野夫妻は何も言わない。
「私は東海林清博士です。ご子息の解剖を担当させていただきました」
それを聞いて百舌野父の方が眉間に皺を寄せ、改めて名乗る。
「私は百舌野繁福(しげふく)博士だ」
「ご遺体を引き取っていただきたいのですが、お宅はどちらです?」
東海林さんが聞くと、繁福さんはさらりと言い捨てる。
「いらない。そっちで勝手に処分しろ」
私と旗ノ柄は、驚いて顔を見合わせる。
「何をおっしゃるんですか。ご子息のご遺体ですよ? そんなゴミみたいな言い方」
東海林さんも困惑する。
「あの子はうちを出て行ったから、もう息子じゃないの」
百舌野母が「折角養子にしてあげたのに」と、思いっきりため息を吐く。
「だから、うちが引き取る義務はない。焼いて、川でも山でも捨てておけばいい」
繁福さんはそう踵を返しながら言い、夫婦は研究所を出て行った。
翌日。しとしとと冷たい雨が降り注ぐ午後の、交葉の裏通り。
「いた?」
私は優が立っている所へ駆け寄る。
「いや。そっちは?」
私は首を横に振る。
「もう。どこ行ったんだよお」
旗ノ柄が傘を片手に、悲痛の叫びを上げる。
「さっき配られてる夕刊を見たんだけど、捜索してるという発表が載ってた。これで、今よりはマシな方向へ向かうと思う」
一日中歩き回ったおかげで、両足がパンパンだ。私は痛みを緩和させようと、足首を回す。
「能力者だからって、百舌野さんの沐がどこ行ったかなんて分かんないです」
旗ノ柄が塀に寄りかかりながら、愚痴を吐く。
「本当にすっかり忘れてたわ、そこまで気が回ってなかった。昨日研究所で気づいてれば、まだ百舌野の服の中にいたかも」
私は額に手を当てる。
「もう終わったことだ、言うな」
優が言葉をかける。
「日が落ち切る前に撤収しよう」
私達は優の提案に従い、臨時の城へ戻った。
「報告してくる」
敷地に停まっていた車に乗り込む旗ノ柄達に告げて、私は城の中へ入る。赤いカーペットが敷かれた廊下を進み、領主室のドアの前まで来る。
「失礼します」
ノックして、部屋へ足を踏み入れる。
「どうだった?」
万年筆で何か書いていた実正様は、作業を中断して期待の目を私に向ける。しかし、私は首を横に振る。
「そうか。お疲れ様」
実正様はため息混じりに労いの言葉をかける。
「あと、話があるんだ。花水木のことで」
私は少し構える。
「東海林博士からの報告書を見た。能力使用の副作用で死亡するという仮説が出てきた以上、君達の活動を続けさせることはできない」
実正様は静かに私を見つめる。
「承知しました」
私はゆっくり視線を下へ下げながら、返答した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!