即位から三日後。
病室の窓辺にはランプが置かれ、そこから夜空へ視線を上げればオリオン座が見える。
私はベッドの脇に置かれた丸椅子に腰掛け、護衛に「二人にして」と頼んで出て行ってもらう。
「お久しぶりですね。実正様」
私は真剣な顔で実正様を見つめる。柔らかい橙の灯りが顔に当たっても、実正様の顔は青白い。
「暗い顔だね。どうかした?」
実正様はベッドに寝たまま目だけ私に向け、弱々しい掠れた声で白々しく聞いてくる。
「全部話していただけます? 何を企んでいたのか」
私は無視して、質問する。
「なぜ生きているのか、とは聞かないの?」
実正様は力無い微笑を浮かべる。
「ここで手当てを受ける時、腹部に新しい縫われた傷があったそうです。実際に誰かに刺させたけど、殺せるほど深くはなかった」
「大量の血は聞いた? あれはどう説明するの?」
「採っておいた血でも撒きましたか」
私が冷静に言うと、実正様は残念そうに「全部お見通しか」と呟く。
私は話を戻す。
「亀住 かよ子。亀住製薬を実質的に取り仕切っている副社長で、向上心の強い女性のようですね。その女性とは、どのような関係ですか」
私は鋭く実正様を見る。
「確かに軍は、土井にはじめさん名義で送金されているのを確認してます。しかし、はじめさんは送金した覚えは一切ないと容疑を否認しています」
実正様は微笑んだまま。
「では、亀住 かよ子と一緒にいた理由だったら、答えていただけます?」
私は追求の手を緩めない。
「牡丹ちゃんはどう思うの?」
実正様が質問で返してくる。
「分かりました。あなたに一方的に喋らせるのは無理なようです」
私は譲歩する。
「恐らく、あなたは土井に協力していた。銃や兵だけじゃなく、亀住製薬名義で活動資金を送っている。亀住 かよ子は、その送金に協力した」
昨日。
「亀住 はじめは、私の兄よ」
亀住 かよ子が、俯き気味に口を開く。
冷え切った殺風景な部屋。手の届かないほど高い位置にある小さな窓から入る僅かな光だけでは暗すぎるので、真ん中にある机の上に火の灯る蝋燭が置かれている。それを挟んで、代表とかよ子さんが向かいあって座っている。おれ__旗ノ柄京也は、部屋の角の小さな席で記録係を務める。
「兄が会社を継ぎ、私は副社長の役職に就いた。仕事を始めると、兄に商才がないことがよく分かった。兄の無計画で奔放な性格に翻弄される日々に、『自分が社長だった方が、もっと会社をよくできる』と思った。だから会長である父にそう提案したのに、父は頑なに兄を社長から下ろすことを拒んだ。理由は、体裁。息子が無能だったから解雇したなんて、世間体が悪いって。今まで通り、私が裏で支え続ければ問題ないだろうって言うのよ。信じられる? 私がどれだけ苦労してるかも知らないで」
かよ子さんはぎゅっと拳を握った。
「だから、実正様と協力することにしたんだな。土井が領主になることに成功すれば、会社は現政権と太いパイプができるので、因縁をつけて亀住を失脚させる手伝いをさせる。失敗しても、社長に指示されたと濡れ衣を着せて逮捕させる。そのために、わざわざ会社名義で送金してた」
代表は冷静に言う。
「ええそうよ。どちらに転んでも、私は社長になれる計画なはずだった」
かよ子さんは短くため息をつく。
「実正様とはどこで知り合った?」
「向こうから連絡してきた。まさに最適な条件って言ってたし、私もそう思った」
「確かに。誰もが知る大企業じゃないから、金の動きを把握してる株主や監査人がお前以外いない。その上、お前が罪をなすりつける予定の兄には、土井の活動を支援する理由がある。確証がなくても、充分な説得力を持つ」
代表は感心している。
「それより、こっちからも聞きたいことがあるんだけど」
かよ子さんは代表を上目遣いに見上げる。代表は黙っているので、かよ子さんは質問した。
「なぜ会社や兄さんじゃなくて、私を真っ先に押さえたの?」
かよ子さんは「現場を押さえられなかったら、『私は知らない』の一点張りで乗り切れたのに」と吐き捨てる。
「今だって、そうすればよかったのでは?」
おれは振り返って聞く。すると、かよ子さんは鼻で笑う。
「実正様が何らかの形で土井と関わっていたのは、すでに察しがついてるでしょ? 殺人偽装に加担した者や、派遣された火器使い。どこかから必ず綻びが出る、隠し切れない」
かよ子さんは開き直って、背もたれに寄りかかる。
「さっきの質問だが、俺達は、あの銃と兵は陽形が寄越したものだと思っていた。つまり、亀住製薬は陽形の隠れ蓑だと推測したんだ。しかしそれなら、なぜ和歌山を領主にしなかったのかと疑問に思った。
あいつらは、創反乱の時点で、和歌山を領主にしようとしていたからな。うちの国を連合から脱退させるための傀儡領主確立が目的なら、生き残ってしまった実正様を殺すだけでいい和歌山領主の方が簡単だ。わざわざ亀住製薬を使って土井を支援する意味が分からない」
「当時は三上家への怒りが大きかった。国民が受け入れないとは思わなかったの?」
かよ子さんは小首を捻る。
「連合から脱退させるだけなんだから、受け入れなくても無理くり領主にできればいい。それが終われば、領主を降ろされようが国民に殺されようが陽形は知ったこっちゃないだろ。それでも亀住製薬を利用しているのは、絶対に何か理由があると推測した。で、亀住製薬の資料を見て思った。お前が何らかの形で一枚噛んでると」
かよ子さんは怪訝な顔で瞬きする。
「軍が調べてくれた資料には、『安土副社長が会社の実質的な支配者で、財務担当。会社全体を見る視野の広さがある優秀な幹部』と書かれていた。つまり、陽形が亀住製薬を利用しようとするならば、まず先に手を打たないといけない人物がお前だ。会社をよく把握しているお前の知らないところで、自分達が好き勝手するのは難しいからだ。だが、有能な人間を出し抜くのは難しい。となると一番手っ取り早いのは殺しだが、お前は死んでない。その時点で、陽形に意識的か無意識的に協力している、と予想した」
結局、陽形は関係なかったから、外したがな。と、代表は息を吐く。しかし、かよ子さんはふっと力が抜けたように笑う。
「完敗ね」
そして前髪をかき上げて、頬杖をつく。
「良い教育を受けただけじゃない、生まれながらの才能もある。いいな、私にないものを全部持ってる」
代表は怖い顔のまま立ち上がってドアノブに手をかけ、背中を向けたまま言う。
「俺は、親を知らない孤児だった。当然、家柄や金など、受け継ぐものは何もない。兄弟もいない。俺からすれば、お前の方がよっぽど持ってる」
代表は、そのまま部屋を出て行った。
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