雲の合間から、朝日が差し込む。
今日も全然眠れなかった。
私は重い瞼を擦る。
「おはようございます」
三人で休憩室へ降りてくると、代表が紅茶を片手に既に朝刊を読んでいた。
「森田は?」
代表に聞かれて、私が「まだ寝てます」と答える。
私達は代表の向かいに並んで座り、代表が財団から手に入れた昨日の夕飯だったおにぎりの、残りを食べる。
「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
代表が新聞から目を離さず聞いてくるので、旗ノ柄が元気よく「良いニュースで!」と答える。
「百舌野の母親がお前の兄さんに代筆してもらって、寄稿してる」
代表は新聞をめくり、ある箇所を指差して見せてから渡してくる。
私が新聞を受け取ると、両脇から二人が顔を覗かせてくる。そして、代表の教えてくれた部分の記事に目をやる。
『私にとっての三上家
奥山 春
私は、たった一人の息子を亡くしました。十六でした。
私は息子を養子に出しており、最近まで死んだことすら知りませんでした。ですが実正様のご配慮で、先日やっと息子の墓を訪れることか叶いました。そして大人になった息子に一目会うことも叶わなかった私に、和歌山様は息子の話をしてくださいました。
昨今の三上家への大きな怒りの理由は、私にも理解できます。しかし、私にはどうしても三上家の人達が、皆が噂するような極悪人とは思えません。国民を顧みないような人が、息子のためにここまでするでしょうか。殺人を犯すような人が、息子の死を共に悼んでくれるでしょうか。
私が願うことは二つ。実正様が安らかに眠られることと、和歌山様の疑念が晴れることです。
同じ願いを持つ者 宮峰 燈留 代筆』
こんなこと、しなくてもいいのに。
私は、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
私は百舌野が死んだ一因なのに、私のためにわざわざ。
だが同時に、心が暖かくなるような感覚もした。百舌野の顔や、奥山さんの話が思い出される。
「よくこんな寄稿を載せてくれましたね。世間的には三上家に批判的な記事の方が、受け入れられる時期なのに」
優がおにぎりを頬張る。
「たまには保守派にも胡麻擂りしないとな。新聞社的にも、顧客は多い方がいい」
代表に解説され、「なるほど」と優は納得する。
「で、悪いニュースっていうのは?」
旗ノ柄が噛み潰したおにぎりを飲み込んで、身構える。
「一面を見ろ」
代表は紅茶を口にする。私は言われた通り、新聞を閉じて一面を見る。
「えーっと、『土井領主 食糧問題の解決に陽形侵攻を提案』? なんですかこれ!」
旗ノ柄が眉間に皺を寄せて、声を上げる。
「朝っぱらからうるさい」
代表が顔を顰めると、旗ノ柄は「すみません」と口を押えて苦笑いする。
「国民の大半が開戦派だったことを利用して、人気取りしようとしているらしいな」
「まだ言ってたんですか。ちょっと前も、似たような記事出てましたけど」
旗ノ柄が軽く、でも不愉快そうに言う。
「能力に関する情報は、軍が国家機密情報として厳重に保管している。軍とは敵対しているから、能力者を戦争に出せないことは、もちろん知らないだろうな」
代表が紅茶に口をつけて、カップを置く。
「実際に開戦する確率は、どのくらいだと思われますか?」
私は代表に尋ねる。
「俺は七、八割だと予想する。国内の不満を、全部国外に向けさせる作戦だ。やらなければ自分に矛先が向いて、領主を降ろされる羽目になる。実際開戦間近になれば流石に軍も能力のことを正直に教えるだろうが、その頃には後戻りできないだろうな。国民がその気になってる」
代表は淡々と答える。
じゃあ本当に、うちの能力者達を戦争に出すことになるかもしれないってこと?
私はきゅっと口を結ぶ。
「で、どうするか決まったか?」
代表が私を鋭く見る。
「本当であればもっとゆっくり考えることなんだろうが、今は時間がない。お前の選択で、こちらの出方が変わる」
私は優の方を見る。複雑な表情で、何かを切望する目を向けていた。
「私は」
代表の方を向き直し、真っ直ぐな視線を送る。
「領主になります」
ごめん優。でも、やっぱり目を背けることは許されないと思うの。
行灯が揺れる和室。
「今日の夕刊は見た?」
女が立ったまま、畳に新聞を投げ置く。二十台後半くらいで、真っ直ぐな前下がりのおかっぱは濡烏色。猫目の虹彩は血のような赤色をしている。
「ああ。三守少佐が、和歌山牡丹の無実を証言したって記事だろう?」
肩に羽織りをかけて座布団に座っている男は、新聞を一瞥して答える。
「遂に動き出したわ。どう出てくるか分からない、警戒を強めないと。土井に、諸星代表の監視を強化するよう言っておく」
女は眉間に皺を寄せて言う。
「よろしくね、かよ子さん」
男は、悪い笑みを浮かべた。
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