次の日、十二月十日。
しばらくやれていなかった図書館の書架整理や返却の作業を、二人でこなして夕方。
「鶯様の話でも、睡蓮と百合様の接点は見つからず終いか。仮説が間違ってると考えざるを得ないな」
事務室の二階に上がりながら、館長が言う。
「あの簪は二本あって、たまたま睡蓮さんと百合様が持っていただけなんですかね」
「じゃあ、牡丹様と実就様の瞳の色が全く一緒なのもたまたまか?」
オレが首を捻っていると、館長はそんなわけないと手をヒラヒラさせる。
「実就様が牡丹様を助けに現れたのだって、時機が良すぎるだろ。そして、助ける理由だってなかった」
「では、一体どこで睡蓮さんと実就様は繋がっているんでしょう。簪は関係ない、別のところ?」
オレは顎を摘む。
「こんにちは。いや、もうこんばんはかな」
扉が開く音がして、京也の声が下から聞こえた。
「ほら、弟さんが迎えに来たぞ。私も帰るから、お前も片付けてすぐ帰れ」
館長はそう言って、テーブルの私物を風呂敷にまとめる。
「こんばんは」
京也が上に上がって来て、館長と挨拶する。
「こんばんは。お兄さんももう仕事が終わるから、私は先に失礼するよ」
館長は入れ違いで、階段を降りていった。
「誕生日おめでとう。そして、元服おめでとう」
オレは笑顔でお祝いを言う。
「ありがとう。やっと大人になれたよ!」
京也が満面の笑みを浮かべる。こんなに無邪気な表情をするやつが、もう元服か。
「そんなに早く大人になりたかったのか?」
「うん。早く兄ちゃんみたいになりたかったから。でも花水木に入ってからは、先輩達みたいになりたいとも思い始めた。憧れの人が増えたんだ」
京也は懐から顔出した小さな蛇を見ながら、キリっとした顔をする。それを見て、もう大人になったんだと、嬉しいような寂しいような気持ちになった。
「本当に母さんと過ごさなくていいのか?」
そう聞くと、京也は口を尖らせて言う。
「いい。おれの誕生日でおれの元服の日だから、おれがいたい所にいるの」
オレは「そうか」と微笑んで、京也の頭をわしゃわしゃ撫でる。
「今片付けるから、ちょっと待ってろ」
オレはテーブルに乗っている書物を閉じて、まとめていく。
「百合様って前の領主?」
京也がその横で、置いてあった一冊の本を手に取る。
「ああ。今から三代前」
オレは手を動かしながら答える。
「趣味は押し花だったの?」
「そんな話は聞いた事ないな」
片付けを終え、オレは京也の元へ歩み寄る。
「なんでそんな事聞くんだ」
「この遺品のところ、押し花が破棄されたってあるから。自分でしないなら、誰かからもらったのかな」
京也が書かれている箇所を指差して見せる。
本当だ。自分で見た時は、項目が多すぎて見落としてた。
「兄ちゃん、花言葉詳しかったよね? ここに書いてある花の花言葉も分かる?」
何かが引っかかったが、とりあえず京也の質問に答える。
「撫子は純愛、菫は愛、霞草は永遠の愛。桜は、優美な女性」
オレは言っている内に、百合様と送り主がどんな関係か分かってしまった。そして思い出した。
「いやでも、それだと」
オレが混乱していると、京也がきょとんとオレを見上げた。
十二月十一日。交葉の外れ。
木々の衣が剥がれ、寒そうに風に吹かれている山の中。古く大きなお寺を背に長い石畳みの階段が終わった所に、私__和歌山 牡丹は菊の花束を抱えて立っている。
十一時十分前。私は手元の懐中時計の蓋を閉じ、懐にしまう。そして、着物の襟を皺のないよう整える。
今日は手持ちで唯一の喪服である紺の色喪服に、黒の帯。さらに、昨日慌てて丈を直してもらった、父の黒の紋付羽織を上から着ている。
遠くの方で、車のエンジン音が聞こえた。到着されたようだ。
私は深く一呼吸して、下を見下ろす。
すると、着物の黒喪服を着た中年の女性が脇道から現れ、階段を登って来た。
「この度は、心よりお悔やみ申し上げます」
私は震えた声で深々とお辞儀をする。
「ご丁寧に、ありがとうございます」
向こうもそれに応じて頭を下げる。
「実正様より付き添いを命じられた、和歌山 牡丹です」
「初字の母の、奥山 春です」
私達はお互いに自己紹介すると、境内に足を踏み入れる。そして併設された墓地へとやってくる。
「実正様が、自分が行けなくて申し訳ないと」
私が先頭に、墓と墓の間を歩く。
「いいえ。領主様なのですから、一人の国民に構えないのは当然です。それに、葬式から墓まで全てやって頂いた上に、私まで探し出してくださった。誰が文句など言えましょう」
ある墓の前で立ち止まる。まだ新しく、綺麗な墓石だ。
私は掠れた声で告げる。
「百舌野君は、とても優秀な実正様の補佐役でした」
奥山さんは墓をまじまじと見つめ、懐からハンカチーフを取り出し目元に当てた。そして墓石に手を当てると、ゆっくり膝をついて嗚咽を漏らして泣いた。
「初字。初字」
奥山さんの呼びかける声が、墓地に響く。
私は居た堪れなくなり、顔を逸らして俯いた。いくら耳を澄ましても、あの生意気な百舌野の返答は聞こえてこなかった。
お線香の匂いが辺りに漂う中、私達は静かに手を合わせた。
「息子が六歳のとき」
奥山さんが口を開いたので、私も目を開ける。
「寺子屋に入って勉学の才能が開花したのか、そこで一番の生徒だと近所で評判になりました。その噂を聞きつけ、町で天文学の塾を開いている夫婦が訪ねてきたんです。息子を養子にしたいと」
奥山さんは、遠い目をしながら話す。
「その頃も今と同じで、貧しい暮らしをしていました。だから、裕福な家庭で息子の才能を活かしてくれる人達に育ててもらった方が、いいんじゃないか。私はそう考えて、養子に出すことにしたんです。
そして一年前の息子の十五の誕生日に、初めて本人から手紙が来て。そこには『勉学の才能はなかったようで、諦めて軍へ入隊した。両親も応援してくれている』と、書かれていました」
人のための嘘か、らしくないわね。私は、白い菊が飾られた百舌野の墓をチラリと見る。
「その後から、定期的に手紙がくるようになりました。終戦間近の頃、息子から『実正様からかなりのご配慮を頂いた』と書かれた手紙も、もらったことがあります」
時期から推測するに、沐が現れた頃か。
「それから、何階級か特進したと報告してきました。私はこれで、養父母も兵士になったことを本当に納得してくれるだろうし、喜んでくれるだろうと思っていました。それなのに、あの人達は」
奥山さんは歯を食いしばって、ハンカチーフをぎゅっと握る。
「息子の遺体も引き取らずに、捨てろと吐き捨てて帰ったなんて」
ひどい話。つまりあの夫婦は、見込み違いだったと百舌野を見放したわけだ。
私もきゅっと口を結ぶ。
「和歌山さんは、生前の息子と親しかったんですか」
奥山さんは深く息を吐いて、力なく微笑みを浮かべる。
「一緒に仕事を」
私は俯き気味に返答する。
「まあ。花水木の隊長さんと仕事をしていたなんて。母さんは誇らしいわ」
奥山さんは墓の方を向いて、話しかけた。
百舌野が能力者だったことは、花水木以外には実正様と一部上層部しか知らない。そして、戦力の減少を知られないため、特隊の能力者が死んだことも発表もしていない。
「本当に、遺骨を移されなくていいんですか」
私達は墓地を出て、寺の境内に戻ってくる。
「ええ。わざわざ実正様が建ててくださった墓です。息子も、ここがいいと言うと思います」
奥山さんは墓地の方を振り返える。
「息子の話を聞かせてくださらない? 大人になったあの子は、どんな人でしたか」
奥山さんに催促され、私は少し戸惑う。知り合って短かったし、正直よく知らない。
「いつも実正様のために、身を尽くしていました。実正様がここまでするのも頷けます」
少し考えてから、小さな声で話し出す。
「実は、初字さんは私の命の恩人なんです。先の反乱騒ぎの時、私を助けてくれました」
「まあ、それは」
奥山さんは瞬きをした。
「そのことは、ずっと忘れません。初字さんは優秀で、勇敢な人でした」
私は、真っ直ぐ奥山さんの方を見る。
「ありがとうございます」
奥山さんはハンカチーフを口元に当て、再び涙を流した。
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