ランプの火がゆらゆらと揺らいでいる。
「なるほど。つまり、軍に見切りをつけてここへやってきたと」
深夜、もう喫茶店の出来事が昨日のことになってしまった時間。詰め襟の軍服を着た私と旗ノ柄。そして百舌野と十名の兵士を引き連れ、三守少佐が赤実城にやってきていた。中は攻め入られた時を物語るようにあちこち物が散乱しているし、所々窓ガラスも割れている。
「貢ぎ物はこいつら、私の下についていた優秀な兵士たちです。私も含め、いかようにもお使いください」
大量の白マントが銃口を私たちに向けている中、たくさんある和室の一つで創のリーダーと話ている三守少佐。五十代の男性。短く刈り上げた髪に、背は低いが鍛え上げられた筋肉がついた体つきをしている。
私達は十人の神妙な顔の兵士と共に、三守少佐の後ろに正座している。私は緊張で猫背で縮こまり、旗ノ柄も口を真一文字に結んでいる。
「開戦派筆頭の三守様と言えど、これだけしか同志をお連れできなかったのですね」
創のリーダーは悲しそうに笑みを浮かべて、足を組む。四十代くらいの男、肩まで伸びる髪をハーフアップに結んでいる。無精髭を生やし、日焼けした顔色をしている。そして左足が義足のようで、着物から木が覗いている。
「それは大変申し訳なく思っています。どいつもこいつも、思ったより骨のないやつだったようで。いやはや、なんと言っていいものか」
三守少佐は、頭を抱える。その様は、本当に心の底から失望しているように見える。迫真の演技だ。
「それには、本当に同情しますよ。我々も、文句はあるが何か実行するほどではない。と、何十人も誘いを断られていますからね」
そしてうんうんと頷いて、真っ直ぐに三守少佐を見た。
「ぜひ、私たち創と共に陽形への恨みを晴らしましょう。私は矢岳 隼人です」
手を差し出され、三守少佐はほっとした様子でその手を握る。これは本心だろう。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
昨日の会議にて。
「むしろ城に逃げ込む、とか」
私は小声でゴニョゴニョと提案した。
「その後は」
代表の当然の指摘に、私は冷や汗をダラダラかきながら目を横へ逸らす。
そんなの考えてるわけないじゃん。まさか敵の陣地に逃げるなんて思わないよね、って軽く考えただけなんだから。
そこに、少将も厳しい表情のまま口を開く。
「確かに、城には退却用の隠れ通路があります。しかし、敵で溢れる城の中を移動し、通路の入口まで辿り着けるかどうかは、かなりの博打になってしまします」
まったくもってその通りだ。私は反論できない。
「それだけでは」
少将はニヤリと悪い笑みを浮かべた。私は拍子抜けした顔になる。
「現在我々が創から狙われていないのは、軍が一致団結していることを知らないからです」
それに、旗ノ柄がぱちぱちと瞬きをする。
「平和派と開戦派が手を組んでることが、何で創の油断に繋がるんですか」
「創は、軍の派閥構成を知って、高を括っています」
少将の説明に、旗ノ柄がぽんと手の平に拳を打ち納得している。
「この筋書きを利用させてもらいましょう。開戦派で軍を裏切ってきたと騙し、内部侵入します」
私と旗ノ柄は驚きのあまり「えっ」と声を上げる。一方代表は相変わらずの怖い顔のまま。
「始めから内部に侵入して、実就様を隠し通路に逃すのです」
「すげー、めっちゃ大胆」
旗ノ柄が目をキラキラさせている。
澄み切った空に、優しく太陽が顔を出して朝を告げる。
創の人間が雑魚寝している和室で仮眠を取った私達も、周りに合わせて起きる。
「寝れなかった」
私は体のあちこちが痛くて、顔を顰める。
「おれもです」
旗ノ柄も目を擦る。
「弱いな。一晩寝てないだけで」
その横で百舌野が壁に寄りかかりながら、私達に皮肉を言ってくる。
「お前、本当に寝なかったのか」
旗ノ柄が右端の口元を強く引っ張っていると、少佐が少し驚いて聞いた。
百舌野の「どうせ眠り続けられないんで」という回答を聞いて、何か言いたげに口を開こうとした少佐。しかし、それに大丈夫ですと被せて黙らせる。
「ここ最近ずっとで、今日無理したわけじゃないです」
大丈夫の基準がおかしい。と私が思っている横で、旗ノ柄が小声で「お年寄りかよ」と悪態を吐いたのを聞き逃さなかった。
そして私達十四人は命じられた通り、広場へ向かい警備の仕事に就く。
広場の真ん中には処刑台が既に設置されており、その少し前に見に来た人が前に出過ぎないように柵が建てられている。時刻はまだ九時過ぎで執行時間より大分早いが、もう見物に来た人達で賑わっている。
心配そうに城を見上げている人や、連れと笑顔で話している人。でも、私にはみんな同じに見える。みんな野次馬に変わりない。みんな結局は他人事だと、手を出さずに見ているだけだ。
少しして、百舌野と少佐が城へ戻る。そのさらにその後時間を置いて、私と旗ノ柄も城に戻る。全員いなくなると怪しまれるため、私達で城の中に監禁されている実就様を探す作戦だ。
白マントをはためかせながら、創の人達とすれ違いながら廊下を歩く。
「おや」
突然、男性がすれ違い様に足を止めて話しかけてきた。私は心臓が飛び出そうになるかと思うくらいびっくりして、体が痙攣した。
「もしかして、噂の三守一行の人たち?」
私たちよりも少し年上くらいに見える青年は、にこやかに聞いてくる。
「はい」
優が元気よく答える。
「やっぱり。こんなとこで何やってるの」
厠です。と答える旗ノ柄は、続けて突っ込んだ質問をした。
「あの、ちょっと気になってることがあるんですけど。政権を取ったら、誰が領主になるんですか。矢岳さんですか」
「蓮田様じゃない?」
青年は拳を顎に当てながら、答える。
「あの人がうちを組織したって噂あるし」
それを聞いて、私達は意表を突かれる。蓮田様が作ったなんて話は初耳だ。
「でも、僕らはそんなことどうでもでいいだろう? 陽形への復讐ができれば、それでいいはずだ。父さんや伯父さんの仇が討てれば、それで」
そう言って、瞳の奥に見ている人まで焼くような炎を燃やした青年は去っていった。
「悲しいですね」
旗ノ柄が気の毒そうに、青年が去った方を見る。
「行きましょう」
みんな色々な思いを抱えている。敵でさえも。
私は静かに歩き出した。
「見つからないな」
しばらく廊下を進んだ後、旗ノ柄は腰に手を当てて立ち止まる。
確かに。さっきから歩いて回っているが、警備が立てられている部屋や立ち入りが制限されている場所などがない。
「ここら辺じゃないのかも」
私は懐中時計を取り出す。針は十時過ぎを指していた。
「戻ろう。そろそろ怪しまれる」
私達は元いた広場へ向かうため、城の玄関へ方向を変えて歩き出す。
すると、何やらすれ違う人達が慌ただしい。
「広場の正面に、見物客を挟んで軍が布陣したらしい」
「マジかよ。客巻き込んで戦争する気か」
聞き耳を立てると、何やらみんなが口々にそう話している。
もう陣を構えたのか、早いな。
すると今度はみんなが驚きや困惑の声を出して、窓に張り付き出した。
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