銀行強盗事件から二ヵ月前
家が数えるほどしかない田舎。じりじりと肌に刺さるような日差しが照る八月の昼。
「不思議な力を持った人?」
「そう。それに陽形の国がビビって逃げたから、この前うちとの戦争が終わったって噂」
「すげー! そうなんだ」
小川に水を汲みに来ると、村の子供達がわいわい話している。
家に戻ってきて瓶に移し替え、そこから湯呑みで水を掬い、簡単に作った父の仏壇に供える。もうすぐで一周忌だ。
「牡丹も早く食べろ」
ちゃぶ台でお昼ご飯を食べているおじいちゃんが、促す。頭を坊主にしていて、着物から覗く腕は老人とは思えぬしっかりした筋肉がついている。
私は頷いて座ろうとすると、自分の箸の前に何か石みたいなものが置いてあるのに気づく。何か置いた記憶ないけど。
私は怪訝に思って、それに顔を近づけると。
「うわっ」
思わず声を上げる。石じゃない、石みたいに見える小さな蛇だ。とぐろを巻いて大人しくしている。
「なんだ」
おじいちゃんがむくっと私の方を見る。
「蛇が」
私が指を指すと、おじいちゃんは首を伸ばしてそれを見る。
「何これ」
私は気味悪がって顔をしかめる。
蛇は体長五センチくらいで、目がない。失ったのではなく、元々存在していなかったように見える。
「外に出すぞ」
おじいちゃんが、捕まえようと豪快にも両手を構える。蛇はまるで見えているかのように、それから逃げようと私の方へ這ってくる。
「ええ、こっちくる」
私は怯えて体を縮こめる。
「噛まれるぞ、近づかれるな」
おじいちゃんが冷静に指示を出すので、それに従い私は距離を取ろうと玄関の方へ向かう。
蛇は私についてくるし、それをおじいちゃんが追ってくる。
私が玄関の戸で行き止まりになった隙に、蛇が私の足元まできた。
「おじいちゃん!」
私は悲鳴に似た訴えをする。しかしおじいちゃんが手を伸ばす前に、蛇は私の足首に噛み付く。
私は痛みで思わず声をあげる。
「牡丹!」
おじいちゃんが必死な顔ですぐに蛇の首根っこを掴んで、口を開けさせて離す。
「傷を絞れ」
私は言われた通り、噛まれた所へと視線を移すが。
「あれ」
私がパチパチと瞬きしているよそで、おじいちゃんが体をくねらせて抵抗する蛇を持って戸を開けた。
「優一郎君じゃないか」
すると、ちょうどノックするところ一人の青年が立っていた。
「朝早くにすいません」
秋の空のような薄い青の髪に、やる気のなさそうな深い茶色の目。この男の名は、笹身 優一郎。父と暮らしていた所のご近所さんで、同い年の幼馴染。剣道場を開いている自身の父の元で、裏方の手伝いをしている。
「刀の注文にきたのか、ちょっと待ってくれ。こいつを放ってくる」
「待ってください」
そう言って、優が血相を変えてその蛇を凝視する。
「これ、どうしたんですか」
その様子に、私とおじいちゃんは顔を見合わせて首を傾げる。
「家の中に入られて、牡丹が噛まれたから捕まえたんだ」
おじいちゃんの言葉を聞いて、優は私に駆け寄り傷を見せるよう言う。
「それが」
私は少し混乱しながら、着物の裾を少し上げて右足首を見せる。
そこには傷一つない肌が見えるだけで、噛み跡がない。確かに噛まれた。痛みも感じた、牙が肌に食い込む感覚もあった。おじいちゃんも、思わず口が開いている。
「今すぐにオレと来い」
優が私を真剣な顔で見る。
「え?」
急なことを言い出したのにもびっくりだが、珍しく真剣な顔をしているのにもびっくりする。
「それを渡してもらえますか」
おじいちゃんに手の平を出す優。おじいちゃんは危ないと止めたが、「毒はないから大丈夫」と、頑として譲らないのでその上に離してみる。しかし予想に反し、蛇は大人しく載っている。優はそれを躊躇なく自分の袴の懐に突っ込む。
「ちょっとお借りします」
そして私の腕を掴んで、ポカンとしているおじいちゃんを残して外へ出る。そして家の近くの木に留めていた優の黒い馬、飛丸(とびまる)に乗せられる。
「ちょっと優! どういうことなの?」
私は説明を求めるも、優はさっさと私の後ろに乗って「後でな」とあしらって馬を出した。
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