「和歌山達が実就様と蔵に戻ったぞ」
三守少佐が窓の外を見て、走っていた足を止めた。昨日の足の傷が少し疼く。
よかった、とりあえず作戦を立て直す時間ができた。
オレ__百舌野 初字も足を止めて、三守少佐に判断を仰ぐ。
「どうしますか。あいつらの能力を実就様に使うのは無理そうです」
少佐は一瞬悩んだ顔をしたが、再び走り出す。
「来い」
少佐に付いて外へ出て、城の裏に回る。そしてマントの裾を掴み旗代わりにして、風向を確認する。
「火を放て。風は北東からだ」
オレは返事をして、風上に移動する。そして沐と融合して、城の壁沿いに吹き溜まった落ち葉に手をかざす。
「発火」
すると、乾燥していたのかあっという間に火がつく。
そして、城の上まで手を上げると、それに合わせて火が立ち上る。そして風に吹かれて城の壁を這うように、火が広がっていく。
軍の陣取っている所からも、城が燃えているのは分かるはずだ。予定外のことが起きたと気づいてくれ、そして早くこっちへ来てくれ。
オレは手を下ろしながら、心の中で祈りを捧げる。
らしくない。昔のオレみたいだ。
「蔵へ向かう。運び出して逃げる」
三守少佐がオレに方針を示した。
「私を殺しなさい、牡丹くん」
私は言葉を失う。
「何言ってるんです。おれら、実就様を救出するためにここに来たのに!」
旗ノ柄は信じられないと言う顔で訴える。
「私はもう、逃げられない」
実就様が、静かに旗ノ柄を諭すように言う。
「創に政権を奪われて国が戦いへ走るくらいなら、君が取るんだ」
私は耐えきれずに涙をポロポロ流す。
「嫌です。そんなの嫌です!」
私は実就様の手を握る。
「諦めていた私に希望をくれたのは、あなたです。私も、同じようにあなたを救いたい」
実就様がほんの少しだけ口角を上げる。
「もう充分救われたよ」
そんな、まだ私何もしてない。私は奥歯をきつく噛む。
「……何か焦げ臭くないですか」
旗ノ柄がはっとしたように、顔を上げる。
私も臭いを嗅ぐ。
「本当だ、何か焼けてる」
確かに、鼻腔に何かが焦げているような空気が入り込む。
旗ノ柄は立ち上がって、蔵の上の方に作られているガラスの張られていない小さな空気口の元へ駆け寄る。そして薄暗い周囲を見渡し、古い木製の梯子を見つけると空気口のある壁に架けて登る。
「城が、燃えてます!」
旗ノ柄が外を覗いてから、こちらを振り返って大声で言う。
「百舌野がやったの?」
私はちょっと驚く。
元々は、実就様を救出して城に入って火を放ち、百舌野が火の海に能力で道を作りながら隠し通路まで向かう。という予定だった。
百舌野達は、これを断行するつもりだ。私や旗ノ柄が内密に城へ実就様を連れて来られなくても、火事の混乱に乗じて実就様を抱えて城へ入る。こういう筋書きだろう。
「実就様、百舌野達が気づいています。きっと助けにきます、しばしご辛抱を」
私は少し安堵しながら、実就様に優しく告げる。実就様は、ゆっくりと再び目を閉じた。
他の人も火事に気づいたようで、外から多くの人の走る足音と悲鳴が聞こえてくる。
少しして扉が開き、光が差し込み百舌野と三守少佐の姿が見えた。二人共息が上がっている。
「実就様」
少佐が実就様の横にしゃがむ。百舌野も素早く蔵に入って、扉を閉める。
「やっと来た!」
旗ノ柄は胸を撫で下ろしている。私も心細かった気持ちが解消された。結ばれていた口がわずかに開き、息を漏らす。
「他の兵士達は?」
百舌野に聞かれて、私は首を振る。
少佐は実就様を横向きに寝かせ、足の包帯を解く。
「城に火をつけてきた。もう少し火の手が広がり出てくる人が少なくなってから、城の中の隠し通路に向かう」
私達はそれを了承する。
少佐が包帯を取ると、実就様の踵の上あたりが深く切られているのが分かった。
「止血はされているな」
少佐が冷静に傷を観察するのに対して、私は思わず顔を背けてしまう。
ものの十分間に、次々と兵士達が蔵へ来て全員が集まった。
「実就様を運び出してくると伝えてきましたから、しばらくは時間が稼げるかと」
兵士達が少佐に現状報告する。
「次々に創の人間が城から逃げて来た姿に触発されたのか、見物客も散っていきました」
「軍も、客が退いたので進軍してきていました。一方創は、武器もまともに持たないで広場に逃げて来たため士気が低く、お堀に飛び込んでどちらからも逃れようとするやつが多かったです」
少佐は頷いて、旗ノ柄に城の様子を教えるよう命じる。
「さっきより出てくる人がぐっと減りました。もう城全体が燃えてるし、これ以上出てこなそうです」
旗ノ柄は梯子の上から答える。
すると今度は、外で発砲音が何発も何発も聞こえてくる。軍との交戦が始まったのだ。
「よし、いい時間だろう。行くぞ」
少佐が宣言すると、兵士の一人が実就様をおぶる。そして私達は蔵の扉を開けて、城へ駆け出す。
城は旗ノ柄の言う通り、炎で覆われて赤々と燃えている。黒煙も辺り一帯に広がり、目がしょぼしょぼするし、吸い込むと咽せるので口に手を当てる。
振り返って門の方を見ると、白マントの人たちがこちらに背を向けて銃器で正面方向を撃っている。すると創のリーダーが杖を突きながら、こちらへ門へくぐって来た。実就様が運ばれてこないと、業を煮やしたのだろう。と思っていたら、私と目が合った。
「気づかれた!」
私は冷や汗を一筋流す。
リーダーは後ろの兵達に何か叫ぶと、十数人が振り返って私達を追ってくる。
「来たぞ!」
百舌野も後ろを見ながら叫ぶ。追手はこちらに銃を撃ってくる。
すると少佐が、実就様をおぶっている兵士に言う。
「我々が食い止める。旗ノ柄も残れ。金田、お前は、百舌野達と実就様を逃せ!」
「はい!」
金田さんが走りながら、涙声で前に大きく返事をした。
一方私は子供を戦わせるなんて、と複雑な心境になる。
隣を走る旗ノ柄はそれを感じ取ったのか、私に声をかけてにかっとぎこちなく笑って見せる。
「大丈夫です。オレもうすぐで元服なんで」
それを聞いて、私は悲しくなって歯を食いしばった。
「誇りを胸に戦え!」
少佐がそう号令をかけると、私と百舌野、金田さん以外が立ち止まって追手と対面する。
「死なないで!」
私は旗ノ柄の後ろ姿にそう叫んで、走り続ける。
銃弾が飛ぶ中、ようやく城の玄関に着いた。熱風によって髪がチリチリするし、体が火照る。
すぐにでも城へ踏み込みたい気持ちを抑えて、脇にある井戸で水を汲み、頭から被ってびちょ濡れになる。
「オレから離れるなよ!」
全員が水浸しになったのを確認すると、百舌野が城に足を踏み入れる。そして両手で火を左右に押すように動かすと、目の前の火が二手に分かれて道ができた。
「行くぞ」
百舌野の合図に合わせて私達も中に入って腰を低くして走り出す。
よかった。これで外からは追って来られない。
中もだいぶ火の手が回っており、そこらじゅうが燃えている。何人も倒れ込んでいるのも確認できる。百舌野は火を掻き分けるように手を振って、進んでいく。
暑い。とにかく暑い。自分の周り全て火で囲まれているし、吸い込む空気も熱くて肺が焼けそうだ。
私達は汗をダラダラにかきながら、目的の客間にたどり着いた。百舌野が刀を鞘ごと腰から抜いた。そして燃えている障子を突いて倒し、侵入口を確保した。
ここの畳の下だ。
私達は床を這い回すように見る。もう畳は燃えているので、目視できるはずだ。
「あった」
私は床の真ん中を指差す。そこには確かに、石造りの長方形の穴が見えた。私達はそこへ近づく。
中を覗くと、石段が下まで続いていることは燃えている火の明るさで分かっても、その先の道が真っ暗でどうなっているのかが分からない。
「これじゃあ、この先進めるのか確認できないな」
百舌野は荒く息をしながら言う。
「私が見てこよう」
金田さんはそう言って、実就様を座らせ百舌野に支えさせる。そして近くに燃えている木材の切れ端を掴んで、中へ下りていった。
「もう少しです、実就様」
私は実就様の方を振り向く。その時。
パンッ!
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