次の日、十二月二日。日に日に寒さが増してきた。北風が大きな顔をして吹き荒れている昼時。
「これとこれは、全部しまっていいよ」
やつれた顔をした実正様が、自分の机の上の書類の束を指差す。
「分かりました」
私__和歌山 牡丹は書類の束を一つにまとめていく。
「実はね、陽形で新たな能力者が生まれたらしいんだ」
突然のその発言に、私は実正様の方を振り向く。
「昨日夜遅くに、香前の国が情報をくれた」
実正様は私を見つめる。
「時期的に、百舌野の沐ですかね」
私が眉を寄せながら言うと、実正様は黙って頷く。
「攻め込んできますか? 休戦協定なんて無視して」
陽形は元々大きな戦力を保持しているし、好戦的な国だ。能力者を手に入れて、動き出さないわけない。
「何もなければ。でも香前は、陽形へ牽制をかけると書いていた。香中と対陽形連合を作ったらしい。うちも誘われたので、二つ返事で加入する旨の返事を送った。今後香後や周辺国にも呼びかけるそうだ。これで、うちが攻め込まれたら、連合軍が参戦することになった。さすがの陽形も躊躇するだろう」
実正様は短く息を吐いた。
私は複雑な表情をしながら、書類の束を抱える。
「もし開戦になったら、連合は私達能力者を要求してきますか」
「と思うよ。あとこれ」
実正様が机の上の今日の朝刊を、私に差し出した。
『食糧価格上昇に休戦協定 国民を顧みない政治』
見出しを見て大体言いたいことが分かったので、本文は読まず実正様の顔を見る。
「あの時のように、国民があちこちでデモをしているらしい。交葉でも、チラホラ見かける」
実正様はもう呆れ返っている。
「まだ能力者を陽形に攻め込ませろ、と言っているんですか?」
まだまだ国民に開戦派は多い。大衆に迎合した記事だこと。
私も渋い顔をする。
「ああ。しかし副作用や、死亡や捕虜になった際沐が別の国へ渡ることを考えれば、ありえない話だ。しかし、公表はできない。なんとか別の方法で国民を納得させられなければ、僕は領主から下される」
「国民が、自分達の中から領主を選ぶつもりだと?」
私が信じられないと実正様を見ると、実正様は私を鋭い視線で捉えて言う。
「もう、決まっているのかも」
私は怪訝な表情を浮かべる。決まっている? 反乱の時のように、誰かが図っているかもってこと?
「土井 謙と言う男を知っているかい?」
私は首を横に振る。
「そいつが反政府運動の中心人物なんですか?」
「みたい。軍の諜報部から報告があった」
実正様は肘をついて両手を組んだ。
同刻。
「遠くからわざわざご苦労なこったねえ」
牡丹様の祖父、和歌山 匠さんは家の居間にオレ__宮峰 燈留を招き入れ、お茶を出してくれた。
「いえいえ。こちらこそ、朝早くに申し訳ないです」
オレは頭を下げる。
「俺は別に構わないけどよ。しかし、司書さんはこんなこともすんだな」
匠さんは豪快に笑って、自分のお茶をずずっと啜った。
「それで、俺はどんなことを話せばいいんだ?」
そう聞かれて、オレは懐から小さな雑記帳と万年筆を取り出す。
「昨日、牡丹さん本人からもお話を伺ったのですが、あまり生い立ちの部分がはっきりしなくて」
匠さんは困った顔をする。
「悪いが、それは俺も詳しく知らねえな。将は家を出て行ったっきり、帰って来なかった。嫁にもらった女の顔も、見せてくれなかったから」
オレはペンを走らせながら、質問する。
「出て行ったのはいつですか」
「玄磨二十二年の夏」
「息子さんから、何か睡蓮さんの話は聞いていないですか」
匠さんは頷く。
「隠し事が得意なやつではなかったから、いなくなる何年か前から女がいることは薄々勘づいてた。こっそり押し花を作っては、文に入れてどこかへ送ってたから。だがペラペラ喋るような性格ではなかったし、男同士だ。そんなことに口出しするのは野暮ってもんだろ。だがお節介でも聞いていれば、息子は出て行ってなかったのかね」
匠さんは斜め下へ視線をやる。
「その人とはどこで知り合ったんでしょう?」
「交葉じゃねえの。行く時はいつも嬉しそうだった」
オレはそれを聞いて目を大きく開けた。
「息子さんは、交葉に行く機会があったんですか」
「ああ。第二と第四土曜に開く夜市に出てた」
ここで簪が、実就様の奥様に渡ったんだな。
「その人は、睡蓮さんだと思いますか」
もし交葉にいた恋人が睡蓮さんなら、将さん繋がりで実就様と知り合った可能性が高い。
「どうだかな」
だよなあ。オレは苦笑いする。
「あの、牡丹様がしている簪はご存じですか」
「ああ。将が、あの子の母親にやったもんらしいな」
「あれは、量産品ですか」
匠さんはオレを真っ直ぐ見て、否定する。
「そんなに幾つもあったら、目に触れる機会が多くて覚えてるはずだ。でも記憶にないから、大量には作ってないと思う」
オレはメモを取り終え、万年筆に蓋をはめる。
「貴重なお話し、ありがとうございました」
「役に立ったか」
匠さんの問いに、オレは「もちろんです」と頷く。すると、匠さんは無邪気な笑みを見せる。
「俺の一人しかいない孫なんだ。よく書いてやってくれ」
オレも笑って、「はい」と答えた。複雑な感情は隠し切れているだろうか。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!