綺麗な色な瞳だね

野咲 ヒカリ
野咲 ヒカリ

二十三章 将

公開日時: 2022年4月25日(月) 15:30
文字数:2,073

 次の日、十二月二日。日に日に寒さが増してきた。北風が大きな顔をして吹き荒れている昼時。

「これとこれは、全部しまっていいよ」

 やつれた顔をした実正様が、自分の机の上の書類の束を指差す。

「分かりました」

 私__和歌山 牡丹は書類の束を一つにまとめていく。

「実はね、陽形で新たな能力者が生まれたらしいんだ」

 突然のその発言に、私は実正様の方を振り向く。

「昨日夜遅くに、香前きょうぜんの国が情報をくれた」

 実正様は私を見つめる。

「時期的に、百舌野の沐ですかね」

 私が眉を寄せながら言うと、実正様は黙って頷く。

「攻め込んできますか? 休戦協定なんて無視して」

 陽形は元々大きな戦力を保持しているし、好戦的な国だ。能力者を手に入れて、動き出さないわけない。

「何もなければ。でも香前は、陽形へ牽制をかけると書いていた。香中きょうちゅうと対陽形連合を作ったらしい。うちも誘われたので、二つ返事で加入する旨の返事を送った。今後香後きょうごや周辺国にも呼びかけるそうだ。これで、うちが攻め込まれたら、連合軍が参戦することになった。さすがの陽形も躊躇するだろう」

 実正様は短く息を吐いた。

 私は複雑な表情をしながら、書類の束を抱える。

「もし開戦になったら、連合は私達能力者を要求してきますか」

「と思うよ。あとこれ」

 実正様が机の上の今日の朝刊を、私に差し出した。

『食糧価格上昇に休戦協定 国民を顧みない政治』

 見出しを見て大体言いたいことが分かったので、本文は読まず実正様の顔を見る。

「あの時のように、国民があちこちでデモをしているらしい。交葉でも、チラホラ見かける」

 実正様はもう呆れ返っている。

「まだ能力者を陽形に攻め込ませろ、と言っているんですか?」

 まだまだ国民に開戦派は多い。大衆に迎合した記事だこと。

 私も渋い顔をする。

「ああ。しかし副作用や、死亡や捕虜になった際沐が別の国へ渡ることを考えれば、ありえない話だ。しかし、公表はできない。なんとか別の方法で国民を納得させられなければ、僕は領主から下される」

「国民が、自分達の中から領主を選ぶつもりだと?」

 私が信じられないと実正様を見ると、実正様は私を鋭い視線で捉えて言う。

「もう、決まっているのかも」

 私は怪訝な表情を浮かべる。決まっている? 反乱の時のように、誰かが図っているかもってこと?

土井どい けんと言う男を知っているかい?」

 私は首を横に振る。

「そいつが反政府運動の中心人物なんですか?」

「みたい。軍の諜報部から報告があった」

 実正様は肘をついて両手を組んだ。



 同刻。

「遠くからわざわざご苦労なこったねえ」

 牡丹様の祖父、和歌山 たくみさんは家の居間にオレ__宮峰 燈留を招き入れ、お茶を出してくれた。

「いえいえ。こちらこそ、朝早くに申し訳ないです」

 オレは頭を下げる。

「俺は別に構わないけどよ。しかし、司書さんはこんなこともすんだな」

 匠さんは豪快に笑って、自分のお茶をずずっと啜った。

「それで、俺はどんなことを話せばいいんだ?」

 そう聞かれて、オレは懐から小さな雑記帳と万年筆を取り出す。

「昨日、牡丹さん本人からもお話を伺ったのですが、あまり生い立ちの部分がはっきりしなくて」

 匠さんは困った顔をする。

「悪いが、それは俺も詳しく知らねえな。将は家を出て行ったっきり、帰って来なかった。嫁にもらった女の顔も、見せてくれなかったから」

 オレはペンを走らせながら、質問する。

「出て行ったのはいつですか」

「玄磨二十二年の夏」

「息子さんから、何か睡蓮さんの話は聞いていないですか」

 匠さんは頷く。

「隠し事が得意なやつではなかったから、いなくなる何年か前から女がいることは薄々勘づいてた。こっそり押し花を作っては、文に入れてどこかへ送ってたから。だがペラペラ喋るような性格ではなかったし、男同士だ。そんなことに口出しするのは野暮ってもんだろ。だがお節介でも聞いていれば、息子は出て行ってなかったのかね」

 匠さんは斜め下へ視線をやる。

「その人とはどこで知り合ったんでしょう?」

「交葉じゃねえの。行く時はいつも嬉しそうだった」

 オレはそれを聞いて目を大きく開けた。

「息子さんは、交葉に行く機会があったんですか」

「ああ。第二と第四土曜に開く夜市に出てた」

 ここで簪が、実就様の奥様に渡ったんだな。

「その人は、睡蓮さんだと思いますか」

 もし交葉にいた恋人が睡蓮さんなら、将さん繋がりで実就様と知り合った可能性が高い。

「どうだかな」

 だよなあ。オレは苦笑いする。

「あの、牡丹様がしている簪はご存じですか」

「ああ。将が、あの子の母親にやったもんらしいな」

「あれは、量産品ですか」

 匠さんはオレを真っ直ぐ見て、否定する。

「そんなに幾つもあったら、目に触れる機会が多くて覚えてるはずだ。でも記憶にないから、大量には作ってないと思う」

 オレはメモを取り終え、万年筆に蓋をはめる。

「貴重なお話し、ありがとうございました」

「役に立ったか」

 匠さんの問いに、オレは「もちろんです」と頷く。すると、匠さんは無邪気な笑みを見せる。

「俺の一人しかいない孫なんだ。よく書いてやってくれ」

 オレも笑って、「はい」と答えた。複雑な感情は隠し切れているだろうか。

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