朝の九時、二階の代表室。私は代表の座る机の前に立って、昨日の事の顛末を話していた。
「そうか」
昨日基地に帰った時点で、代表は外出中。機密事項なので飛脚を出すわけにもいかず、夜通し休憩室で待った。が、結局今日の朝まで代表が来ることはなかった。
「いい策だと思う。優先順位としては、まずその革命団体をどうにかしなければならん。実力行使でなくとも、そのためには多くの人手が必要だ。軍全体がまとまれば、かなりの数になる」
代表は、机の物を鞄に詰めながら言う。
「これで蓮田様たち開戦派の議員までこちらに巻き込めれば最高だが、そううまくはいかなそうだな。お前も言った通り、同じ開戦派の創につく可能性の方が高いと思う。こちらとは利害が一致しない」
そして代表は立ち上がり、コート掛けのコートを手に取り腕を通す。
「しかし実正様は、陽形が絡んでいることを蓮田様に伝えると言ってました。それでも創と結託するのでしょうか」
私は理解し難いと片眉を上げる。それで蓮田様は領主になれるかもしれないが、うちの国は陽形の傀儡になってしまう。
「世の中には、自分さえ良ければ他はどうでもいいという人間はごまんといる」
代表はあっさりと言いのけて、鞄を持つ。
「実正様と先に打ち合わせをする」
さすが、できる人は行動が早い。が。
「私もご一緒します」
まだ敵対者の多い軍に単身で乗り込むのはまずいと、私が名乗り出る。
「断ってもついてくるんだろ。早く支度しろ」
代表は鋭い視線を向け、ドアを開け部屋を出る。そして廊下をモップがけしていた旗ノ柄に「俺の部屋の物には触るなよ」と告げて、さっさと階段を下りていった。
「代表と軍本部に行ってくる」
私も部屋から出て、旗ノ柄に話しかける。
この前の百舌野との一件で、屋敷中の大掃除を命じられた旗ノ柄。監督責任だと私と優もやらされそうになったところを、旗ノ柄が一人で引き受けると申し出た。なんか気の毒だ。
旗ノ柄はニカっと笑って「いってらっしゃい」と言う。
「優が道場から帰ってきたら、そう伝えて」
私は旗ノ柄と別れて階段を下り、休憩室で羽織を取ってから玄関を出た。
喫茶店なんて、初めて入った。お昼時なのもあって、店内は裕福そうな身なりの老若男女で賑わっている。
店員さんがカップに入った紅茶と、サンドイッチというパンで具を挟んだものを運んでくる。
パン自体も食べたことがないのに、サンドイッチなんて持っての他。そもそも初めて見た。
私は少し怖がって、先に紅茶を口につけた。口の中から鼻へ、いい香りが通る。上品な甘さと茶葉の濃い味がした。
初めて飲んだ紅茶もおいしかったけど、それよりもおいしいかも。
「どう? お口にあったかな」
正面の席に座り、にこにこしながら問いかける実正様。の隣りの席から、この世のいやなもの全部見せられてるみたいな顔した百舌野が、睨みつけてくる。
私はこの上ない居心地が悪さを感じながら、頷く。
少し過去に戻って説明しよう。無事に開戦派との一時協力交渉は成功した。私はロビーで待ってただけだったが。
その後が問題だ。実正様が祝杯でもあげないかと誘ってきたのだ。代表は「仕事が残っている」と私を生贄にし、自分だけ帰って行ってしまった。そして途中で現れた百舌野が「隊長をお一人にするわけにはいかない」と参戦してきた。
で、今に至る。実正様のお誘いなんて断れないじゃんか。そんなに親しくもないのに……。
私が諦めと代表への恨みでごちゃまぜの気持ちでいると、実正様が話しかけてくる。
「祖父上から聞いたよ。和歌山隊長も、お父上を亡くしたんだってね。僕も、四年前に父上を亡くしているんだ」
私は視線を手元のティーカップに落としたまま、静かに話を聞く。
「存じております」
私は返答する。ご逝去は、玄磨三十五年。陽形との戦争が始まり、士気を上げるために戦場に赴いていた時に。その後実正様が後を継ぐには若すぎるということで、実就様が領主に復帰なさった。
「和歌山隊長のお父上って、どんな人だったの?」
店内にいる女性たちが、チラチラと実正様を見ながら何かコソコソ言っている。イケメンといると気まずいな。
「金物細工の職人でした。娘の私に叱られているようなちょっと頼りない父でしたけど、すごく愛してくれました」
私は少し眉を下げながら、無意識に簪を触る。今なら、父がいなくてすごく悲しいと感じる。
「そうなんだ」
実正様は微笑を浮かべているが、なんだろう。私は僅かに、モヤっとしたものを感じる。
「じゃあ、お母上は?」
私は首を傾げる。
「さあ。母は私を産んだ時に死んだので、よく知りません」
突然、百舌野が横を向いて立ち上がった。びっくりして実正様と私は百舌野の視線の先を見ると、若い女性が二人私たちのテーブルへ来ていた。
「失礼ですが、どなたでしょう」
私への不満を晴らすかのように、百舌野が怖い顔でその人たちに聞く。
その女性達はモジモジしている。あー、これ。
「あの、これ、私の住所です。文通してください!」
一人が勇気を出して、実正様に紙切れを差し出す。
「私も!」
隣りの女性も同じように紙切れを差し出した。やっぱり。
百舌野がどうしますか、と実正様の方を見る。
「ごめんなさい。彼女がいるので」
実正様は、苦笑いしながら私の方をちらっと見て断る。
へ?
ぽかんとしている私を、その女性たちが恨めしそうに見る。
「え、あ、いや」
私は手を振って否定する素振りをするが、肝心の言葉の方が出てこない。
百舌野も般若みたいな顔で私を見る。なんでよ、嘘に決まってるでしょ。
「きゃああ!」
突然、店内に悲鳴が響き渡った。
今度は何?
私達は揃って声のする方へ目をやる。四人の白いマントをつけた連中が、出入り口付近に固まっている。
「三上 実正はどこだ」
真ん中の中年の男がピストル、他は小銃を抱えている。
「創だ」
百舌野が顔を歪ませながら、呟く。
あの革命団体?
私は混乱する。何で街に。
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