綺麗な色な瞳だね

野咲 ヒカリ
野咲 ヒカリ

六章 準備

公開日時: 2022年4月9日(土) 15:30
文字数:3,012

 時は戻って銀行強盗事件の次の日。


 曇り気味な朝。最近ようやく暑さも消え、涼しくなってきた。

「て感じで、めっちゃ大変だったんですよ。ほら、新聞にも書いてあるでしょ」

 基地の一階、右の部屋にある休憩室。旗ノ柄が今日の朝刊の記事を見せながら、昨日道場の手伝いで休みだった優に説明する。

「今回はうまくいったからよかったけど、一歩間違えば交戦になってたわね」

 私は思い出して、少しげっそりする。

「これからもこんな仕事が来るんだったら、何か武道でもしないとダメかな」

「そうだな」

 私のぼやきに、優が同感する。

「おれ剣持ちたいです!」

 旗ノ柄が目を輝かせて私を見るので、私は優の方を見る。

「親父に聞いてみようか」

 それを受けて、優が旗ノ柄に聞く。

「やったー!」

 ガッツポーズしている旗ノ柄を横目に、私は遠慮がちに優に言う。

「仕事なくて待ちぼうけの時間は、優が教えてあげたら」

 優は下を見て首を振る。

「もう剣を置いた。教えられない」

 何の感情も顔に現れない。何も言わない。でも悲しそうな優の雰囲気。

「そう」

 私からは、もうこれ以上言えない。

 すると、上の階から諸星代表が疲れ切った様子でやってきた。

「お疲れ様です」

 揃って挨拶し、私が「紅茶でいいですか」と聞くと頷く代表。

「まったく、狂ったように依頼が来る」

 乱れた七三分けをかき上げ、椅子に腰掛ける。

「有名になったからか。でもいいことですよね、ちゃんと良いアピールになってるってことだし」

「どうだかな。来るもののほとんどが、便利屋みたいな仕事だ」

 旗ノ柄に、ため息混じりに言う代表。

 私は急須に紅茶の茶葉を足して、部屋の隅に置いてある火鉢に載せてある鉄瓶の元へ向かう。「地味な仕事は好きじゃないけど、それが仕事ならやります」

 旗ノ柄はキリッとした顔で言う。それを横目に私は急須にお湯を注ぎ、優は戸棚からティーカップを一つ出す。

「バカか。そんなものに手を出したら、その類いの仕事は全部受けないといけなくなる。贔屓だなんだと騒がれるからな。だがそうしたら、見境なくなるだろ」

 代表はそれを一刀両断する。

 そりゃそうだ。私は急須をテーブルに置いて、席につく。

「じゃあやっぱり、昨日みたいなやばい仕事ばっかこれからやるんですね。そしたらおれ、頑張って剣の腕磨かなくっちゃ」

 なんの話だ、と代表が私と優を見る。

「実は昨日の仕事を受けて、武術でもやった方がいいんじゃないかと話し合ってたんです」

 優が簡潔に説明する。

「ああ、そうだな。これは俺が想定しておくべきだった。各々何か身に付けた方がいい。必要なら経費も認める」

 あっさり了承する代表に、私はちょっと意表を突かれた気持ちになった。

「ありがとうございます」

 私達は頭を下げる。「で、経費ってなんすか?」と代表に聞いている旗ノ柄。

 代表が説明している横で、私はそろそろ蒸されたであろう紅茶をカップに静かに淹れ、差し出した。

「すまない。じゃあ部屋に戻る」

「オレも、飛丸の体洗ってくる」

 代表が紅茶を持って立ち上がると優も椅子から腰を上げ、二人して部屋を出ていった。

「あの、ちょっと気になってることがあるんですけど」

 旗ノ柄は玄関の扉が閉まるのを待ってから、私に聞いてくる。

「なんで副隊長は、帯刀してないんですか。剣士の息子なんですよね?」

 飛丸の方へ歩いていく優を窓越しに見ながら、私はどうしようか迷う。

「してたわ。でも、元服した時にやめた」

 人の過去を勝手に話すのはどうかと思ったが、優のお父様の道場へ通うならいずれ耳にすることだろう。

「優は有段者で、ある程度の腕はあると思う。けど、剣の申し子と言われるお父様には遠く及ばなかったみたい。どちらかというと妹の奈々子ちゃんの方が筋がいいみたいで、剣を置く前には優に勝ち越すくらいの腕前になってたはず」

「え、妹さんすごいっすね」

 旗ノ柄が素直に驚く。

「周りから『見劣りする』とか色々言われてたのは知ってたし、それで悩んでる様子もあった。だけど、それに負けないくらい剣を愛してた。だから刀を置いたと言われた時、驚いた」

 私が遠くを見ながら話し終えると、旗ノ柄は難しい顔をして「そうだったんですか」と言う。

「でもそのくらいの腕前なら、充分仕事で使えると思うんですけど。父ちゃんに敵わなくても、それじゃダメなのかな」

「優の中では、そう単純じゃないんでしょう」

 旗ノ柄はうーんと口を山形にして、私に提案してくる。

「隊長から話してみたらどうですか。絶対勿体無いですって」

 私は首を横に振る。

「私が言ったって」

 それを受けて、旗ノ柄が口を尖らせて「なんでですかあ」と反論してくるが相手にしない。

 人からどうこう言われて刀を持ち直すようなやつなら、もっとずっと前に刀を置いていただろう。



「昨日の銀行強盗逮捕は、お手柄だったね。お疲れ様」

 実就様が微笑む。

 午後、赤実城の領主室。窓の向こうは黒い雲で空が覆われ、まだ日は暮れ出していないのに薄暗い。

「直接伝えたくて。わざわざ来てもらってありがとう」

「こちらこそ、お褒めいただき光栄です」

 私は実就様の座るデスクの前に立って返答する。すると実就様は私の顔をじっと見て、控えめに聞いてくる。

「何か悩み事?」

 図星なのでちょっと焦る。

「あ、いえ。ただ」

 私はさっきの休憩室での話をする。

「そうか。確かに、君たちみたいにまだ元服前後の子たちに振る仕事じゃないよね。危なすぎる。すまないね」

「やめてください。私は実就様への恩返しのために、自らやっているんですから」

 謝る実就様に、私は慌てて両手を振る。

「旗ノ柄も正義の剣士に憧れてたらしくて、花水木に入れて喜んでいるみたいです。だから武術の話になった時、真っ先に剣がやりたいと」

 私が言うと、実就様はそうかと力なく微笑む。

「牡丹くんは、どうするつもりだい?」

「それが、私は運動が苦手で。武術なんてどれもやれる自信ないです」

 私は困ったように言う。

「なら、ピストルはどうかな」

 実就様が提案する。

「ピストルって、あの最近外国から入ってきた武器のことですよね」

 おじいちゃんから聞いたことがある。小さな鉛玉が目にも止まらぬ速さで、物はもちろん人の肉をも破り抜けるとか。しかも、その弾はかなり遠くまで飛ぶらしい。

「うん。軍に視察に行った時に、撃ったところを見せてもらったことある。あれは規格外の武器だね。他の武器を持っていても、太刀打ちできないと思う」

 おじいちゃんも「あれに敵うものはない」と評していたが、実就様もそう思うのか。

「だがそれは、あくまでも当てられればの話だ。まだまだ性能があまいらしく、使いこなした人間でも狙った所に確実に当てるのは難しいと聞く」

 私は「そうなんですか」と相槌を打つ。

「でも、体術のように体は使わないし、剣のように間合いに入って動き回ることもしない。牡丹くんには合ってるんじゃないかな」

 確かに。思ったところに百発百中は難しいだろうけど、ある程度練習してかすりでもすれば充分凶器になる。

「誰か教えてくれる人を探してみます」

 私は頷いてそう伝えるが、実就様は首を振る。

「実正に教わればいいよ。私から頼んでおく」

 思わぬ申し出に、私は恐れ多いと断る。

「そんな、実正様もお忙しいでしょうし、お手を煩わせることでは」

「遠慮しなくていいよ。ピストルはまだ希少品だから、軍でも選抜試験に受かった人間しか持てない。そんな物を教えられる人間など、そう簡単に見つからないだろう」

 実就様はそう言うと、にっこりと笑った。

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