朝日が差す宝伝歴史図書館、事務室。
「そうか」
オレ__宮峰燈留は、京也からかよ子さんの話を聞いて小さな声で返す。
「最近、思うんだよね。優秀な人って、みんなが思うほどいいもんでもないなって」
京也がテーブルに頬杖をつく。
夕暮れ時、兄弟は並んで土手に座っている。
「お前、出ていってからよく会いに来てくれるけどさ」
元服したばかりでまだまだ幼さが残る燈留が、口を開く。
「オレのこと、憎くないのかよ」
すると、京也は不思議そうな顔をする。
「何で?」
それを見て、燈留は意表を突かれる。
「何でって、跡継ぎのオレだけ優遇されて、お前や母さんは酷い仕打ちを受けた。オレだけずるいって、思っただろ」
「全然。だって兄ちゃん、ずっと辛そうな顔してたもん」
あっけらかんと答える京也に、再び驚かされる燈留。
「兄ちゃんこそ、おれ達のこと恨んでないの?」
今度は、京也が俯きながら聞いてくる。
「確かに、家に残った方が兄ちゃんは良い暮らしができる。でも、ずっと父ちゃんの言いなり」
こいつ、何も考えてないように見えてそんなこと。
燈留は、瞬きする。そして、ふっと笑って京也の頭をわしゃわしゃする。
「そんな訳ねえだろ」
京也は「うわっ」とびっくりしながらも、嬉しそうな表情を見せた。
「兄ちゃんだって色んな人から優秀な社長だって褒められてたのに、すぐ父ちゃんの借金で会社が潰れちゃって」
京也は眉を下げる。
「いや、あれで良かったんだ」
しかしオレは、すっきりした笑いを浮かべる。
「バチが当たったんだ、不公平な高待遇に甘んじてたから。それにあれがあったから、オレはやっとお前といてもいいんだと思えた」
京也は悲しそうな笑顔を作る。
「ほら、そんな顔しない」
オレは京也の頭を、わしゃわしゃ撫でる。
「もう、おれ子供じゃないのに」
そう言いつつ、京也はニコニコと笑った。
日が落ちて、寒さ厳しい夜。
臨時の城に残っていた反政府派の国民達の大半は、私が嫡子だったことと即位したことを知って降伏した。しかし土井と一部の国民は、そのまま立て篭っていた。
それがやっと今日片付いたと聞いて、私はランプを手に忘れ物を取りにやって来ていた。
「牡丹。いや、和歌山様」
私が自分の机があった部屋に入ろうとすると、同じくランプを持った優が後ろから駆け寄ってきた。四肢にはまだ、包帯が巻かれている。
「そういうのはいい」
私はちょっと笑いながら、ドアノブに手をかけて中に入る。
「そういうわけにもいかないだろ」
優が珍しく微笑を浮かべた。
意外にも、中は荒らされていなかった。狭いし簡素過ぎて、重要な物はないと思われたんだろうだろう。
私は机の前にくると、あの時置いたままになっていた紅の玉簪を手に取る。
「よかった」
信じられなくてごめんね。お父さん、お母さん。
私は灯りを反射して輝く簪を、胸に当てる。
そして机にランプを置き、綺麗に束ねられていた頭から簪を全部取っていく。ハラハラと髪が落ちてきて、最後には全部髪が下ろされた。
「思ったより元気そうだな」
優は私にランプを渡して私の背後に回り、髪をまとめ出す。
「領主になると言い出した時の顔は、酷かった」
それを聞いて、私は苦笑いする。否定はしない。
「目標ができたの」
髪がまとめられたので、私はあの簪を優に渡す。
「奥山さんの寄稿を読んで、百舌野や自分の生い立ちを思い返した。私は実就様に助けてもらえたけど、それがなかった百舌野は、人生を大きく狂わされた。私も、そうなっていたかも」
優が簪をゆっくり挿す。
「領主になったら、財団や花水木よりもっと具体的に解決へ導けるかもしれないと思った」
私は振り向いて、優の正面に立つ。
「人のためになる政治をするわ。実就様、祖父や母がそうしたみたいに」
そう微笑むと、脇の髪がはらりと落ちてきた。
「詰めが甘かったわね」
「悪い」
私が耳にかけながら笑うと、優が頭を掻きながら目を逸らした。
その瞬間、背伸びして顔を近づけた。優の驚いた目と合う。
私はいたずらっぽく口角を上げて目を閉じ、勢いのまま口づけをした。
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