綺麗な色な瞳だね

野咲 ヒカリ
野咲 ヒカリ

一章 救い

公開日時: 2022年4月5日(火) 16:02
更新日時: 2022年4月5日(火) 17:33
文字数:882

 雨が降っている。

 家の庭の土が盛り上がった場所の前で、私は立ち尽くしていた。

 つい昨日まで生きていた父が、死んだ。いつも通り、お昼の用意ができたよと仕事場に行くと、地面に倒れて事切れていた。

 突然、後ろから傘が出てきて私を雨から避けた。

「この度は、心よりお悔やみ申し上げます」

 男性の声がして振り返る。偉い人が着ている洋服、スーツを身に纏い口髭を生やしたご老人が、私に傘を差し出していた。

 私は家の中へ入れた男性にお茶を出す。男性は六十代くらいで、口髭を生やしている。ほとんど白髪だが、まだ地毛の赤黒い髪が所々見える。

「ありがとう」

 男性はお茶を口にする。

 こんな上客がいた覚えはない。誰だ、この人。俯きながらぼんやりとそんなことを考えていると、男性が口を開く。

「悲しいね」

 私を見る顔で、上辺だけの同情じゃないと分かる。その目には、父でも私でもない誰かが映っている。でも、私は首を横に振る。

 たった一人の家族だった。気の弱くて優しい、私を溺愛してくれた父だった。

 なのに、涙が出ない。悲しさが湧いてこない。それより何より先に、「明日からどうやって生きていけばいいのか」と思ってしまった。父の死を悼むより先に、自分の心配をしてしまった。最低な娘だ。

「これからどうするつもりだい」

 私はまた首を振って、髪に挿した紅色の玉と金物細工が垂れる簪を抜く。濡れた髪がパラパラと落ちてくる。

 母の形見だと言われた物。これで、父の形見にもなってしまった。

 無感情に、簪をきらきらと反射させる手遊びをする。

 男性は深く長く息を吐いて、こう提案してくる。

「親族を探そう。誰かきっといるはずだ。しばらく分の金も置いていこう」

 私はその男性へ視線を移す。

「どうして?」

 金持ちの気まぐれか? 何もなしにこんなことするとは思えない。

 私は疑いの眼差しを向けるが、男性は真剣に私を見つめている。

「私はこの国の領主だ。未来を担う子供を見捨てることはしない」

 そう言って、ネクタイについている家紋を指差す。私はそれを見て、大きく目を見開く。

 そこには確かに、領主三上家のみ掲げることを許された家紋、丸に尻合わせ三つ蔦が刺繍されていた。

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