三時間後。
「どうかしたのかな? 笹見くん」
ここは首都、交葉にある国の城「赤実城」の領主室。ここだけ洋装で、深い赤のカーペットが敷かれ、重そうな頑丈な作りの木製の机が置かれている。
茶色のスーツに身を包み、机の前に座っている領主、三上 実就様が優しく翠玉のような目を向ける。
私達はその机を挟んで、並んで立っている。
「そちらの子は?」
視線を向けられ、私は反射的に顔を逸らす。
「和歌山 牡丹、オレの幼馴染です」
優が紹介する。
「ああ、和歌山さんの娘さんだね。あれから、おじい様とはうまくやれているかな」
すごい、覚えててくれたんだ。私は下の方を見たまま笑みを浮かべ、こくこくと首を振る。
「そして、沐に選ばれし人間です」
優は懐からあの蛇を取り出し、机に置いた。それを見た実就様は驚いて、しばらくそれをまじまじと見つめた。蛇はまたとぐろを巻いて、首を捻るような動きをしている。訳が分からないと言っているみたいだ。
「なんと。そうか、人の縁とは面白いものだな」
実就様ふっと笑うが、なぜか少し悲しそうに見えた。
沐? 何それ?
私は説明を求めて、優の顔を見上げる。
「陽形の国との戦争が、半年前に遂に終結した。そのきっかけが不思議な力を操る人間が出たからだ、という噂は聞いたことあるか?」
「うん、近所の子が言ってた」
「あれは本当だ。こいつ、沐が空から降ってきて、人間に力を与えたんだ」
優が蛇を指差して、真面目な顔で言う。
「え、あれはただの噂じゃなかったの?」
私は半信半疑で聞く。そんな物語みたいな話、ほんとに?
「信じ難いだろうが、そうなんだ。うちの兵が蛇に噛みつかれて、説明できないような現象を起こした。その子が能力者第一号。これが事の始まりだ」
実就様はそう言うと、机に肘をついて自分の両手を握った。
実就様たち上層部はその事を知ってすぐに秘匿扱いとしたが、なぜか陽形の国にもその話は漏れていた。兵に能力者が出たのは偶然だったが、「秘匿扱いになっているのは、戦いに使うつもりだからではないか」と陽形は危惧した。そして勝っていたにも関わらず、陽形は泣く泣く撤退していった。
「敵は自ら逃亡し、戦争は辛くも勝利した。と表向き宣言したが、結局領土を少し持っていかれている。このまま続けていたらもっと取られていただろうし、戦いによって国は貧しくなった。これは明らかに敗戦だよ」
実就様は話しながら、悔しいだけでなく、悲しさも混じった顔をする。
「しかし、戦いはまだ終わってはいない。他国にも陽形から情報が流れ、我が国に能力者がいることがバレている。そのせいで、国際的な批判も強くなってきている。このままでは、陽形どころか世界中が敵だ」
能力者の出現によって、世界の軍事バランスは崩れてしまった。それに、未知なるものは人々の恐怖の対象になる。世界が我が国ごと能力者を恐れ排除しようとするのは、当然だろう。
実就様に続き、優も話す。
「実のところ、能力はそこまでの戦力ではない。例えオレ達がうちの軍に加勢しても、陽形に勝てるか微妙なところだ」
「なんで、優はそんなこと詳しく知ってるの?」
私は怪訝な顔をして、優を見る。
「それは、笹見くんが三人目の能力者だからだよ」
実就様がにこやかに言う。優は無表情のまま、お茶目に「いぇい」とピースしてくる。
そういう繋がり方するんかい。私は驚きながらも、ちょっと納得する。そりゃ約束なしで実就様に通れたわけだ。
「話を戻すけどね。能力のことを正直に公表すればいい、という話でもないんだ。能力者が脅威でないと知れば、陽形は喜んで再び攻めてくるだろう。他の国も、疲弊し余力のない我が国を狙ってくるはず。全く、困ったものだよ」
実就様は額に手を当て、力なく笑った。
それを見て、私はいたたまれない気持ちになった。
私は顎を摘み、考えを巡らせる。
「能力者を国の制御下に置かない、とか?」
私はぼそっと、ふと口にしてしまう。国が好きに動かせると思ってるから、周りからの風当たりが厳しいんだよね。いやでも。
「……ダメですね、それじゃあ侵略の抑止力にならない」
二人から注目を感じて、赤面しながら俯く。
そもそも私なんかが考え出せるなら、もう実就様が出してる。
「いや、そうでもないかもしれない」
実就様が私を真っ直ぐに見る。
真剣そのものの顔をする実就様の様子を見て、私たちは不思議そうに顔を見合わせる。
「能力者の民間団体を作るのはどうだろう。本気で侵略しようとしていれば、わざわざ国が把握できない場所に能力者を置くことはしない。それにちゃんとどこかに所属していれば、野放しになっているという不安も生まれない」
「しかし、それでは牡丹も言ったように、抑止力にならないのでは?」
優が聞くと、実就様は頷く。
「ああ。だから、一人は軍で能力者を保有する。一人でも相当な戦力だと勘違いしていそうだが、もうそれでいい。なぜ全員を保有しないのかと、相手に意図を図らせる。その間に、国の経済を元に戻し国力を回復させる」
すごい。確かにそれなら、抑止力になることと脅威にならないことを同時に達成できる。私は改めて、実就様の聡明さを思い知る。
「え、構想完成っすね」
優が驚きながら拍手するので、私も隣で拍手する。
「いや、まだだ。もっと細かく詰めなければならないし、その後の展望もまだない。牡丹くん」
突然呼ばれて、私はビクッとする。
「私に力を貸してほしい。その民間団体の立ち上げを手伝ってほしいんだ。君が発案者だからね」
「いえ、実就様が考案されたものです。私なんか何も」
私は両手を振って震える声で否定するが、実就様が重ねて言う。
「謙遜することはない、事実だ。頼むよ、牡丹くん。君の意見が聞きたい」
実就様が私の方をじっと見てくる。
「……分かりました」
恩人の頼みだ。断れない。私は観念して、了承した。
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