「いるのは分かってる。早く出てこないと、一人ずつ殺して回るぞ」
中年男性の白マントが大声で言って、店を見渡す。
百舌野は前の客にうまく重なるように静かに移動し、身を隠す。
しかし隣に立っている女性二人が、実正様の方を恐怖に満ちた顔で凝視する。店の中で軍服姿なのは実正様と百舌野の二人だけ。実正様が軍人なのは国民なら誰でも知ってるし、さっきの様子で百舌野が部下であろうことも分かっただろう。要するにこの二人は、実正様はこの人だと予想がついてしまったわけだ。
「黙って、あいつらの方をゆっくり向いてください」
私が囁き声で二人に言いながら、そっと羽織を脱いでテーブルの下へ落とす。新聞で大々的に花水木が有名になった今、これで能力者だとバレる可能性は高い。
女性達は指示通り、少しずつ創の方へ視線を移す。
私は心臓をバクバクさせながら、懐から沐を取り出し融合する。
どうしよう。能力を使って何とか実正様を店から出せたとしても、中に取り残された人は本当に順に殺されてしまうかもしれない。ピストルを使うのも危ない。店内は狭くて人も多いから、創以外の人間に当たってしまう可能性がある。
私はホルダーからピストルを取り出しながら、百舌野の方を伺う。百舌野も歯を食いしばりながら、刀の柄を握り締めている。私は、その右手に沐を融合させているのを見逃さなかった。
こいつが能力者第一号。二人なら、何とかなるか?
「百舌野」
「どうやら、見せしめが必要なようだ」
私の小声が、創の大声でかき消される。そしてそれに合わせ創の何人かが小銃を構えたことで、店内が悲鳴で溢れる。そんな中、隣にいた二人の女性のうちの一人が声を上げた。
「ここ! ここにいるわ!」
私と百舌野が目を見開いて、その女性を見る。
「やってくれたな貴様!」
百舌野が、泣いている暴露した女性に食ってかかる。しかし創の人間が「動くな!」と小銃を百舌野に向ける。そしてこちらへ連なって歩いてくる。
ダメだ、もう撃つしかない。他の人に当たっても。
私は覚悟を決め、ピストルを上げようとした。その時。
「発光」
聞き慣れた声と共に、真っ白な光が視界に溢れる。眩しすぎて、反射的に目を閉じて顔を腕で覆う。
「なんだ!」
男の声と共に発砲音が何発か聞こえ、店の中で悲鳴が上がる。私は流れ弾が当たらないように、床に座り込み頭を下げる。
瞼で視界は暗くなるはずなのに、まだ白く見える。目を潰された、しばらく視力は戻ってこないだろう。これをするのは。
「うぐっ」
誰かの悶える声がして、倒れ込む音がした。聴覚だけじゃ、何が起きてるのかさっぱり分からない。
少しして、静かになった。
どうなったの? 私は目を開けるが、やはり視界は白けていてよく見えない。
「怪我してない? 牡丹」
誰かが私の腰に手を回し、上へ引き上げられる。私もそれに身を委ね膝を立て、ゆっくり立ち上がる。
「やっぱり。優だったのね」
何度も瞬きをしていると、次第にぼんやりと優の顔が見えてきた。
「悪い。巻き込んで使うしかなかった」
やっとはっきり見えた時、優の顔に血がついているのに気がついた。
「怪我したの?」
「いや、返り血」
私が心配して聞くと、優は後ろを振り返って言う。釣られて私も優の後ろへ目をやると、白マントの連中は全員切られて倒れていた。
私は思わず顔を顰めて、口に手を当てる。そして優の方へ改めて視線を移すと、右手に血が滴る刀を持っていた。
「優が、やったの?」
私が驚きと混乱が混ざった複雑な声色で聞く。優は大きく息を吐いて「ああ」と答えた。
「人のやつを勝手に使ってくれたな」
百舌野の声がして振り返ると、出血している右太ももにポケットから取り出した手ぬぐいを傷に当てていた。
「大丈夫?」
私も駆け寄って懐から手ぬぐいを出し、百舌野の手ぬぐいの上から縛る。
「お前が切ったんじゃないだろうな」
優は無表情のまま刀を振って血を飛ばし、テーブルに備えてあるちり紙を手に取って刃を拭く。そして落ちている鞘を拾って刀を納め、百舌野の腰に返した。
「百舌野、怪我したのかい」
実正様が焦点の合ってなさそうな目でこちらを見るので、百舌野が言う。
「掠めただけなので、大丈夫です」
周りの人たちもそろそろ目が見えるようになってきたようで、ざわざわし始める。
「ありがとう、笹見副隊長。命の恩人だね」
実正様が爽やかな笑顔を優に向けると、百舌野は面白くなさそうにそっぽを向く。
「私からも、ありがとう優。助けてくれて」
私も優に笑いかける。優は「別に」と無表情で答えたが、なんだか嬉しそうにしている雰囲気を感じた。
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