夜の町で柚葉は奏達と一緒に鬼を探していた。
昼間行った佑の家には両親の死体だけがあり、鬼になった佑はいなかった。
どこへ隠れたのか、見つけることができなかった。
そこで鬼の活動しやすい夜に再び探すことになった。
柚葉は、鳴珂の主である鬼との戦いに加わりたいという、強い意志を汲んで加わっていた。
曇り空で月明かりがなく、青い光の塊の次縹が淡い光で前方の道を照らしている。
その後を奏と柚葉が歩き、更に後ろを銀狐と金狐が歩いている。
「歩き回って一時間程経つが、鬼の気配さえ感じないな。どこにいるんだ?」
奏は、ため息混じりに言う。
「佑の家を中心として死体が見つかった範囲は日に日に広がっています。今では広範囲となり探す範囲も広く、簡単に鬼に遭遇しないのかもしれません」
後ろを歩く銀狐が言う。
「もしかしたら、今夜は空振りかもな…」
言いながら、柚葉を見る。
少し疲れているようにも見える。
「今夜は、これくらいにしよう。柚葉も体力的に辛いだろう?」
「え。あたしは、まだ大丈夫…。それに今帰ったら、誰かが殺されるのを止められないでしょ」
柚葉は奏の顔を真っすぐに見て言う。
嫌だ。
あたし、足手まといになってる。
そのせいで誰かが死ぬ。
そんなの嫌…!
〝柚葉〟
頭の中に声が響いた。
それは聞いたことのある声だった。
「詩花」
「え…?」
柚葉の言葉に奏は驚いたように言う。
柚葉の目の前に詩花が背中を向けて立っている。
「どうして、夢の中じゃないのに」
「どうした?柚葉。何を見てる?」
奏達からは、柚葉が誰もいない一点を見つめているように見えていた。
「え…。見えないの?詩花がそこにいる」
そう言って、柚葉が指さす。
しかし、その方向には誰もいない。
「柚葉にしか見えてないのか…」
「そのようですね」
「オレにも見えない」
〝鬼のいる場所へ行くよ〟
そう言うと、柚葉にだけ見える詩花は歩き出す。
「鬼がいる場所に連れてってくれるみたい」
「鬼のいる場所へか。行こう」
「ですが、本当に詩花様かどうか。オサキ狐の仕業かもしれません」
「だとしても、今のオサキ狐に何ができる?呪いに全ての力を使い果たし鬼の一部となっている。何もできるはずがない。それほど呪というものは妖力を消耗する」
「そうですが…」
「あたしは詩花だと信じる」
そう言うと柚葉は歩き出す。
夢の中で会った、あの寂しそうな詩花。
間違うはずがない。
あの哀しみを含んだ声。
「柚葉。俺も行く」
奏は後を追う。
「どうするんだ?」
金狐は銀狐を見て言う。
「行きますよ。奏様が行くなら」
そう言うと銀狐も歩き出す。
「だな」
笑って言うと、金狐も歩き出す。
詩花に案内され歩いていくと、川沿いのレストランの並ぶ通りに出る。
曇り空で月の灯りもない夜道がレストランの照明で明るく照らされている。
詩花の案内に従って歩いていくと、レストランの並ぶ先に一際明るい場所が見えてきた。
そこはビアガーデンだった。
そのビアガーデンから悲鳴を上げながら逃げる人々の姿が見えた。
詩花はビアガーデンを指さして止まる。
〝ここにいる〟
「鬼がここにいるの?」
柚葉の言葉に詩花は頷くと消える。
「詩花はここだと言ってるのか?」
奏は柚葉の視線の先を見る。
そこに詩花がいた。
そう思うと切なくなる。
会いたい気持ちが胸を締めつける。
「奏様。あれを」
銀狐が指さす方を見ると、ビアガーデンの照明の上に赤い提灯が浮かんでいるのが見える。
「赤提灯。呪いの鬼の行く手を照らすために現れる、妖力が具現化した提灯」
「妖力も感じます」
「間違いない。鬼だ。奏様」
奏は両手にそれぞれ一枚ずつ、式札を出す。
「次縹。光狐」
それぞれの式札が青い光の次縹と、光でできた狐の光狐の姿に変わる。
「鳴珂。一緒に来るか?柚葉はここに置いていく。どれくらいの範囲まで柚葉から離れられるかわからないから、鬼が遠くに逃げたら追いかけられないかもしれない。それでも来るか?」
柚葉の肩に乗っている鳴珂に向かって言う。
「はい。主に会いたい」
「わかった。じゃあ、こっちへ来い」
鳴珂は柚葉から離れると、奏の肩に乗る。
「柚葉はここにいろ。人間は一番に鬼に狙われる。いいな?」
「うん…」
柚葉は息を飲んで言う。
「次縹、柚葉を守れ」
次縹は柚葉の元へ行き、光のベールとなって柚葉を包み守護結界となる。
「銀狐。金狐。光狐。行くぞ」
「御意!」
奏の言葉に銀狐と金狐は答える。
奏はビアガーデンに向かって歩いていく。
ビアガーデンたどり着くと、そこには死体の山が築かれていた。
まだ生きている人間を鬼になった佑が追いかけ殺している。
その鬼は妖力を増して熊ほどの大きさになっていた。
銀狐はスイカほどの大きさの月を出し、金狐は炎の剣を出す。
「光の刃」
月から無数の光の刃が鬼に向かっていく。
「炎の剣」
炎の剣が鬼に向かう。
「光狐」
光狐は宙を飛びながら、光線で鬼を狙う。
奏の方が数からして優勢に見える状況だった。
しかし、鬼の前に水の壁が現れ盾になる。
鬼は狐火を作り出す。
「あいつ、狐火を…!」
奏は目を見開く。
鬼は妖力を増すことにより狐火を作り出せるようになっていた。
狐火は水の壁を突き抜けて、奏達を襲う。
その狐火はオサキ狐のものと比べると小さいが、避けなければ確実に人間は火傷を負い、人間以外のものは当たった部分を吹き飛ばされてしまう。
ふと銀狐が前に出る。
目の前で宙に浮いている月が光のベールに変わる。
そして、奏達を覆う結界となる。
狐火は光のベールに当たると光のベールに穴を開ける。
しかし、すぐに光のベールは再生する。
「銀狐。大丈夫か?」
「はい…」
そう答えながらも狐火が光のベールに当たる度に辛そうに顔を歪める。
それも、その一瞬に莫大な力を消費しているからだった。
「この状態も長くは持たないな…」
だとしても、鬼が狐火を放つのを止めなければ、鬼を仕留めることはできない。
そう思っていると、水鏡の水の壁が次第に崩れていく。
無数の狐火が突き抜けていくことで、水鏡は次第に弱っていっていた。
鬼は狐火を放ちながら、恐怖で逃げることができなかった人間の首をへし折り魂を食らっていた。
「くそっ!また、人の命が…!」
奏は唇を噛む。
鳴珂は奏の肩から降りると、牛ほどの大きさになる。
「奏。ボクの背中に乗って」
「だけど…、結界から出て狐火が当たれば、おまえも傷を負ってしまう」
「大丈夫。ボクは素早いし、もし狐火が当たったとしても、主がボクを大事に想ってるならボクは再生する。ボクは主を信じてる」
そう言った鳴珂の瞳に迷いはなかった。
「わかった」
奏は鳴珂の背中に乗る。
「光狐。来い」
奏が右手を差し伸べると、光狐は奏の右手に体を同化させる。
右手首から先が光狐の体になる。
「銀狐。一瞬だけ結界を解け」
「御意」
答えると銀狐は頷くと、結界を解く。
「行こう、鳴珂」
「うん」
鳴珂は走り出す。
奏と鳴珂が離れると、すぐに銀狐は結界を張る。
鬼の放つ狐火を避けながら、奏は右手を鬼に向ける。
すると、光狐の口から細い光線が出る。
奏は光線が出たままの状態で、鬼に向かって振り下ろす。
鬼は光線を裂けたが、左腕の肘から下を切り離される。
「グウゥゥゥ‼」
痛みに声を上げながら、狐火を奏に向かって放つ。
しかし、奏を乗せた鳴珂が素早く避けていく。
奏は再び光線を鬼の体に振り下ろす。
今度は右足を切り落とす。
「グウゥゥゥ‼」
痛みにもがき苦しむ鬼の姿を哀しそうに鳴珂は見ていた。
「主…」
「辛いか…?鳴珂」
「主が苦しむのを見るのは辛い。だから、一気に殺して」
そう言った鳴珂の声は哀しみに満ちていた。
「わかった」
答えると、奏は鬼を真っすぐに見つめる。
右足を切り落とされ動けなくなっている。
狙いを定めれば一撃で殺せるはず。
「鳴珂。光線で鬼の胸を貫く。そこから発火して体全てが燃え尽きるはずだ。一気に燃え尽きるように光線の力を最大にする」
「わかった。奏が鬼の胸を狙えるように動く」
「そうか。助かる。それじゃあ、行くぞ。今度で終わりにしよう」
「うん」
鳴珂は鬼に向かって走り出す。
鬼は奏に向かって右手を振りかざし、バランスを崩し仰向けに倒れる。
同時に鳴珂の体に鬼の右手の爪が刺さり、そのまま鳴珂は鬼の右手に投げ飛ばされる。
「うぐっ…!!」
その瞬間、奏は鳴珂の背中から飛び上がり、鬼の胸に向かって落ちていく。
右手の光狐の口を向け、光線を放つ。
その光線は今までのように細くはなく、簡単に鬼の胸に穴を開ける。
そのまま奏は光線を放ち続け、一気に胸に発火する。
そして、瞬く間に炎は鬼の体を焼き尽くしていき、後には灰も残らなかった。
「おのれ…よくも…」
最後にオサキ狐の声が聞こえた。
それは呪が消えたことを意味する。
鬼が燃え尽きた場所に奏は着地する。
「奏様!!」
銀狐と金狐が走ってくる。
奏は投げ飛ばされた鳴珂を探す。
しかし、どこにも見当たらない。
「鳴珂…」
「そういえば、鳴珂はどこに…」
銀狐は辺りを見回す。
「鳴珂なら、投げ飛ばされる途中で消えたぞ」
淡々と金狐が言う。
「消えた…?」
奏は不可解そうに言う。
「主が死んだことで、式神である鳴珂も消えたのでしょうか?」
「そんなはずは…」
言いながら、鳴珂の姿が見えない現実が銀狐の言葉を肯定していた。
奏はふと思い出す。
昔、式神だった管狐のことを。
その昔、玉藻前封印の時に玉藻前に奪われた式神のことを…。
珍しく意思の疎通のできる管狐だった。
だから、可愛がっていた。
玉藻前に奪われた時は体の一部を持ってかれたような喪失感に襲われた。
そんな体験があるからか、鳴珂が消えたかと思うと、なぜか寂しさに襲われる。
「奏」
声のする方を見ると、そこには柚葉が両手に何かをすくいあげたようにして立っていた。
手の中をよく見ると、そこには鳴珂がいた。
「急に鳴珂が目の前に現れたの」
「…そうか」
奏はホッと息をつく。
「柚葉様から離れすぎたのでしょう。そのため、柚葉様のいる場所に引き戻されたのですよ」
「そうなの?」
「鳴珂。無事でよかった」
奏は安心したように笑う。
鳴珂は、ゆっくりと目を覚まし起き上がる。
「奏…。主は…」
鳴珂は辺りを見回した。
しかし、鬼の姿はなかった。
それは佑の死を意味する。
「そうか…。主の魂は救われた…。よかった」
鳴珂はホッとしたように言って、哀しそうに笑う。
それは泣くのを堪えているように見えた。
きっと、涙が出れば泣いている。
そう思える表情だった。
「鳴珂…」
鳴珂と繋がっている柚葉は哀しみを感じ取り涙を流す。
涙が地面にポツリと落ちる。
すると、涙が落ちた場所が光る。
光は広がり佑の姿を作る。
「主…!」
「鳴珂」
佑は穏やかに笑う。
「ありがとう。僕の魂を救ってくれて。これで人間として死ねる」
「主…」
「ずっと、僕の式神でいてくれて、ありがとう。鳴珂が式神でいてくれてよかったよ」
「ボクだって、主の式神になれて良かった。主はいつも優しくて…ボクを大切にしてくれた」
鳴珂の真っすぐな瞳に嘘はなかった。
「そうか…。そんな風に思っててくれたんだ。嬉しいな」
佑は穏やかに笑う。
「最後に鳴珂を自由にしてあげる。式神としての縛りを解除する。これからは幸せになってほしい。僕は鳴珂を幸せにはできなかったから」
温かい眼差しで佑は言う。
「そんな…。主…、ボクはずっと、主の式神でいたい」
鳴珂はすがるように言う。
「本当の主の元へ戻るんだ。鳴珂をずっと心配してるから」
「本当の主ってオサキ狐?オサキ狐は、もういない。最初の主はオサキ狐だ…」
「本当にそう?よく思い出して」
佑はニッコリ笑って言う。
「え…?」
鳴珂は不思議そうな顔をする。
「もう、さよならだ。もっと、鳴珂と一緒にいたかったな」
寂しそうに笑う。
「主…」
佑の顔を見ていると切なくて苦しくなる。
別れの時間が近づいている。
そんな残酷な現実を実感する。
「僕はいなくなるけど…、心から鳴珂の幸せを祈ってるよ」
佑はニッコリ笑うと、その姿が薄くなってく。
「待って…。主…ボクは…」
鳴珂の言葉も空しく、笑顔のまま佑の姿は完全に消えてしまう。
そして、その場には何も残らない。
痕跡でさえ…。
最初からからなかったかのように…。
その現実に胸が苦しくなる。
「主…。もっと、話したいことがあったのに…」
鳴珂は佑の言葉が引っかかっていたが、それよりも佑がいなくなったという現実が胸を締めつける。
信じたくなくて佑がいなくなった場所を見つめていた。
誰かに嘘だと言って欲しかった。
大切な人がいなくなってしまったという現実が…。
そんな鳴珂に、その場にいる誰もが何の言葉もかけられずにいた。
どんな言葉も、もう戻ることのない佑の代わりにはならないと知っていたからだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!