郁南高校の二年生クラスは3クラスあった。
校舎の二階に二年生の教室はあり、その廊下を一人の男子生徒が歩いていた。
「ねぇ、栗田知らない?」
近くにいる男性生徒に声をかけた。
「栗田…?栗田松明のこと…?」
「そう」
「あいつならA組だ。いつも浅川達と一緒にいるよ」
「A組の浅川ね。ありがと」
そう言うと、男子生徒はA組に向かった。
A組に着くと、浅川という生徒を探す。
一人一人の制服のネームプレートを見て、浅川という生徒を探す。
しかし、そこには浅川という名前のネームプレートをつけた生徒はいなかった。
諦めて教室から出ようとした時だった。
「おい。邪魔なんだけど」
背後から男子生徒の声がして、振り向く。
そこには〝浅川〟というネームプレートをつけた男子生徒が立っていた。
大柄で黒々とした髪の男子生徒だった。
「浅川?」
「そうだけど。なんだよ?」
「栗田知らない?」
「あいつ。今日休みなんだよ。あいつの知合いか?」
「まあね。何で休んだの?いつ学校に来る?」
「それが、なんかおかしいんだよな。何で休んだのか誰も知らないし、SNSで聞いても未読だし。今まで、こんなことなかったのに…」
「そう。何だろうね」
「ところで、おまえ栗田に何の用?」
「ジュース代借りてて、返しにきたんだ。休みなら、また来るよ」
「栗田が…?あいつ、そんな優しかったっけ。誰かにジュース代貸すなんて」
「おいおい。おまえの友達だろ?そんなこと言っていいのか?」
「いや…。あいつ…」
言いかけて、やめる。
「何…?」
「何でもない…」
そう言うと、逃げるように浅川は男子生徒から離れて、友達らしき集まりがいる席に向かった。
そこには5名の男女の生徒がいた。
男子生徒はそれぞれの顔とネームプレートの名前を確認すると、教室から出ていく。
「なんだ?あいつ?」
浅川に友達の一人が言った。
「なんか、栗田にジュース代返しにきたって」
「栗田に…?マジで…?」
女性が会話に飛びついた。
「あいつ、人に優しくできるんだ?」
「だよな?」
浅川は不思議に言った。
「というか、あいつ誰?同じ学年にいたっけ?」
「…見たことない」
「…」
浅川と男女の生徒達は顔を見合わせた。
もしかして、栗田が何の連絡もなく学校に来ないことと関係があるのか…?
そう思うと同時に浅川と男女の生徒達は教室から出て、男子生徒を探した。
しかし、ついさっき教室から出た男子生徒の姿は、どこにもなかった。
そこは川沿いの土手の下にある並木道だった。
川を見ながら散歩できるよになっていた。
並木道の所々にはベンチがあり、そこから川沿いの景色を見渡せた。
そのベンチの一つに奏は座っていた。
「こういう景色っていいもんだな。ビルやアスファルトの多い街中だと疲れる」
「昔を思い出しますか?」
いつの間にか、郁南高校にいた男子生徒が傍に立っていた。
「そうだな」
そう言って、奏は遠い目をする。
その瞳には哀しみの色が見えた。
昔、失ってしまったものを想う眼差しだった。
そして、ゆっくりと声のする方を見る。
その姿を見て、顔を緩ませる。
「結構、似合ってるな」
そう言うと、奏は笑った。
「その笑いは、どういう意味ですか?」
少し不機嫌そうに言うと、男子生徒の姿が銀狐に変わった。
銀狐は男子生徒に姿を変え、陰陽師の少年と関わりのある栗田のことを探っていたのだった。
「で?どうだった?陰陽師に繋がる手がかりはあったか?」
「栗田は思いやりのある間ではなかったようです。誰かに恨まれていたのかもしれません。妖力の気配を探ってみましたが、妖気をまとった陰陽師らしき人間はいませんでした」
「今日は学校にいないのかもしれない。栗田を殺して俺を襲わせたからな。それは公園のどこかに潜んでいなければできない事だ。しかし、巧妙に隠しているのか、陰陽師の霊力も式神の妖力も感じとれなかった」
「そうですね…。相当な力を持っている者にしかできないことです。早く止めないといけませんね」
「そうだな…。他の犠牲者が出る前に…」
「はい」
「どこにいる…?陰陽師は霊力と妖力、この2つを操り憎悪にまみれている人間のはずだ。あいつに呪で操られているのなら」
「はい。あいつは人の憎悪が大好物ですから」
「どうか、見つかるまで人間でいてくれ。もう…誰も殺したくない」
そう言うと、奏は哀しそうに川の水面を見つめた。
川の水面は奏の気持ちと裏腹に太陽の光を反射してキラキラとした、澄んだ色をしていた。
柚葉は自宅のリビングにいた。
ソファーに座りテレビを見ながら、ぼんやりとクッキーを口に運ぶ。
ソファーはテレビの前を除いて、テーブルを囲むように置いてある。
テレビを正面から見れるソファーに柚葉は座ってた。
柚葉から見て左側にあるソファーに金狐が座っていた。
銀狐は目の前の油揚げの皿から、次々と油揚げをつまみ上げると口に押し込み、モグモグと食べている。
その瞳は幸せに満ちてキラキラしている。
こんなことで、幸せを噛みしめられる式神って羨ましい。
金狐を見ながら、柚葉はそう思った。
そう、今の柚葉は気持ちは落ちていた。
というのも、朝から奏と銀狐がいないからだ。
いつも一緒の銀狐がいなくて、すっきりしないのはわかる。
でも、奏がいなくて、こんな気持ちになるのはなぜ?
柚葉は自分の気持ちに問いかける。
銀狐よりも金狐よりも接する機会が少ないはずなのに、なぜか気になる存在だった。
冷たそうに見えて優しさが見え隠れする。
十年経っても歳をとらないなんて…。
ただ、若くみえるだけ…?
今…何歳なんだろう?
「ねぇ、金狐。奏って何歳な?」
「ん…」
金狐は油揚げを口にくわえながら、柚葉を見た。
「奏の歳か…?」
「うん」
「オレより年下で…」
そう言って、金狐は何かを思い出すような表情をしながら、両手の指で数え始めた。
まず、十本の指を端から一つずつ折って数えていく。
そして、両手の指十本数え終わると、また端から指を折って数え始める。
それが5回ほど終わった頃だった。
「ちょっと、待って。金狐。その指一本って、何年?」
「一年だぞ…?」
何で、そんなことを聞く?というような顔をする。
「一年…。ってことは、今数えただけでも50年は数えたよね…?」
「そうだ。今、奏と初めて会ってから何年経ってるか思い出しながら数えてる。それに十何年を足したら、奏の歳になるはずだ」
ツッコミどころは、いっぱいあるなぁ…。
柚葉は面白そうに金狐を見た。
「指で数えないと、駄目なの?何年前に出会ったかわかれば、その年数に十何年かを足したらいいんじゃない?」
というか、十何年ってテキトーすぎる。
「今から出会った年まで、一年一年思い出しながら数えないと何年前かわからない」
「…それって」
「何年前に出会ったか、覚えてない。そんなもの、いちいち気にしないからな」
「そんなもの…?」
「1300年も生きていれば、歳なんてどうでもよくなる」
「でも、金狐は自分が1300歳だって知ってるってことは、生まれてから毎年数えてたんでしょ?」
「それが正月に銀狐が今年で1300歳になるな…と言ったから覚えてるんだ。毎年、正月になると、銀狐が歳を教えてくれる」
「何それ?自分では数えないの?」
「そんなもの、どうでもいいからな。1300年も生きてれば」
満面の笑みで金狐は言った。
寿命が違うと、その辺の感覚も違うってこと?
しかも、人間じゃなく式神だもんね。
理解越えるわ…。
「…で、奏って五十年以上は生きてるってことよね?」
「…そうだな。今、数えた年数だと」
「…」
柚葉は一瞬、目を逸らして宙を見る。
そして、金狐に視線を戻す。
「でも、奏は人間よね?」
「そうだ」
「…」
柚葉は再び目を逸らして考え込むような表情をする。
「うん…?どうした?」
「なんで…若いまま?」
「どういう意味だ?」
「人間は歳をとると、老いていくものなの。つまり、何十年も生きていたらシワシワになったりしていくものなの」
「…そうなのか!?」
金狐は目を丸くして言った。
「そうなのかって…。金狐。今まで人間を見てきたんでしょ?」
「ずっと一緒にいたのは奏だけだ。他の人間とは長くいることがなかったから、わからないが。生まれた時から、その姿だと思ってたけど…。違うのか…⁉」
そう言いながら、金狐は驚きのあまり手でつまんでいた油揚げを落とした。
何…その感覚?
式神って…?
柚葉の中で更に謎は深まった。
「でも…どうでもいいだろ?そんなこと…」
金狐は落とした油揚げを拾いながら言った。
「人間にとっては、あり得ないから!どうでもよくない」
「そうか…?オレはどうでもいい。一緒にいて楽しくて…、信じられるなら。それが大事だけどな」
金狐は楽しそうに笑った。
そんな金狐を柚葉は、ぼんやりと見つめた。
一緒にいて楽しくて、信じられるかどうか…か。
「シンプルよね。考え方が…。人間は色々考えすぎなのかもしれない…。本当に大事なのは、そういう気持ちなのかもしれないね」
「他に何がある…?」
「思いつかない…」
「なら、そういうことだ」
金狐は笑顔でいうと、油揚げを口に運ぶ。
式神に教えられるなんて…。
でも、人間と違って心に嘘がないんだね。
自分の気持ちのままに生きれたら…。
式神のようになれたら…。
人間って、一番生きにくい生き物なのかもしれない。
どうでもいいよね。
奏が何年生きてるかなんて。
今、目の前にいる奏を見てればわかる。
信じれるかどうか…。
「金狐。あたしね。奏は本当は優しい人間なんじゃないかって思うんだよね」
「優しいぞ。奏は。だから、オレは奏が好きだ」
金狐は油揚げを食べることに夢中になりながら言った。
「そっか。金狐が言うなら間違いないね」
そう言って笑うと、柚葉はクッキーを口に運んだ。
神社の境内で玄弥が掃除をしていると、母親が歩いてきた。
「母さん。どこ行くの?買い物?」
「ええ。油揚げがきれそうなの」
母親は笑顔で言った。
「うちは式神がきてから、油揚げを大量消費してるからな」
玄弥も楽しそうに笑った。
「そうなの。銀狐ちゃんが帰って来る前に油揚げ買っとかないと、金狐ちゃんとケンカしちゃうから」
「銀狐は金狐に比べて大人だけど、油揚げのことになると子供と一緒だもんな。いつも兄弟喧嘩みたいで面白いけど」
「本当にね。1300年も生きてるのに、中身はまだまだ子供よ」
母親はニッコリ笑いながら言った。
「母さんにかかったら、1300年生きた式神も子供か」
玄弥は笑って言った。
「じゃあ、行って来るわね」
「いってらっしゃい」
そのやり取りの後、母親は鳥居をくぐって神社の外に出た。
「どこのスーパーが油揚げ安いかしら…」
楽しそうに言ながら歩いていると、肩を何かにつつかれる。
一回、二回、三回。
母親は少し考え込んでから、思い出したように笑顔になる。
「あら…、金狐ちゃんね。どうしたの?ついてきたの?本当に神社の敷地内から出ると、見えないのね」
そう言って、肩をつつかれた方を見る。
その瞬間、母親は意識を失い倒れる。
その母親には見えていなかったが、目の前には鬼がいた。
鬼は母親を抱きかかえると、歩き出す。
そのまま、母親は神社から離れた方向へ運ばれて行った。
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