鳴珂は佑を失ってから、その存在が消えることはなかった。
今も柚葉の中に妖力の核を残したまま存在しているが、外に姿を現すことはなかった。
夜のリビングで柚葉は奏、銀狐、金狐とテレビを見ながら雑談していた。
一見楽しそうに見えるが、皆、内心気持ちが晴れずにいた。
それは佑が死んだことと、柚葉の中から姿を現さない鳴珂のことが気になっていた。
きっと、鳴珂は立ち直れていない。
その場にいる誰もが、そう思っていた。
奏は鳴珂のことを考えながら、柚葉を見ていると目が合う。
目を逸らすと、奏はリビングからテラスに出て行く。
テラスの手すりに組んだ両腕を乗せて、夜空を見上げる。
夜空には雲もあったが、何より月の優しい光が気持ちを落ち着かせた。
「奏」
柚葉が後を追うようにしてテラスに出てきた。
そして、奏の隣で同じように手すりに組んだ両腕を乗せて、頬杖をつく。
「もしかして、あたしなら鳴珂の状態がわかると思った?」
さっき、目が合った時のことを言っている。
「わからないんだろ?」
「うん。でも、どうしてそんなに鳴珂を気にするの?奏の式神でもないのに」
「そうだよな。俺の式神じゃない。だけど、昔俺の式神にも管狐がいたんだ」
「管狐が…?でも、今はいないよね。いなくなったの?」
「いなくなったんじゃない。玉藻前に奪われたんだ」
「玉藻前に…」
「玉藻前を封印する時に、俺の神通力の大部分と、銀狐や金狐以外の全ての式神を奪われた。その時、俺に残ったのは僅かな神通力と銀狐と金狐だけだった」
「そんな…。それって、全ての力を奪われたのと同じじゃない…?」
「そうなんだけど、これまでに迷霧と光狐、次縹はオサキ狐を退治して取り戻せたんだ。奪われた神通力や式神は玉藻前ではなく、全てオサキ狐に吸収されている。つまり、オサキ狐を退治していけば取り戻せる。今回も神通力を一部取り戻せた」
「そう。だから、今は式神もいるのね」
「このままオサキ狐を退治していけば俺は本当の力を取り戻し、玉藻前の力を削ぐことになる。全てのオサキ狐を退治しすれば俺の力が玉藻前の力に勝るはず」
「奏は玉藻前を退治するために今まで頑張ってきたのね…」
「そうだ。その為に不老不死になったんだ。多くの人間の命を奪ってきた、あいつを許すことはできない。あいつを退治しなければ、これからも多くの命が奪われる。そんなことはさせない。俺が止める」
揺るぎない眼差しで言う奏。
その瞳は多くの死を目の当たりにしてきていた。
哀しみと怒りの入り混じった瞳だった。
「奏…」
何か言葉をかけたくても、どうかけていいのかもわからない。
想像もつかない哀しみの連鎖が奏の中にあるのがわかる。
それは玉藻前を退治するまで続く。
それを阻止するために奏は戦っている。
哀しみの連鎖を断ち切るために…。
「やっと、ここまでこれた。まだ、先は長いけどな」
そう言うとニッコリ笑う。
「でも、それも銀狐と金狐がいてくれたからで。俺だけじゃ、どうにもならなかったことだけどな。あいつらには感謝しかないよ」
そう言うと笑って夜空を見上げた。
きっと、その視線の先には銀狐と金狐を思い描いているのだろう。
「そう。だから、二人を大切に想ってるのね」
柚葉は穏やかな眼差しで言う。
「銀狐と金狐だけじゃない。他の式神も、奪われた式神も同じように大切に想ってる。家族のいない俺には式神だけが家族だからな」
奏は嬉しそうに笑う。
「その奪われた式神に管狐がいて、銀狐や金狐のように意思の疎通ができたんだ。他の管狐とは違う」
「なんだか鳴珂みたい。意思の疎通ができるなんて…」
「そうなんだ。昆って呼んでた。とても似てる。だから、鳴珂が気になって」
「昆…」
その言葉を口にした柚葉の瞳から意識が飛ぶ。
「柚葉?」
柚葉の様子がおかしいと気づいた奏は柚葉に呼びかける。
意識を失った柚葉は全身の力が抜けたように、その場に崩れ落ちる。
奏は咄嗟に柚葉を受け止める。
「柚葉。どうした?柚葉!」
しかし、柚葉の意識は戻らない。
そして、柚葉の胸の辺りから鳴珂が出てくる。
「鳴珂…」
「奏…。本当の主…」
「え…?何を言って…?」
「ボクだよ。昆だよ。オサキ狐に記憶を封じられていたんだ。でも、柚葉がボクの本当の名前を呼んだら、記憶が戻ったんだ」
「昆?本当に昆か?」
「うん」
鳴珂は嬉しそうに言うと、奏の肩に乗り首に頭をすりつける。
それは管狐が親愛を現す行動だった。
「ずっと、オサキ狐の式神になってたのか…?辛かったな」
奏は穏やかで優しい声で言う。
「う…ん…」
鳴珂は震える声で言う。
鳴珂の脳裏にオサキ狐の冷たく理不尽な仕打ちの記憶が蘇っているのだろう。
「もう、大丈夫だからな」
察したように奏は鳴珂の頭を撫でる。
鳴珂の頭を撫でる、その手は温かくて優しさに満ちていた。
ずっと、探していた手だった。
戻りたかった場所だった。
記憶を封じられても、心で求めていた居場所。
無意識に同じように優しかった佑に奏を重ねて、本当の居場所だと思っていた。
だけど、今ならわかる。
本当に探していたのは、この手だったと。
「主…。ずっと、会いたかった…」
泣くことのできない鳴珂は体を震わせる。
それは、まるで再会の嬉しさに泣いているように見えた。
「俺もだ。ずっと、おまえのことが心配だった」
包み込むような優しい声だった。
「うん…」
奏の声が心に染みて、更に体は震えた。
「無事に戻ってきてくれて、本当によかった。俺のこと思い出してくれて、ありがとな」
優しい声に優しい眼差し、それが鳴珂…いや昆の本当の主だったと思い出させてくれる。
その場所に戻れたことが昆は嬉しくて、泣く代わりに体を震わせていた。
最後まで読んで頂いて、ありがとうございます。
作中で、あれ?謎のままで終わってる?そう思われる内容があると思います。
それに関しては続編で明らかになっていきますが…。
転職、引っ越しなどで忙しいので続きは、すぐにはできません。
ただ…正直、書いてて楽しくなかった内容だし、作品の評価も低かったから、続編は書かなくてもいいかな…というのが本音です(笑)
書かなきゃで書いてる作品はしんどいですね。色々、ストレスも多い時期だったし…。
次は創作していて楽しいと思える作品を公開したいです。
転職と引っ越しで創作環境が整って時間ができそうなので、サクサク進むといいな…という微かな希望と共に次の作品を創作していきます。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!