OLの矢野明子は、女らしいオンナだった。
男子社員からはモテモテで、いつも、明子のデスクには男子が集まっていた。
「ね、ね、今度お茶しない?」
「ね、ね、今度映画行かない?」
「ね、ね、今度ボウリング行かない?」
その度に明子は、
「誘ってくれてありがとう。……嬉しいわ」
と、羞じらうように俯いた。
男子社員から人気のある明子は、逆に女子社員からは妬まれていた。中でも、新村博子の悋気には凄まじいものがあった。
どんなに悪女の賢者ぶりを発揮しても、博子に振り向く男はいなかった。
到頭、本質である、底意地の悪さが顔を出した。
その日、出納帳を記載していた明子は、白いスカートを穿いていた。
「ちょっと、失礼」
そう言って、明子のデスクにある、ブックエンドから書類を取ろうとした博子が、一方の手で赤インキの瓶を払った。
蓋が開いていた瓶のインキは、明子のスカートに零れた。
「アッ」
明子は咄嗟に椅子を引いたが、間に合わなかった。
白いスカートのど真ん中についたインキは、まるで、日の丸のようなデザインを描いていた。
それを見た他の連中がクスッと笑った。
「あら、ごめんなさい……どうしよう。すぐに洗った方がいいわ」
博子はわざとらしい親切心を見せびらかすと、スカートを脱いで洗うように勧めた。
明子は恥ずかしさで、顔を真っ赤にすると、その場から逃げるようにトイレに走った。
博子は薄ら笑いを浮かべていた。
洗ったスカートのシミは目立たなくなっていた。明子は席に着くと、シミになった箇所にハンカチを置いた。
「矢野さん、大丈夫?」
男子社員が心配して集まってきた。
「……ええ、大丈夫。……ありがとう」
明子は俯いて、羞恥心を見せた。
「おい、新村はどうした?」
席にいない博子のことを、係長の船木が皆に尋ねた。
「……さあ」
皆が一同に首を傾げた。
トイレや更衣室、食堂や会議室、ロビーや屋上までも捜してみたが、博子の姿はなかった。
ロッカーには鍵が掛かっており、外出した形跡もなかった。
退社時間になっても、博子は戻ってこなかった。
仕方なく、通報した。
――博子の遺体は、ロッカーから発見された。死因は勁部圧迫による窒息死。
「犯人は、かなり握力のある男だな」
担当の刑事が結論づけた。
船木を始め、男子社員全員が事情聴取を受けた。
明子は帰宅すると、スカートを漂白剤に浸し、トイレに入った。
「博子が悪いのよ、トイレを覗くんだもの。スカートを脱いだ私を見て、ギョッとしてたわ。フフフ……」
明子が出てきたトイレの便座は、上がっていた。
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