「おい! おい! しっかりせえ! ありったけの気力を出せ! ここで死んだら墓碑銘に "救いようのないヘタレ野郎の墓" と書くぞ!」
体を仰向けにされて、頬をペチペチと叩かれる。
目を開いたクロスは、自分を覗き込むタクトの顔を見つけた。
「あのさ…それ、曲がりなりにも助力したヤツに言うセリフ?」
「死なないで踏ん張ったら、少しは評価もしてやろう! とにかく踏ん張れ、意識を手放すでないぞ!」
向こうが透けずに、意思伝達も思念ではなくはっきりとした声となったタクトの、自分に向けられている必死の形相を見ていたら、なんだか笑い出してしまいそうな気分になる。
「ジェラートは…戻った?」
「死ななかったら教えてやる!」
「そーいうコトゆーし…アルバーラの弟子達は?」
「貴様あんな者のこと、まだ気にしておるのか?」
「当たり前でしょ。若者を導くのが、先達の勤めなんだから」
「ヘタレの上にお人好しか…。まったく、ジェラートの趣味も変わっておるな」
「ジェラートが、なに?」
「なんでもないわい」
タクトはクロスの手を取ると、丸くてスベスベしたなにかを押し付けた。
「良いか? これでこうして傷を押さえて、マハト、そちらから布を寄越せ」
「なあ、何をする気なんだ?」
「いいから、ほれ、こっちのを渡すから、腕が下がらぬようにしっかりと抑えるのじゃ」
クロスの眼の前は、白い布に包まれて何も見えなくなる。
そこで二人が交わす会話は聞こえるが、マハトの問いにタクトは説明をする気が無いらしく、事情も状況も全くわからなかった。
「こんなことでクロスさんは助かるのか?」
「どうかの? 歯車が噛み合えば、助かるじゃろ。ここから先は、儂がどうこう出来ることではないでな」
二人の声が遠ざかり、会話が聞こえなくなる。
クロスは、ぼんやりとした息苦しさを感じながら、自分の人生についてを思い返した。
最大の後悔は、アルバーラとの抗争に明け暮れたことだろう。
孤高の賢者になることは叶わなかったが、人生の最後で、自分が何より憧憬した、至高な存在たる神耶族の尊厳を守れたのだとしたら、満足だと思う。
タクトに訊ねても、ジェラートがどうなったのか教えてもらえなかった。
あの小さな神耶族は、元の姿に戻れたのだろうか…?
「なあ、おい」
不意に、間近に誰かの気配を感じた。
自分はシーツでグルグル巻きにされていたはずなのに、なぜか真っ白なテントの中に居るような、それどころか天地も定かでは無い真っ白な空間に居るような気分になる。
「誰?」
「俺だよ、ジェラートだ」
ぬっと眼前に現れたのは、見覚えがあるような無いような青年の顔だった。
輝くように純白の肌と髪、シャープな目鼻立ちをした端正な美貌で、鋭い視線が印象的だ。
「だってジェラートは、もっとこう…小さかったよ?」
ジェラートと名乗る青年は、愛しげに微笑みながらクロスの髪を撫でた。
視線の鋭さが和らいだその新緑色の瞳を見たら、そういえば一番最初の時に自分を見上げてきたジェラートの瞳が、翠光輝石のようだったと思い出す。
「小さくないと、相棒として失格か?」
「相棒?」
「え、俺達って、相棒なんじゃないの?」
建物の出口について話し合った時に、そう言えば冗談めかしてそんなことを言った。
「俺が相棒を名乗るのは、ちょっとおこがましくない?」
「いや、俺はクロスが良いぜ」
「そりゃ、俺だってキミの相棒になれるなら、嬉しいケドも」
「そんな、この世の終わりみたいな顔すんなよ」
「この世は終わらないけど、俺は終わりだと思うよ?」
「そうカンタンに、俺は相棒を終わりになんてさせねェし。てか、俺と魄融術しろよ。クロスなら特別に、万年生きるカメの秘密の一つを大公開してやるぜ」
「万年生きるカメの秘密?」
「魂融術ってゆーんだぜ」
「えっ、じゃあ俺を契金翼にしてくれるの?」
「だから、そう言ってんじゃん。オマエの術はイケてるし。中身はちょっとヘタレてっけど。でもそれがチャームポイントってコトで」
「なんか、めっちゃケナされてる?」
「褒めてんだ」
クロスは自分の瞳を覗き込んでいる、新緑色の瞳をジイッと見つめた。
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