『ええいっ! ウジウジするなと言うておろうにっ! 盗られただけなら、取り戻せば良いだけじゃ!』
タクトに叱りつけられて、クロスは顔を上げた。
「だけどアイツは、宴の食卓も既に読み解いているんだよっ!」
『なんじゃそれは?』
「その、ムニエルとかいうのは何だ?」
タクトとマハトが、同時に問うた。
「えっ、マハさんはともかく、タクトも宴の食卓を知らないの?」
『知らん。なんじゃ、それは?』
「契約を交わして、相手を喰うことで、特殊技能や能力値を奪う古代魔法だよ」
『そりゃ、贄の食卓じゃろ』
タクトの答えに、クロスは首を傾げた。
「むしろ、そっちを俺は知らないんだけど?」
その様子に、タクトは少し考え込むような顔をしてから、なぜか一人で納得したような顔で頷くと、クロスを見やる。
『人間は伝承がむずかしい種族じゃからな。少々名称が変わっておってもいたしかたなかろ。それで、その古代魔法を紐解いて習得した毒まんじゅうは、弟子とその "契約" を交わしておった…と?』
「あ…うん。アンリーとの会話から、どうも弟子入りの際に師匠に忠誠を尽くす…みたいな誓約書にサインをさせられていたらしいんだ。それに、以前からアルバーラのとこの弟子が消えるって噂はあったし…」
タクトの態度に不審を覚えたものの、クロスは問いに返事をする。
「いくら高名な者の元に弟子入りがしたいからと言って、喰われるための契約なぞするのか?」
呆れたようなマハトの言葉に、タクトがあの舌打ちのような音をたて、まるで風刺でもするような笑みを浮かべる。
『全く、おぬしは愉快よの。人間の用意した書面なぞ、最初から微塵も信用ならんわ』
「なんだそれは?」
『人間とは、騙し騙されるのが当たり前の種族と言うておる。宴の食卓のための契約書に、師弟の忠義を約束する書面に見える術を掛ければ、魔力の低い人間如きは易々と騙されようぞ』
「そんなのは、詐欺じゃないか」
『じゃから、詐欺師の毒まんじゅうと言うたであろうが。だが、その偽装を見破れずに契約してしまったら、それは成り立ってしまう。騙された方の負けと言うことじゃな』
マハトは不満そうな顔をしたが、考えてみればそれはあくまでもアルバーラの行った非道な行為を、タクトが暴いてみせただけなので、文句を言っても仕方がない。
「弟子が消えるという噂があったのに、なんらかの調査はされなかったのか?」
「師匠と合わないからって冒険者になったりする者も一定数はいるんだ。アルバーラは、来る者拒まずで弟子を取っていたから、弟子の数も膨大だったし。議会員だった上に、顔も広かったし」
「つまり、もみ消しをするツテがあった…と?」
「まぁ。平たく言えば、そうなるかな…」
マハトは、ますます呆れた様子になった。
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