『ええいっ! しっかりせえー!』
即座に声を掛けながらも、タクトは次の行動に僅かに躊躇した。
今のタクトが封印された身で、術の行使に様々な枷があることもあったし、本来のタクトもクロス同様に、回復の扱いには苦手感を持っていたのだ。
だがそこで迷った僅かな時間が、次の一撃を与えるロスタイムになってしまった。
空気が震え、振り回されたサンドウォームの一塊がマハトを襲う。
『うおおっ、避けいっ、避けっ、マハーっ!』
タクトは悲鳴にも近い声を上げた。
だが息を詰めしゃがみ込んでいるマハトが、即座に動けるわけもない。
致命傷を受けて叩き飛ばされてしまった…と思った。
しかしマハトの体は、紫色のオーラに包まれて、ふわっと地面に落ちていく。
槍に貫かれた姿勢のままで、クロスが守護の術を放っている姿が見える。
『はあ……とりあえず、命拾いをした…。はあ……。だが状況は、悪いままじゃな…』
室内には生き物とも思えない咆哮が轟き渡り、幻影のアルバーラの姿は無い。
元はアルバーラだったそれは、手足が触手のように伸びたかと思えば人間の腕になったり、水かきやヒレになったり、そうかと思えば獣のような毛むくじゃらになったりと、意味不明な変化をしている。
『毒まんじゅうめ。とうとう人間の理性も失ってしもうたな…』
マハトの右手はタクトを離さず握っていたが、左手にあったジェラートの透晶珠は、少し離れたところに転がり落ちている。
『マハ、立てるか?』
返事はなかったが、マハトは咳き込みながらも体を起こした。
すると、動いたマハトに反応するように、またもそれの一部が襲い掛かってくる。
『こんにゃろめ!』
床の上のジェラートの透晶珠から少年の幻影が立ち上がり、マハトの身を守るように守護の術を張った。
『こりゃ! そんな姿で気前よく術を使うでないわ!』
『だってここで気張らなきゃ、後がないだろ!』
『おヌシの言いたいことも解るが、無闇な行動は、勇気と違うぞよ』
力押しで打撃を与えてくるそれに押され、ジェラートが更に術を展開しようとした時。
輝く雷獣が、それの触手を引き裂いた。
見れば、床に伏せたクロスが、辛うじて右手を上げて、陣を空に描いている。
『ううむ。こうなれば仕方がない。ジェラート、これよりヌシを成人とみなし、一人前の者とする。目一杯のチカラを使って、マハの身を守るのじゃ』
『合点承知!』
『マハ! ヌシはとにかく奴に向かって儂を投げるのじゃ! 奴からの攻撃はジェラートが防いでくれるでな!』
「う……くっ…」
よろめきながら立ち上がったマハトの手の中で、鎌状だった刃が、先端の尖った投擲用の槍へと姿が変わる。
それからの攻撃は全て、ジェラートが必死の形相で防いでいる。
マハトは両足に力を込めて右手を振り上げると、槍をそれに向かって投げ放った。
真っ直ぐに飛ぶ槍の前を先導するように雷獣が走り、叩き落とそうと繰り出される触手の煤払いを勤める。
それに到達した槍は、マハトが想像していたよりも深々と…。
今までそれに捕り込まれてしまったものと同じように、タクトもそのまま失われるのかと懸念するほどに、槍の全身がそれの中にめり込んでいった。
そして、数秒の間の後に。
それ全体が白色の火球となり、次の瞬間木っ端微塵に消し飛んで、目の前から消滅した。
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