イルン幻想譚

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5:神にも等しい種族【2】

公開日時: 2024年11月9日(土) 10:20
文字数:1,790

『見聞きしたことは、絶対に他言無用ぞ!』

「もちろんだ。この一件が終わったあとは、聞いた事情を他のだれかに話したりしないと誓う」


 片手を上げて宣誓するマハトに、クロスも同意を示して同じポーズで頷いた。


「とりあえず訊ねたいんだが、先刻の二人の言い争いに出てきた、神耶族イルンというのはなんなんだ?」

「マハさん、ヒトならざる者ヴァリアントの寵愛を得ることが出来たら、不老不死の秘術が手に入る…みたいなおとぎ話って、聞いたコトない?」

「俺は修道院で育ったから、おとぎ話のような空想混じりの話は、殆ど聞かされたことが無いんだが。ではこの水晶がタクトで、不老不死の秘術を授けてくれる器物なのか?」

たれが器物かっ、この石頭のサウルスめがっ! そも、神耶族イルンとその他のものを、ヒトならざる者ヴァリアントなどという言葉で十把一絡じゅっぱひとからげにするでないわ!』


 マハトは、全く意味が解らないといった顔で、首を傾げている。


「ええっと…。おとぎ話を引き合いに出したのは、知ってたら解りやすいと思ったから…なんだけど。タクトはヒトならざる者ヴァリアントじゃなくて、神耶族イルンって種族で、今はそんなまんまるの水晶みたくなってるけど、本来はヒトガタをしているはずなんだ」

「いや、待ってくれ。それじゃあまるで、この世界に人間リオン以外のヒトガタの種族が存在しているみたいじゃないか?」

「みたいじゃなくて、してるんだよ」

「いや…、いやいやいや、待ってくれ」


 マハトはかぶりを振った。


「俺は今まで生きてきて、そんな話は聞いたことも無いんだが」

「そうだろうね」

「落ち着き払って、肯定してるが…俺を騙そうとしているのか?」

「まさか、違うよ。まぁ、人間リオンの常識では、ヒトガタ…つまり二足歩行をするイキモノは、人間リオンの他は妖魔化ガルドナイズした妖魔モンスター以外に存在しない…みたくなってるけど、実際に人間リオン以外のヒトガタをした種族は存在するんだよ」

「おとぎ話ではなく、実在していると…? だが、タクトは先刻一緒くたにするなと言っていたが、他にもいるのか?」

「もちろん」


 修道院育ちであれば、特にこの話は信じがたいだろう。

 さっぱり意味が解らないといった感じで、マハトは首を傾げている。


「なぜ俺は、他種族の存在を知らないんだ? 確かにいまだ若輩だとは思うが、それにしたって…」

「他の種族は人間リオン…いや、人間フォルクは自分たちを迫害するって知ってるから…」

「なぜ、わざわざ "ふぉるく" と言い換えたんだ?」

「そもそも人間フォルクのほうが正しい…と言うか、他種族は人間リオン人間フォルクって呼んでいるんだよ。人間リオンは、簡単に言うと "自称" だから」

「なぜ、わざわざ違う呼び名にしてるんだ?」

人間フォルクが傲慢なイキモノだからに決まっておろう』


 タクトが、鼻であしらうような、やや見下したような声音で言った。


「傲慢が、なんの関係があるんだ?」

「リオンは古代語フォニルオロで "頂点に立つもの" って意味なんだよ」

『ちなみにフォルクは "数が多い" だ』

「そんなに多いのか?」

「他のヒトガタ種族全部と、人間リオンの人口を比較すると、人間リオンのほうが多いんじゃないかな。そこも人間リオンの偏見が強くなる理由の一つなんだろうけど」


 マハトは溜息をいた。

 頂点に立つものと言う古代語フォニルオロと同じ音の名称が付いているのは、この様子からすると偶然では無いのだろう。

 ならばタクトの皮肉は、当然の言葉だと思った。


「それはだれもが知っておくべき知識…じゃないのか?」

「どーかなぁ? 俺は知らないほうが良いと思う派だから…」

「なぜ?」

「世界のヒエラルキーの基準になるのは、魔力ガルドルの大きさだからさ。つまり、人間リオンは下のほうの種族なんだよ? 実生活に直接関係がナイなら、そんな話わざわざ知る必要ないじゃん」

「そうか…、人間リオン持たざる者ノーマルほうが多いし、魔力ガルドルで比較をされたらどうしてもそうなるな…」


 なるほどと感心したようにうなずくマハトに、しかしクロスは心のなかで嘆息する。

 じつを言えば、持たざる者ノーマルなんて世界に存在していない。

 魔素ガンドが存在する以上、全ての生き物は常に魔気ガルドレートにさらされているようなものだ。

 それから身を守る程度に、全ての生き物は魔力ガルドルを備えている。

 だが、そういった知識は一般的に広まっていない。

 人間リオンの歴史の中で、魔力ガルドルは忌み嫌われているが故に、そんな "素養" 程度のものですら、持っていることを認めようとしないのが、人間リオンの種族的な特徴なのだ。

 マハトのような素直なものならば、言葉を尽くして説明すれば納得するかもしれないが。

 ここでそれに使える時間は無い…と、クロスは判断したのである。

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