イルン幻想譚

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13.一番弟子【1】

公開日時: 2024年11月16日(土) 23:00
文字数:1,696

 外観を見た時には三階建てに見えたが、中に入ると一階の天井が高くなっている造りで、実質は二階建ての建物だと解った。

 しかも、いやに暗い。

 大きな正面玄関の両開きの扉を開け放つと、かろうじて光が差し込む範囲は目に見えるが、それより奥は心許ないランプの明かりがぽつりぽつりと灯っているだけだった。


「研究室とかプライベートハウスとか言ってるけど、なんなの、この大階段…?」


 どこぞのオペラ座かダンスホールのような、馬鹿げて大きな階段が正面から伸びていて、踊場で左右に分かれている。


「その大階段はフェイクなんです。階段の踊場の壁に仕掛けがあって、師匠の研究室はその奥に」

「人が来ない研究室に、なんでフェイクが必要なの?」

「ものすごく用心してたんじゃないですか? 偉大な師匠の考えることなんて、凡人の僕には解りませんよ」


 そう言われてしまえばそうか…と思い、クロスは大階段を登ろうとした。

 だが自分では壁の隠し扉の開閉方法が解らないのではと思い、振り返るとセオロは少し離れた位置で、クロスのほうを見ている。


「あのさ、俺だと多分、扉の開け方が解らないと思うから」

「えっ?」

「だから、一緒に来てくれないと」

「ああ、そうですね」


 答えたセオロはこちらにると、横に広い階段の中央ではなく、端に寄って手すりに手を掛けて登り始める。

 片脚が不自由なセオロは階段の昇降には手すりが必要なのかと考えて、クロスはセオロを手伝うつもりでセオロのやや後ろに着いて、一緒に階段の端を登った。

 しかし半分ほど登った所で、腐った板を踏み抜いたらしく、二人は揃って下に落ちた。

 階段同様に床板も腐っていて壊れたのか、はたまた最初から床板が無くなっていたのか、暗くてよく判らなかったが、とにかく二人が落ちた先は床下、つまり屋敷の土台になっている砂地が剥き出しの地面だった。

 しかもどういう構造なのか、屋敷に入るのに階段が無かったのに、床が異常に高く設定されていて、登っていた階段の分まで含めると、まるっきり落とし穴に落ちたような状態になっている。


「痛ってぇ…」

「ようこそセオロ! …と、なんだ、そっちはヘタレのクロスさんじゃないですか!」


 落下で打った部分の痛みをこらえ、顔を上げると、上からアンリーが覗き込んでいる。

 一番弟子のアンリーは、身体的特徴が際立つ傾向が強い魔力持ちセイズにおいて、珍しく容姿の整った男だ。

 身長は持たざる者ノーマルの平均より高く、細面で色白な顔立ちも持たざる者ノーマルの異性からも好感を持たれるレベルだ。

 本人もそのことを意識していて、見栄えのする程度に体を鍛え、いつも服装をスタイリッシュに決め、逆立てた髪には青いメッシュを入れている。


「アンリー! 直ぐにルミギリス達も此処にやってくるぞ!」

「あんなチビブスコンビのことなんて、もうどうでもいいさ! 俺は神耶族イルンを手に入れたんだから!」

「手に入れただけでは、神耶族イルンのチカラが使えるようになるわけじゃないんだぞ!」

「なに言ってんだセオロ! 俺とおまえが手を組めば、直ぐにも師匠を超えられるって、なんで解らないんだよ! そんな所で元祖ヘタレとつるんでないで、俺に協力するって誓うなら、今ならまだ許してやる! さあ、俺とおまえで世界を回そうぜ!」

「わざわざ君が回さなくたって、世界はいつでも回ってるよ!」

「これからは俺が回すのさ! 俺があのチビスケの能力を手に入れたら、チビスケと一緒にいた大人の神耶族イルンもすぐに捕まえてやる! アレはもう師匠が封印してあるから、チョロいもんだ。アイツはセオロにやるから、好きな実験に使うがいいさ! 神耶族イルンを手に入れれば、時間なんて無限に有り余るんだからな!」

神耶族イルンを貴様の勝手になんかさせないぞ!」


 ようやく立ち上がったクロスが叫んだ。


「ウザったいおっさんだなあ。アンタ、老兵は去りゆくのみって言葉、知ってるか?」


 ヒュッと風を切る音がして、クロスの頬に傷が走った。

 薄いガラスが割れるような音を立てて、床に氷片が散らばる。


「アンリー、やめろよ!」

「黙って見てろって、そこのポンコツを片付けたら、オマエとはじっくり話し合わないとなっ!」


 穴の入口からアンリーの顔が引っ込むと、不穏な音がして、足元が揺れた。

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