「アンリー、覚えているかい、誓約書のことを!」
名指しをされて、アンリーは一瞬ビクリと体をすくませたように見えたが、それで茫然自失から立ち直ったように顔を上げた。
「ア…アンタに師事している限り、アンタに忠誠を尽くせとかいう、あのクソ鬱陶しいアレか? 覚えてるさ!」
更に、そこで声を出し、見慣れた師匠に向かって声を出して話しかけたことで、気を取り直したように勢いづく。
「俺は! 忠誠の限りを尽くしたぜっ! 少なくとも、アンタが生きてたあいだはな! そしてアンタは死んだんだ! 俺は…アンタの後継者だ! 今更戻ってきたところで、居場所はねぇ!」
「馬鹿なコだねぇ、本当に。私はふりをしていただけで、一度も死んでない。誓約は、途切れていないんだよ。ほら、早く忠誠をお示し! その取るに足りない無駄な人生を、私が意味のある糧にしてやってるんだ!」
「ふざけんなっ! 俺は俺の夢を果たすんだ!」
銀色の鱗に覆われたドラゴンの上で、アルバーラの幻影が嘲笑う。
アンリーは、舌打ちをした。
確かに一門の中で、自分は一番の魔力を持った者だ。
だがアルバーラ一門は魔力で弟子の優劣を決めない。
ルミギリスは確かに魔力が大きいゆえに二番弟子と認められたが、彼女がその座にいるのは、カービンとの絶妙なるコンビネーション故だ。
あの二人が徒党を組むことで、彼女たちの能力は三倍にも四倍にもなる。
カービンあってのルミギリス、ルミギリスあってのカービン、それを理解していたアルバーラは、彼女たちを二番と四番に据えた。
むしろ、アルバーラの一番のお気に入りはセオロだっただろう。
言葉通り、忠誠心に厚く決して逆らわず、師匠が望むままに自身の知識を高め、最も必要な情報を得る。
魔力がさほど高くない点を考え、他の弟子たちの反感を買わぬように、三番という絶妙な立場を与えられた。
「なあ、師匠。俺はアンタの、恋人なんだろ? そんな俺を喰うのかよ?」
アンリーは、閨で師匠に囁いた声で、甘えるようにそう言った。
このままでは、最も魔力が高いのに、自分は四天王にすらしてもらえない。
そういう危機感を覚えたアンリーは、そこで己の最大の武器である "容姿" を駆使した。
そもそも背丈や容貌に難があり、更に持たざる者に迫害を受けた魔導士達は、アンリーのような整った容姿の者が優しく声を掛ければ、大概はすぐにも落ちる。
アルバーラはさすがに簡単にはいかなかったが、それでも半年ほど口説いたところで、アンリーは弟子の筆頭に抜擢されたのだ。
「バカだね、アンリー。なにが魔導士随一の伊達男さ。オマエの価値なぞ、セオロほどもないよ」
返された答えに、アンリーはますます顔を強張らせたが、ギリリと奥歯を噛むと、不意に表情を蔑みに変える。
「確かにアンタは、魔導士らしからぬ美貌のオンナだったさ! だがルミギリスが言うように、もう薹が立ったババアだ! アンタみたいなバアサンよりも、俺のような若く美しい者こそが、人間の統治者にふさわしいんだっ!」
「なにが統治者だ。オマエはせいぜい、美女を侍らせ美酒を食らう以外の夢なぞ、持っちゃいないだろう。さあ、おとなしく忠誠を示せ!」
「冗談じゃない! 誰が殺されるための忠誠など誓うもんか!」
「オマエは忠誠の意味を理解していないようだね。忠誠とは、すなわち誓った相手のために生命を投げ出すことだ」
ドラゴンが身を屈めたところで、アンリーは空に陣を描いて一撃を見舞った。
「まるで効かないね、どいつもこいつも不肖の弟子ばかりだ」
アンリーが渾身の火力で放った一撃は、ドラゴンの鱗一枚傷つけていない。
「よせアンリー! そんなバケモノ相手じゃ、小手先の術なんか効かないぞ!」
叫んだクロスに向かって、ブンと空気が動く音がして、ドラゴンの尾が真上から襲いかかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!