「信じられないなあ、何の痕もない」
上半身裸のマハトがクロスのシャツをまくり上げて、背中をしげしげと見ている。
「あの~、マハさん。そろそろカンベンしてくれない?」
もう何度もシャツをまくり上げられているクロスが、困ったように声を掛けた。
「ああ、すまん。でもあんな大穴が無くなってるのが、どうにも不思議で」
「それを言ったら、マハさんだって同じでしょ。肩は抉られて骨が見えてたし、肋骨だって折れてたんじゃないの?」
「それが、クロスさんの持っていた粉の魔法薬を飲んだら、すっかり快癒してしまったんだ。とても不味かったが、瓶が割れる心配もないし、どこで手に入れたんだ?」
「えっ、あれも隠者の秘薬なんだけど。でも、そこまで即座に治るほどの効果はなかったはず…だけど?」
「うん、まだ肩も胸も痛みは残っているが。そうか、あれも秘薬か。俺も手に入れたいが、難しそうだな」
「タクトは、回復してくんないの?」
「断られた。苦手なんだそうだ」
「ああ、じゃあ属性が違うんだな」
「その属性というのは、精霊族と関係が?」
「うん、水の精霊・氷水の属性なら、治癒に秀でているんだけどね」
「しかしクロスさん、痩せてるなあ。背中の骨の形が全部見える!」
「いや、もう、いいから、ね!」
クロスはシャツを無理矢理引っ張り降ろした。
二人の後ろには、半壊したアルバーラの屋敷がある。
そして足元には、アルバーラの四人の弟子が倒れていた。
「よしっ! こちらの準備は整ったぞよ!」
屋敷の裏手からタクトの声がした。
「俺のほうも、準備オッケー!」
屋敷の中からジェラートの声がして、それから間を置かずに二人の神耶族がこちらにやってきた。
「しかし、なぜジェラートは突然そんなに大きくなったんだ?」
「いや、それを言ったらタクトだって、微妙にデカいっつか、ちっこくない方のカタチに固定されてるみたいで、謎なんだけど…」
ボソボソとつぶやくクロスの言葉は、そこで鼻高々になっているジェラートの声にかき消された。
「えっへへ〜〜〜! もう免許皆伝されたから、特殊技能も術も全部自由に使えるし、こぉんなスゲェ契金翼もめっけたし! 最っ高っだぜっ!」
「アルバーラを撃破したから、呪いが解けたのは解るが。タクトとジェラートで、解けるタイミングが違ったのも、なぜなんだ?」
「それは万年生きるカメの秘密じゃ。でも貴様がどうしても知りたいと言うなら、教えてやらないこともないんじゃがな」
相変わらず偉そうにしているタクトに呆れて、マハトは質問をする相手を変えた。
「クロスさんは、分かりますか?」
「核化は、元々は幻獣族の特殊技能をベースにした術だから、呪いっていうのともちょっと違うんだけど…」
「サウルス相手に何を説明しても、理解はせんぞ。ヘタレはさっさと仕事の仕上げをせえ」
無視されたのが不満らしく、タクトがクロスの説明を遮る。
「え、仕事?」
「全快祝いと契金翼祝いだ、貴様が点火せえと言うておる」
タクトに肩を叩かれたが、クロスは訳が解らずにジェラートを見た。
「うん、まずは肩慣らしにクロスが点火しなよ」
「何すればいいの?」
「俺とタクトで、この屋敷の要所にちょっとした仕掛けをしてきたんだ。クロスがチョイっと火を点けてくれりゃ、屋敷ごと研究も灰に出来るって寸法さっ!」
「そう? そんじゃまぁ…」
クロスは言われるまま、通常の火炎を詠唱した。
だが赤いオーラを纏って現れた炎の鳥は、今までクロスが作り出してきたものとはケタ違いの大きさと火力で出現する。
「うわあ、なにこれ!」
驚くクロスを尻目に、鳥はクロスの顔をやけどさせかねないような熱気で羽ばたき、屋敷に向かって飛翔する。
「この期に及んでまだ呪文を詠唱しておるのか。全く、人間と言う生き物は、鈍くさいのう」
「あれ? クロスは契金翼の能力のコト、わかってるんじゃねーの?」
なめらかな軌跡を残して炎の鳥が屋敷の扉の奥へ姿を消すと、クロスの予想を遥かに超えた大爆発が起き、全員の顔を爆風が過ぎったあとに、屋敷の破片などがポツリポツリと落ちてくる。
「すごい術だなあ、クロスさん」
マハトが感嘆の声を上げる。
「いやっ、違うよ! 俺は何も…てかなんなのこれ!? 何がどうなってんの!?」
「どうもこうも、それが契金翼と言うものじゃ」
「えええっ! なんなのこれ! ちょっと火力の調整とか、全然わけわかんないよ!」
「本当に貴様は色々出来るが、ヘタレじゃの」
契金翼への憧れを持ち、古文書や文献を読み漁ってはいたが、それはやはりタクトが言う通り、本質を読み解くには程遠い資料だったようだ。
こんなに簡単に、こんな大技の術が使えたならば、アルバーラの似非ドラゴンなどに苦戦することも無かったのではないか、などと思えるほどのチカラを感じている。
「契金翼……俺が神耶族の契金翼…」
クロスは感慨深げに、呟いた。
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