出入り口が一つしかないが、研究棟の廊下は入り組んでいる。
大きな荷物を抱えているアンリーの歩みは遅く、走れば広間へ続く廊下に先回りが出来るだろう。
研究棟に入ってすぐの部屋に身を隠し、クロスは扉を細く開いて、アンリーがやってくるのを待った。
だが、クロスのその策は功を奏する前に、部屋の壁が崩れる事によって破綻する。
「うわっ!」
轟音とともに、蔦とサンドウォームが絡み合ったモノが、壁や床を打ち壊しながらのたうち回った。
巨大生物の戦いは、ルミギリスにアシストされた蔦に、半死半生のサンドウォームが早々に力負けするだろうと予想していたのに。
目の前のそれは、どちらも殆ど瀕死状態だった。
廊下の向こうのアンリーは逃げてしまったかと、身を起こしたクロスは慌ててそちらを向いたが、舞い上がった埃と瓦礫のあげる砂煙で、視界が濁ってなにも見えない。
クロスは立ち上がると、未だビタビタと暴れる巨大生物を避けながら、廊下だった部分を奥へと走った。
「ジェラート!」
巨大生物の体は、廊下のかなり奥の方まで倒れ込んでいた。
敷地の外に獲物を逃さない結界は、特に屋敷の壁などの強化には注力されてないらしく、サンドウォームがのたうつだけで壁が次々に崩れてしまう。
ルミギリスもアンリーも、ジェラートを首だけ外に出して袋に包んでいて、どちらも一貫してそれを続けている様子から、あの袋にはなにか特殊な術が仕込まれているかもしれない。
それが、神耶族の能力のなにかを封じるためのものならば、いくら能力値が高いといえど、どんな怪我をするか予想もつかない。
クロスはジェラートの名を、何度も叫んで辺りを探し回った。
「ここー! 俺、ここー!」
瓦礫をどかし、自身が埃まみれになるのも構わずに、必死に探すクロスの耳に咳き込みながらも叫び返す声が聞こえる。
アンリーが、びっしりと植物の付いた倒れた壁と床の間に倒れていて、少し離れたところに投げ出された格好で、袋詰にされたジェラートがもじもじと動いていた。
「ああ、よかった! 大丈夫だったか、怪我してないか!」
クロスは飛びつくようにジェラートを抱き起こすと、袋の口に手を掛ける。
やはり、なんらかの術が掛けられているようで、袋の口周りに緩く締めてあるだけに見える紐は、引っ張っても簡単に緩まなかった。
クロスはかなり強引に口を開き、ジェラートの体を袋から開放する。
「タクトは?」
「マハさんと一緒に居るはずだ」
「じゃあ早くここ出よう!」
「俺も是非、そうしたいトコなんだけど…」
言葉を濁すクロスに、ジェラートはキョロキョロっと周囲を探るように目線を動かした。
「なんだこれ、落とし穴か?」
「うん、まぁ、食虫植物?」
「でも、出口のとこで、なんか派手な音がしてるぞ?」
「抗争中だからね」
クロスがジェラートを抱き上げると、華奢な子供の腕がギュウッとクロスの肩を抱いた。
「こ、の、ヘタレ野郎っ、それは俺のモノだーっ!」
いきなり背後から飛びつかれる。
「わあっ!」
「クロスーッ!」
倒れて気を失っていると思っていたアンリーが、夜叉のような顔でクロスの背中に飛びかかってきた。
そして、クロスにしがみついているジェラートを無理矢理引き剥がし、がっちりと抱え込もうとしてくる。
「気軽に他人をヘタレ呼ばわりするなっ、このヒヨッコめ!」
クロスは渾身の力で思い切り体重を掛けて、背中のアンリーを壁に叩きつけ、一瞬力が緩んだところで身を離し、アンリーに向かって微小な火炎を放った。
クロスは術を使う時に、常に再現される形に拘りを持つ。
マハトの援護をしようとした時は、滑空のイメージで炎に鳥の姿を付与し、蜘蛛を撃退する時には、対抗するために蜘蛛の巣をイメージした雷を形作った。
アンリーの顔に放った炎は、スリングショットから放たれる小石のイメージを付与し、更にそれが被弾したところで飛び散るように、かなりの火力を注ぎ込んだものだ。
「ぎゃあ!」
瞼の上辺りに着弾した炎は、クロスのイメージ通りにアンリーの顔に燃え広がる。
叫んだアンリーは、ジェラートを手放して自分の顔を両手で覆った。
クロスは転げ落ちたジェラートを拾うと、もう躊躇をせずに正面玄関に向かって走り出す。
「ちくしょう! 待てっ!」
背後から、アンリーの叫びと、追ってくるような足音が聞こえた。
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