イルン幻想譚

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5:アークの憂鬱(1)

公開日時: 2024年4月26日(金) 21:37
文字数:1,491

 部屋に入ったアークは扉を閉め、大きな溜息をく。

 部屋には水晶を加工して作った水槽がたくさん並べてあった。

 水槽では種々雑多な昆虫を飼育していて、アークはこの部屋で昆虫の研究をしていた。

 アークは部屋の中央に進み、そこに置かれた安楽椅子に身を沈める。

 なにをするわけでも無く、アークは取り出した水晶球をもて遊びながら、隣の部屋にいる人物の事を考えていた。


 ルナテミスに誰かが訪ねてくるのは久しぶりだった。

 しかしそれはただ久しぶりと言うだけで、格別珍しい事では無い。

 湖の向こうのドラゴン討伐に来たものは、必ず此処を訪ねて来る。

 湖の中央にある島にドラゴンが存在し、それを討伐しようと思うものが居る限り、どんなに期間が開いたとしても、此処には誰かがやってくる。

 そういう意味ではファルサーも、それら十把一絡げの訪問者の一人に過ぎない。

 なのにどうして、こんなにファルサーの事が気に掛かるのか?

 どんなに考えても、ファルサーの申し出に応える義理は何も無い。

 アークは目を閉じて、自分がこんな人里離れた山の上に、独りで暮らしている理由を思い出す。

 それは自分が人間リオンとは異なる種族だと気付いたからだ。

 だがその事に気付いたのが、いつの事だったのか、あまりにも遠くて思い出そうにも思い出せない。


 記憶にある子供の頃には養父母がいて、人間リオンの村落で暮らしていた。

 当時から既に自分と周りとの違和感に気付いていたが、養父母はアークを家族としてきちんと扱ってくれたし、村落の養父母以外のもの達もアークの異質を受け入れてくれていた。

 違和感がハッキリとした疎外感に変わったのは、流行り病で養父母を亡くしてからだ。

 病魔は養父母のみならず村人達の命も奪い、最終的に村落そのものが離散した。

 そして、それを境に温かみのある生活とは無縁になった。

 流行り病で村落がほぼ壊滅したような場所からやってきた孤児…と言うだけでも忌み嫌われる要素として充分だが、更にアークは魔力持ちセイズだった。

 養父母に守られていた頃は、アークが魔力ガルドルを使う事を、誰も忌避しなかった。

 だからそのつもりでじゅつを使ったアークは、人間リオン魔力ガルドルを忌み嫌う事をそこで初めて知ったのだ。


 同じように魔力持ちセイズだとして、持たざる者ノーマルのコミュニティから弾き出されてしまったもの達が集まっているところに身を寄せてみた。

 だが、先程ファルサーの問いに答えた通り、アークの能力値ステータスは特出している。

 単なる魔力持ちセイズではないために、アークは彼等のコミュニティからもまた、弾き出されてしまった。

 コミュニケーション能力もろくに身に付けていない子供が、周囲から距離を置かれる理由も解らないまま疎外され、孤立させられてしまった。


 アルビノのような色素の薄い相貌を持っているが、本当のアルビノでは無い。

 それどころか、アークには性別すら無かった。

 不幸中の幸いは、飛び抜けた魔力ガルドルを持つ事と、アルビノまがいの外見によって、極端に忌避された事だ。

 後ろ盾の無い容姿の整った子供は、年上の子供や更にその上の大人などから、手篭めにされる事がままあるが、上記の理由により避けられたために、アークはそうした乱暴をされる事は無く、性別が無い事実も周りに知られず済んだのだった。

 ただそれは、アークのアイデンティティを揺らがせる理由にもなった。


 当時のアークは、ファルサーと同様に、ヒトガタをした種族は人間リオンしか存在しないと思っていた。

 怪力で苛烈だが心優しき角を持つもの、自然と調和して森と心を通じ合わせる耳の長いものと言った "おとぎ話" は存在するが、そこに登場するヒトならざる者ヴァリアントは、あくまでも想像だと教えられた。

 それが人間リオンの常識であり、そう教育されるのが当たり前だったからだ。

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