イルン幻想譚

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14.沈黙の研究室【1】

公開日時: 2024年11月17日(日) 23:00
文字数:1,745

「いいぞビンちゃーん! 芋虫なんかギュウギュウにねじっちゃえー!」


 そこでは先に穴から脱出していたルミギリスが、はしゃいだ声を上げていた。

 辺りを見回しても、アンリーの姿は無い。


「くそっ、どこった、あいつ…」


 一階へと降りる階段は既に崩壊していて、そこから伸びた蔦は床を這い、壁を覆い、天井に届いてもなお伸びることをやめない。

 踊り場から二手に分かれた階段も蔦に覆い尽くされていたが、唯一、セオロが言っていた "秘密の扉" が隠されている壁だけは残されていて、そしてその扉は開け放たれていた。

 蔦とサンドウォームの戦いに夢中になっているルミギリスをチラッと見遣ってから、クロスはその秘密の扉の向こうに伸びる廊下に、そっと入り込む。

 床の柱を数本失い、更に建物全体が放置された期間分、当然のように傷んでいる。

 そこで蔦とサンドウォームが大暴れしているのだから、屋敷全体が地震のようにグラグラと揺れた。


 秘密の扉の向こうに、ただ研究室があるのかと思っていたのだが、意外にも入り組んだ廊下と複数の小部屋に分かれている。

 だが扉には何の表示も無く、クロスは端から扉を開けて回らねばならなかった。

 埃をかぶった機材が並ぶ部屋もあれば、セオロが言っていた実験動物を飼っていたと思わしき部屋もあった。

 ケージの中に動物の姿はない。

 長く放置されていたと考えれば、それは当然のことにも思えるが、アンリーが此処を根城にしていたことを考えると、管理は出来ていたはずだ…とも思う。

 ただ、ケージも部屋も綺麗に片付けられているのも、気になる。


 屋敷の管理をしていたのが、例えばアルバーラに心酔しているセオロであれば、師匠が戻ることを願って元の姿のままに管理されているだろう。

 だが、セオロはこの屋敷を薄気味悪いといって、寄りついていなかったと言っていた。

 この屋敷に残っていたアンリーが、他の弟子を呼びつけて屋敷の後片付けを指示していれば、綺麗に片付いている理由付けも出来なくはないが。

 神耶族イルンを手中に収めようと画策しているアンリーが、わざわざこの屋敷に自分以外のものを呼びつけるだろうか?

 そうして可能性を潰していくと、アルバーラが失踪する以前から、アルバーラ自身が屋敷を片付けていた…と考える以外に、思い当たらない。


「でも、なぜだ?」


 部屋を見て回りながら、クロスの頭からその疑問が消えなかった。

 大量のケージは、そこに "どんな" 生き物が入っていたか想像も出来ないほど、完璧に、新品で買ったばかりのように掃除されている。

 ここまで痕跡を消すなら、それこそケージそのものを処分したほうが早かったのでは? と思うが。


「外航から戻った時、継続して此処を使うとして。それなら、生き物を処分した理由はなんだろう?」


 留守にしている間に、だれにも自分の研究の詳細を知られたくないと考えて、生き物を処分し、その痕跡を消した…と言えば、一応の説明はつく。

 そんなことを考えながら、クロスが部屋から出たところで、廊下の向こうの扉が開く。

 クロスは素早く、廊下の角に身を隠した。

 扉から出てきたのは、大きな袋を小脇に抱えたアンリーだ。

 様子をうかがうと、アンリーは明らかにもと来たほうへと戻っていく。


「ルミギリスのいる広間に、わざわざ? ってことは、この屋敷の出入りは、玄関以外は不可能ってこと…?」


 いざという時の退路もないのかと気になって、クロスはじゅつを使って屋内を精査してみた。


「なんだこりゃ!」


 アルバーラの防御プロテクションの中で、下手にじゅつを使えば、その弟子であるアンリーに位置を特定されかねないと、クロスはかなり気を使ったのだが。

 それどころではない。

 屋敷の外から見た時は、砂漠の魔気ガルドレートから屋敷を守る防御プロテクションに見えて、実は屋敷の中のものを外に出さないための結界フルンドだったのだ。


食虫植物ウツボカズラかよ…」


 四天王が持ちうる知識と能力を協力すれば、出入り口以外の場所からの脱出は可能かもしれないが、単独での突破は不可能だろう。

 とはいえ、この結界フルンド術者じゅつしゃが場を離れても維持出来るように、屋敷の内外に魔道具ガルドラルを設置してあるようだ。

 一つ一つの魔道具ガルドラルの破壊は、自分ならばどうにか出来そうな印象があるが、一つを壊せば即座に穴が空くほど単純な作りでもなさそうだ。

 数秒、思考を巡らせたあと、クロスはアンリーが歩いて行くのとは別方向に向かって走り出した。


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