イルン幻想譚

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10:森の黄昏(2)

公開日時: 2024年5月17日(金) 14:45
文字数:1,486

ヒトならざる者ヴァリアントは、種族の名称では無いよ」


 感心したようなファルサーに、アークは簡素な訂正をする。


「そうなんですか?」

ヒトならざる者ヴァリアントとは、人間リオンより優れた "なにか" の能力を持っているものを総じて呼ぶ、呼称なのだそうだ」

「それじゃあまるで、人間リオン以外の人間リオンみたいなものが、たくさんいるみたいに聞こえます」

「そう、言ったよ」

「そうなんですか?!」


 ファルサーの反応を予想していたらしいアークは、その驚きをさほど気にも止めずに話を続ける。


人間リオンの "常識" では、人間リオンこそが生物のヒエラルキーの頂点に立つ存在とされている。そこに君の身の上を加えると、国の王とは生き物の王を統べる王、即ち神の如き存在…になるんだろう」

「でも、あなたのような存在を知ってしまうと、人間リオンが生き物の王とは、とても思えません」

「うむ。そもそも、先程言った通り、世界にヒトガタをしている種族は、多様に存在しているのだよ。だが、その事を知らない人間リオンは、それらの種族をまとめてヒトならざる者ヴァリアントと称しているのだ」

人間リオン以外のヒトガタをした種族…なんて、信じがたいなぁ…。あなたの存在を知ったあとでも、やっぱりなんだか…夢みたいです」

「私も獣人族セリアンスロウ旅芸人ジョングルールに出会わなければ、知る事は無かったから、君がそう感じるのは当然だと思うよ」

「僕からすると、あなたの存在は "神にも等しい" って思えますけど」

「…だとしたら、神とは無力な存在だな…」


 アークの表情にはほとんど変化が無く、ファルサーにはその言葉の真意は解らなかった。


「なぜ、そばに誰も置かないんですか? あんな場所に独りでいたら、僕なら寂しいと感じます」

「考えかたの相違だろう。そばに誰かを置いて、常にその誰かを見送ってばかりいるほうが、私は気分が滅入る」


 返された答えの意味を理解するまでに、数秒掛かった。

 だが "見送る" と言う言葉が、相手との死別である事に気付いた瞬間、ファルサーは想像を絶する恐怖を感じた。

 同時に、先程の言葉の意味や、無表情に見えるアークの顔は、複雑な感情が入り混じった憂いの現れなのだろうか? と思う。


「申し訳ない質問をしてしまいました」

「君の常識が、全ての常識では無いと言っただろう」


 相変わらずアークは仏頂面で、声音もまたぶっきらぼうだった。

 しかしその時、不意にファルサーは気付いてしまった。

 そういうアークの無愛想な態度は、人を寄せ付けないための手段なのだと。

 アークがファルサーの無謀な使命に同行してきたのも、ここに至るまでの気遣いも、全部ただの気まぐれと思っていた。

 他に考えようがなかった。

 なぜならアークには、ファルサーの事を気にかけたり、面倒を見たりする義務も理由も何もなかったからだ。

 だがむしろ今までの小さくて細やかな気遣いこそがアークの真実で、傲慢で高飛車な態度のほうが仮面に過ぎないのだと気付いたら、ファルサーは無性にアークの事が知りたいと思った。


「どうして町の酒場では、あなたの事を "隠者のビショップ" と呼んでいたんでしょう?」

「私がちゃんと名乗らないからだろう。通名とおりなのようなものでも、名前が世間に知れ渡ると、面倒や厄介事にまきこまれる」

「でも僕には、アークと名乗ってくれたじゃないですか」

「それは仮名ケニングだ」

「じゃあ本当は、なんて言うんですか」


 ファルサーの質問に、アークは一瞬、妙な感覚に襲われた。

 頭痛と動悸。

 だがそれらの症状は "気がした" だけで、実際には頭痛も動悸もしていない。

 アークは、ファルサーの顔を見た。

 ずっと正面の炎を眺めながら応対していたアークに対して、ファルサーはこちらを見て話をしていたらしい。

 ほとんど真正面から、ファルサーの顔を見る形になった。

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