軍神の星 後編

火星のジャンヌダルク ルナン・クレール伝<2>
梶 一誠
梶 一誠

第二十九話 不思議な神輿(みこし)

公開日時: 2022年4月2日(土) 17:12
更新日時: 2022年5月5日(木) 10:48
文字数:9,218

 「船団包囲網突破ぁ!成功です」観測班の知らせが艦橋に響き渡ると、クルー達の間から歓声と拍手が一斉に上がった。そんな中、マティアスがルナンの鼻にティッシュをねじ込んでいる時に、数あるモニターの一つにアメリア・スナールの姿が浮かび上がった。

「また鼻血だしてからに!左船体ブロックに敵が乗り込んできたぞ。私と斑鳩も討って出る」開口一番の後は呆れ顔で首を振るアメリア。

 別の中央モニターには『ジャンヌ・ダルク』の透視上面図が表示され、赤と青の光点がひしめいている。青は味方、赤は敵側。左右二つの船体ブロックの片方、右側では突入口付近で未だに両軍の光点が集まって一進一退の模様。対して左側では多くの友軍兵士が討ち取られ、赤の光点二つが中央船体への連絡通路付近まで迫っていた。

 「オ……オレも出るぞぉ」白目をむき混濁させた意識の中ルナンがうわ言を発すると

「そこにいろ!お前のような突撃バカは始末に負えん」と、返された。彼女はそのままマティアスを睨み、「おい、そいつを任せるからな」こう告げた後に通信は途切れた。

 ルナンはようやく身体を起こし制服の内側に手を入れた。するとマティアスが

「渡せよ」と手を差し伸べてきた。「どうせ宝の持ち腐れさ」くっと白い歯を覗かせた。

 ルナンは口をへの字にさせ、上衣のポケットに忍ばせて置いたオートマティック式拳銃を手渡した。

「ベレッタモデルベースか」マティアスは左手でそれを受け取る。右手には自分の拳銃が握られていた。慣れた手つきでマガジンを抜き、弾数を確認するマティアスにルナンは

「向こうから討って出てくるとはな。想定していなかったよ」と、拳で額を叩いてからねじ込まれたティッシュを引き抜くとベレッタを収めていたポケットに。

「あちらさんが防御態勢を整える間に離脱するつもりだったようだが」ルナンのすぐ前で両手拳銃のマティアスが壁となり

「こっちは量も質も足りてない。加えて寄せ手の大将はヴァルデスだ。分が悪いな」肩を揺らしながらゆっくりと安全装置を外した。

「ハンナ・マティアス貴官に命ず。離艦せよ」ルナンが前を向いたまま静かに言った。

「断る」

「約束だったな。船団脱出は成功した。好きにしていい」

「まだだ。最後まで見届けてやる。……それと私は私なりにこの件にケリをつけたいのだ」マティアスはあくまで固辞した。

 「艦内戦闘用意!」との命令が発せられクルーらは奥の備品庫から自動小銃、ライフルそして刀剣を取り出しては銘々に手渡していく。

「まぁ見ていろ。剣の腕はさっぱりだが、こっちは腕に覚えがある」マティアスは両手の小銃を握りしめながら下がって周囲に聞かれないように、こう囁いた。

「君と共に行動してきて判ったことがある。お前さんは神輿みこしだ。周りの人間を巻き込んでそれでも一度担いだら放れがたい不思議な神輿。かく言う私もスナールやキサラギのように担ぎ手を降りるつもりはないんだ」

 ルナンはマティアスに人差し指一本で呼び寄せ、彼女の耳元で

「さっきから足の震えが止まんねぇ」と、囁くルナンの肩をマティアスは銃を持った手で抱え込むと

「それが一番、お前さんらしいよ」そう言うなりケラケラと笑ったのだった。


 「あと、どれ位となるか?飛燕よ」ゲルダは利き腕一本で、艦内通路に縫い付けるようにして討取った突入隊員の喉仏から虎徹こてつを引き抜いた。

「ハッ、この先を抜けますと中央船体への連絡通路となっているようです」彼女の数歩先で九七式に身を包んだ飛燕もまた、動甲冑の隊員を討取っていた。彼女はその盆の窪辺りに刃を立てていた。

「飛燕よ、あまり血飛沫ちしぶきを上げるでない。視界が鈍る」と、ゲルダが諭すと飛燕は黙礼で返した。

 二人が制圧したその通路には、大小様々なシャボン玉大の血球が無重量状態の中、漂い続けていた。今息あるのは二人のみ。周囲には動甲冑姿の亡骸がいくつも浮かんでいる。

 ゲルダも『白虎』なる近接格闘戦に特化した装具である。ヘルメットと肩部アーマーは虎が大口を開けている様な豪快なデザインで彼女の大柄な体躯に見合う重厚な胸部装甲にはヴァルデス家の紋章が描かれている。両腕の小盾は三分割式でそれぞれが虎の牙を模した流麗な造り。腰回りの草擦り、膝当てに至るまで全て名のある装具士の手によるあつらえであった。

 ゲルダはヘルメットヴァイザー越しに裸目で戦い続けていた。

「飛燕、貴様はこ奴らを何と見る?」二人はゆっくりと歩を進めた。ゲルダは両手に大小の刀をだらりと下げ、飛燕は右に脇差を。左腕に装備した小盾を構えつつ常にゲルダの一歩先を往く。

「装備が新しいようです。判で押したように三人一組で力任せに向かってくるばかり。編成間もない部隊と思われます」戦闘中でありながら飛燕の冷静な分析にゲルダは

「さもあろう……見事だ」満足げに頷いた。

 飛燕が足を止めた。九七式装面内からの映像情報によって、先手の一隊が討ち取られてしまった事を認めたからであった。

「連絡通路前の区画です」飛燕は前方に目を凝らし、腰を低くさせた。

「ここに残るは貴様と我のみか……」ゲルダはさして驚いた様子もなく、三人の新手がこちらに突進してくるのを認めた。

 新手は全て男性。今しがた討ち果たした者ら同様、カマキリの頭部に似る流線型のヘルメット。小型のアーマーが関節部に装備され都市型迷彩に卸し立てのような輝きを放っていた。

「お前の見立てどおり三人一チームの定石通り。飛燕よ“二頭立波にとうたてなみ”にて討ち取る」

「ハッ!」言うが早いか飛燕は、肉迫する先頭の前で前方宙返りの要領で脇差を握ったままで腕の力のみで高さ四メートルほどの通路天井へと跳躍。

 ゲルダは先手さきての兵士に向け、わざと利腕の虎徹を離して宙を泳がせた。その兵士は不覚にもそれを目で追ってしまった。その隙にゲルダは素早く背後へ回り込み、膝裏に蹴りを食らわせた。

 愛刀虎徹が天井部に到達した時、飛燕はすでにそこに無く二人目の背後へ。旋風の如くに体ごと回転させ膝裏を薙ぎ払う。二人目は前のめりに倒れこむが、態勢を低くさせ短刀を構えているゲルダが喉鎧のどよろいの隙間を狙い体ごとぶつかるように刺し貫いた。先ずこの兵士が絶命。

 ゲルダは更に体躯を返し、むくろとなった二人目を先手の方へと押しやった。

 先手が起き上がればそのまま同僚の遺体を抱きかかえるような形となった。その体重を受け止めた体は大きくのけ反り、アーマーに隙間が広がる。

 その時、跳ね返った愛刀がゲルダの手元にごく自然に収まったのだ。彼女はそのかしらに右手を添えると迷わず骸となった兵士の背目掛け飛んだ。

「アクティブ!」この声を汲み取った『白虎』が足元にグリップを復活させ、二人目の左脇腹を刺し、次いで先手の腹へと到達させた。そのまま彼女は腰だめに床面をすり潰すようににじり寄り、体を傾げ亡骸の体に刀のはばきが到達するまで深く貫く。

 無傷だった先手は無残な絶叫を上げた。

 同時に飛燕は三人目に挑みかかり、無重量状態を活かしてヒラリとその頭上へと跳ね、背後に回り込んでは足を首にクロス。身体ごと後ろへと大きく反り返させた。彼女の体重を支えきれなくなった三人目が仰向けに倒れこめば、飛燕は両足を脇の下に回し腕の自由を奪った。この技を人は“大熊返し”と呼び恐れた。

 最後に残った兵士から見えるのは良く張り出た臀部のみ。飛燕は仰向けになった男の喉鎧下に向け切先を突き立て上半身を被せるようにしてとどめをさしたのだった。

 都合二人分の身体を刺し貫いた“黒鞘の虎徹”は、刀身が曲がってしまい彼女は隔壁に骸を縫い付けたままそれを諦めた。飛燕は先刻と同じように一歩先を進む。

 二人の前に隔壁用ドアが立ちはだかる。ゲルダは自分のブーツにグリップを再開させ、短剣を顔の前に、足を大きく開き姿勢を低くさせてから

「飛燕、開けろ」と、言った。

 飛燕はドアの周囲を覆う隔壁に背を付け、いつでも区画の向こうに跳びだせるようにして“開”を押した。

 踏み込もうとする区画はこちらより若干薄暗く、気圧が低いせいか二人の背後から三人分の赤い血球が斥候せっこうを担ったように先へと流れていく。飛燕が素早く躍り込む。次にゲルダも足を踏み入れば、そこは連絡通路用待合室らしく格段に広い区画となっていた。そこには、五〇二の直属海兵団の三名がこと切れたまま漂っていたのだった。

 ゲルダはその一人が握っていた長刀を得ると

「大義であった」と、声を掛け遺体をもと来た艦内通路の方へと。飛燕も軽く一礼してからゲルダに倣った。

 ゲルダはその作業を飛燕に委ね、一人この区画の先を見つめていた。全体がゆるやかに左方向へカーブを描いているためか行きつく先は右側の壁面によって伺えない。

「おそらくあの先に連絡通路のゲートがあるのでしょう」取り立てて変化がない事に、飛燕はその方向に背を向けて最後の遺体を押し出した時だった。

「飛燕!かわせぇぇー!」

 ゲルダの叫びに飛燕が振り向けばくれないいぬが眼前に迫ってきていた。その手に備える牙の様な二本の刃をぎらつかせながら。 


 今、キサラギは右船体の船首部において、巡洋艦からの陸戦隊と対峙するグリフォン・ディファンス隊にあった。こちらは長らく睨み合いが続いていた。そんな中、青の九二式をまとう彼女は装面内に投影させた『ジャンヌ・ダルク』の船内配置図に目を凝らしていた。

 「キサラギ、集中しろ」と、彼女のすぐ前に佇む隊長ロベルト・マクミランから軽く叱責を受けた。


「すみません。新しい船に移ると配置図を見ておかないと気が済まないんです」と、声をひそめる彼女に、周囲の隊員から

「おい、お姉ちゃんはもう逃げ出す算段かよ!」少し上ずった声が上がるも碧の戦士は意に介さない。

「あたしは下賤げせんの出ですから、軽蔑してくださっても構いません」

「お前は正しい。皆少し気がたかぶっているようだ……気にするな」との、一人落ち着いた隊長ロベルトからの言に、キサラギはポツリと

「少し怖いです」消え入るように呟いた。

「それが普通だ。ここに来て突出するバカとは組みたくはない」

 キサラギとロベルトは二〇名程の中隊の只中にあり、ディファンス隊の先三〇メートル付近の突入口では、巡洋艦からの陸戦隊が茶と緑の迷彩柄の盾を前に堅陣を敷いていた。


「発砲!」最前列からの叫びにロベルトとキサラギ、そして全員が瞬時に小盾を眼前にかざして態勢を低く取った。狭い艦内通路を直視すれば暗視ゴーグルを機能不全に追い落とせる閃光弾の光が覆った。

「アラート!」ロベルトの警告は敵部隊の突入、また銃火器の使用を示唆していた。彼は光弾の威力が収まるのを待たずに、暗視ゴーグルを引っぺがしてヴァイザー越しの裸目で次の動きを読まんとした。

 距離を隔てた突入口に陣取る盾の壁は微塵も動かない。が、その上の天井部分を黒い影一つがこちらへと突進してくるをキサラギは見た。

「猿《ましら》駆け!」ロベルトも疾風の如くに駆けてくる影に大声を上げた。

 その両手両足を交互に前へと繰り出す走法を、キサラギは己が目に焼き付けんばかりに凝視していた。黒の戦士はディファンス隊の頭上から手の力だけで体を押し出し、殺意を秘めた黒いまりとなって、最後尾に控える隊員らへ挑みかかってきた。瞬時に一人が手首を、一人は酸素供給パイプを斬られた。圧搾空気が放つ白いガス状の奔流が一瞬キサラギの視界を奪う。

「密集隊形!」ロベルトは乱入してきた同族の意図を素早く読み防御態勢を取らんとしたが、一歩先んじた黒の戦士はまた、天井部へと取りつき、さらに蹴った。

「獲ったぁー!」

「雷電かぁ!」キサラギの目に映ったのは戦士の左腕に装備した小盾の内臓武器、炸薬を以って発射される鋭い鋼鉄の穂先だった。


 飛燕は紅の狗目掛けて床を蹴った。肩部アーマーを以って繰り出されて来た刃を受け流し、内懐へ向け脇差を横一閃に薙ぐ。だが、空しく空を切った。

「われの動きは読めとったよ。飛燕」左真横から懐かしい声がするのを聞き留めた飛燕は全身の毛がそそけ立つのを覚えた。

 次に左脇下、アーマーの無い部位に強烈な蹴りを喰らった彼女は空中で受け身を取る間もなくそそり立つ壁面に全身をしたたかに打ち付けた。

「ヤ、ヤヨイ様かぁ!」そのまま縫い付けられてはたまらぬと、そこを蹴って連絡通路前室の広い空間へ躍り出た飛燕は、ふいに両肩を掴まれた。ぬっと眼下から現れたのは烏帽子形兜を模したヘルメット。さらにその下のヴァイザーの奥からは切れ上がった細目が妖しく光る。ヤヨイもゲルダ同様に裸目で乱戦に挑むのを常としていた。

誰何すいかするヒマがあるなら受け身取りんさい。精進が足りん」飛燕の目に鬼の顔をこしらえられた膝当てが迫る。あごを強打された飛燕は顔面を軸に体を半回転させた。そして腹部に硬い物がねじ込まれ床面へ背中から叩きつけられた。ヤヨイが刀の柄頭をアーマーの隙間にねじ込むように強打したのだった。

 彼女を激しい嘔吐感が襲うが必死に堪えた。重力下なら吐しゃ物は装面の脇から流れ出て顔面を汚すだけだが、無重量状態では鼻、口を塞ぎ呼吸の妨げとなる。気管に入れば窒息にも至る。

「エライエライ。反吐へど吐いて死ぬるなぁみっともないけぇのぉ」飛燕は全身をひくつかせながら、ヤヨイの声が遠ざかるのを感じた。少しぼやけた視線の先で赤備えが天井部へゆっくり流れいくのが見えた。必死に起き上がろうとする飛燕の眼前に白い壁が立ちはだかる。

 ゲルダの踵だった。

「飛燕、そのまま」指揮官の声が頭上から降ってきた。


 ゲルダの左、一〇メートル程先では深紅の九七式赤備えの女武者が宙空を漂う。視線を右に転ずれば、スレンダーな体躯に先刻討ち果たした男共と同じ甲冑だが、ただならぬ気迫と灰色狼のような俊敏な動きの女武者。これもまた手練れであると見抜いた。

「久しいな。ヤヨイ・斑鳩」と、先ず半年前には自分の側仕そばづかえを担っていた紅の狗に声を掛ければ

「許しんさいのぉ。これも傭兵の因果な所」ややおどけた風に首を縦に振った。

「貴殿はいつぞやのスカーフェイスだな?名乗れ」顔は正面、目だけを右に移した白亜の虎は灰色狼に名乗りを求めた。

 「ゲルダ・ウル・ヴァルデス殿ですな!私はルナン・クレール麾下……」ここまで言いかけてから

「今度、とつぐのでアメリア・スナール・ヨハンセンと名乗らせていただこう」との名乗りを上げた。

「け、結婚するの?初めて聞くんじゃけんどぉー」いきなり素っ頓狂な声を上げたのはヤヨイ。 

「す、すまねがった。言う時間なんて無がったんだがらぁ」アメリアは持ったカットラス刀の柄頭でヘルメットの上から頭を掻くようにして思わずお国言葉が漏れた。

 ゲルダはそんな二人を冷静に見つめ、未だ自分の後ろで苦悶している飛燕へ

「そこで大人しくしておれ」と、腰を低く身構えた。

 ゲルダは先ず、アメリアに長刀の切先を向けて

「アメリア・ヨハンセンとやら。貴殿はその名を婚姻届に記す前に墓碑銘に刻むこととなろう。……それに斑鳩。飛燕を可愛がってくれた礼はする」

 ゲルダは己が利腕の長刀を真っすぐ天頂に立てて顔の前にかざし、短刀を真横に構えてその柄頭を長刀のそれと合わせると

「オンティヴァ・ラウ!軍神いくさがみの加護を我にぃ!」孤高の師子王が声高らかに発する勝利の祝詞のりと。その雄叫びに二人は反射的に防御態勢を取った。


 キサラギの夜叉鴉は一面血に覆われた。だが、黒の戦士が放った穂先は眼前で止まっている。刺し貫いたのはロベルト・マクミランの左手。彼はキサラギを守るべく手甲付きのてのひらで一撃を受け止めたのだった。彼の左手からは鮮血が次々と宙を舞い始めていた。

「いやぁぁぁ!」取り乱すキサラギを他所に、彼は直径五ミリ程のニードルを握りつぶすようにしてひん曲げていく。

「うろたえるな!」ロベルトは針状の刃が女武者の下から引き抜かれないように押さえ込もうとしたが、戦士は瞬時に刃を小盾から捨て去り、再び上へと飛び退すさった。次に体を翻してロベルト隊の後方、右船体ブロックの奥へと“猿駆け”で去っていく。

「キサラギ!ここはもういい。行けぇ!」ロベルトは左手を両足で挟み込んでニードルを抜こうとしている。

「で、でも隊長」

「一人でもスサノオ傭兵の突破を許してしまった。この艦の訓練生では防ぎきれないぞ」荒い息で苦悶の声を装面の中から絞り出すロベルトは刃を抜き取った。キサラギはその手をで止血しようとするが

「構うなぁ!お前が行くしかない。勝てぇ!」彼はキサラギの手を撥ね退けた。

「敵が前進を始めました!」最前列からの報告にロベルトは毅然として

「フルブレイク・レディ!マグネットオールオーヴァー!跳ぶぞ!奴らの腹を食い破れぇ!」この号令一過、一斉に全員の目付きが変わった。

「お前『雷電』ってあいつを呼んだな?見知った者か?」

「声と体つきに覚えがありましたが、はっきり確認した訳ではありません」

 ロベルトは合図のために傷ついた左手を上げる。右手に脇差を握り逆手にかまえ

「あれはレディウォリアー。悔しいが、剽悍ひょうかん女武者あまむしゃを阻止するのも女武者だ」と、言うやロベルトはキサラギの腰をぐいっと自分の許へと抱き寄せ、キスするかの如くに二人は装面を寄せあった。

「死ぬなよ!」武骨な装備で囁いたロベルトはキサラギの背中をぐっと押し出した。

 キサラギが彼の上背のある背中を振り返りつつ、艦内通路の床を蹴った時

「ブレイク!」グリフォン・ディファンス隊への突入命令を下す声が彼女の背を孤独な戦いの場へと押し出したのだった。

 通路を駆けだしたキサラギは頭から突っ込むようにして、舷窓の端をつかんで腕の力で全身を踊りださせ“猿駆け”を試みたが、両足は無様に空を切るばかりで要領を得ない。

「……そうか。グリップか」自分の閃き通りに両足に磁気を負わせ、そのまま壁面を走るパイプを掴み目前の継ぎ目へジャンプ。両手がそれを捉えるや、跳び箱の要領で足を勢いよく前へと繰り出す。そして磁気靴は次にスティール製の壁面を捉えた。

「よし、これでいける!」

 女武者たちの特技、両手と両足を交互に繰り出す“猿駆け”を修得したキサラギは戦士へと肉迫していく。背後の気配を察したか、黒の戦士は野生の猿が威嚇するような凶暴な唸りを上げ、またしても両手のみで体躯を天井部から引きはがしては床面へとダイブ。体を鞠の如くにこごめ、更に蹴ってこちらに飛び掛かって来た。

 キサラギも体ごとぶつかるようにして壁面を蹴り上げた。黒の女武者がいち早く目にも入らぬ素早さで切りかかるも、それを肩部アーマーで受け戦士の背中へ体躯を乗り上げさせ、体を一回転させて剣戟けんげきをかわした。

 キサラギは黒の戦士の行き先を塞ぐようにして天井部に逆さ吊りのまま両手両足を目一杯広げて態勢を低く

「お前は雷電かぁ?」眼前に脇差を構える戦士へ怒鳴り付ける様に誰何した。

 黒の女武者もゆっくりと立ち上がって首を二、三度傾げてみせると

「いかにも雷電だ。また、会えてうれしいで。ほんでほんまに気に食わへん奴やで。おまえはよぉ!」と、雷電はその場を離れキサラギと同じ天井部に取りついた。

「何の事だぁ。それと飛燕は?」キサラギは未だ刀を抜かずに雷電と逆さ吊りのままで向き合った。

「飛燕はな、今頃ゲルダ様と共に反対側におる。そろそろクレール様の首級をあげる頃合いかもなぁ」

「させない!向こうには我が師匠とヤヨイ様が詰めておられる」

 これを聞いた雷電は甲冑ごと小躍りするかのように上半身を揺らしては

「そう、来なな。ほんま天の恵みやで。これで邪魔立てする者のう、サシの勝負ができるちゅうわけや」と、言うなり脇差の切先をキサラギに向けてこう言った。

「抜け!キサラギ。手ぶらのまんまで首を獲ってもおもろないさかいなぁ」

「なぜだぁ!お前があたしを狙う?あの時は加勢してくれたじゃないか?友達ができたと思ってあたしは嬉しかったぁ!」

 雷電はまたもキサラギを嘲笑うようにして体を揺らすと

「別れ際にわいは言うたはずやでな。互いに国の禄を食む者。一命あったら躊躇のうお前を討つとな。それとわいには遺恨もあるんや。……キサラギ少し甘ないかね?」と、言うや体をかがませてはキサラギに飛び掛かった。

 雷電が繰り出す一撃、二撃の刃の応酬をキサラギは腕の小盾で受けかわしていたが、

「だから、それが分らねえって言うんだよぉ!」ついにキサラギも腰の脇差を抜き払うと雷電に挑みかかる。二人はほぼ同時にグリップを開放して空中を舞うようにして互いに撃ち合い火花を散らした。

 キサラギは体を丸め、雷電の一撃を磁力帯軍靴の靴底で受けては思いっきり踏み返して互いに間合いを取る。雷電は通路壁面に横向きに立ち、キサラギは床面で頭を低く防御姿勢を取った。

「一つ目はやな、その甲冑やで。なんでおまえごときがヤヨイ様の九二式を賜った?三日月燕の紋、それを受け継ぐのはわいや!」

「そんなの知った事かぁ!」

 二人は更に飛んで宙空にて互いの手首をつかみ合うようにして揉み合った。キサラギは雷電の繰り出す突きをかわし、その腕をつかんではするりと体を泳がせて、両足を雷電の首に掛けた。

扇千舞おおぎせんぶならおさらい済みやでぇ!」雷電は慌てずに軍靴にグリップを復活させるや、そのまま体ごとのけ反らせ自分の体重ごとキサラギを叩きつけた。ヘルメット越しとは言え痛打を受けたキサラギを次に襲った物は九七式の膝当て。横っ面を殴打され、左の壁面に全身を強打させた。何とか態勢を立て直そうとするキサラギに雷電の低く狙いすましたような声が降り注ぐ。

「二つ目はやな。お前は何ではなからリアルネームなんじゃ?生まれが少し違うだけでええ御身分やでなぁ!」

 キサラギは頭を振りながら立ち上がると、自分の後方をチラッと確認した。数メートル後ろには非常用階段がある。上へ登れば各種砲塔とミサイル発射管用の機械室。下方へ降りれば格納庫、備品倉庫がのある最下層。それから下部は無慈悲な宇宙空間となる。

「それもあたしの知ったこっちゃない!」キサラギはここでわざと胸をそらせ尊大に構えるとこう言った。

「みんな逆恨みだよ雷電。あんたが前に見せてくれたお仲間に恥ずかしくねえのかよ?」

 雷電は体躯を一瞬だけピクリとさせ、やがて肩を小刻みに震わせる。

「ようも言うてくれたなキサラギ。教えたるで。あそこに映っとった、紫電、桜花、時津風。あいつらはなぁこの手の紋章を消す事のう死んでもうてん。同期で残ってるのはわいと飛燕だけやぁ!」こう声の限りに吠えたてるとキサラギ目掛け疾風はやての如くに跳んだ。

「もう迷わない。お前を討つ!雷電」キサラギもまた跳び、二人の女武者はまた剣を合わせ力の限りに撃ち合ったのだった。

「上等じゃぁ!」雷電が両手上段突きの姿勢で撃ちかかる。キサラギも小盾を前に防御せんとしたが、雷電は切りつけるのでは無く刀の峰でしたたかに打ち据えて、力押しで跳ね上げさせた。

「これでお終いやで!」雷電は先刻の仕込み武器ニードル・ブレッドの引き金を彼女の眉間目掛けて迷うことなく引き絞った。

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