「戦艦に突っ込まれるとはな。やりよるわ!して大海艦隊の動きは?」小惑星型宇宙都市の外郭部に擱座したままの重巡『ヒンデンブルグ』内ではカナン・東雲が悔し気にアームレストを叩いた。
「こちらへの進撃を再開した模様です」と、ラウダルッツ准尉が中央監視モニターから繰り出される情報を読み上げた。
「核の脅威がない事を察したな。五〇二本隊は?こちらの防御に回せ!」
「それが大分かき回されたようでして。遺憾ながら間に合わぬかと」准尉は申し訳なさそうに呟いた。
しばらく黙したままのカナンは徐に通信士官に向けて
「『ベルリン』へ打電。『我、プロイセン騒乱の首謀者を捜索中。弊将ヴァルデス自ら敵艦内にて戦闘中につき暫し時間的猶予を与えられたし』」
「デュシャンが乗艦しているとの確証はありませんが」怪訝な顔を向けるラウダルッツ。
「時間稼ぎや!……今のうちにあの戦艦のライオンハートを抑えてしまわな」これを耳にしても要領を得ずに首を傾げている准尉にカナンは
「ええどすか。軌道要塞に着底したままこちらの原子炉はまだ生きてるんどす。うちらは外国領宙内で事故を起こした当事者として、空域領有権を有す艦隊から臨検を受けた上で原子炉の火を落とさなあかんのどす。それを防ぐためには自力航行可能な船を奪い、宙域治外法権を誇示せなあきまへん。……さもなくばあの方と全員が囚われの身。それだけは避けななりまへん」この世界を普く統べる連邦協定によって取り決められた外交事例を説明してから
「それを打開せんとゲルダ様は戦うてなさる。いつの時代でも自ら先鞭を付け、勝利の凱歌を挙げたる者こそが発言権を有す。わてらが今できることは時間を稼ぐことや!」と、コンソール卓を叩いた。
二人が見上げる先では、赤の三角形の一群がこちらに迫ってきていた。
巡洋艦の擱座とほぼ同時に『タービュランス』からパラサイトブレッドの逆撃を被り、もはや生死の判らぬ状態となったアイザック。そのアヴァターを収めた救急用生命維持ポッドをエルザ・シュペングラーは脱出用シャトルの搬入口へ収納すべくコンベアを動かしていた。
「これで良しと……」彼女はポッドの中で眠りこけているかのような男をその小さな窓から冷ややかに見つめ
「このマヌケ!あの巨乳にしてやられるとは。とは言えコイツの持つブツの情報はいい金蔓だし」と、頭を振りつつシャトルの搬入口をロック。そしてコクピットに乗り込まんとした時
「ああ、コイツも始末しなきゃね」エルザは自分の膝あたりの中空に漂う一人の保安隊員に顔を寄せ、その首筋に突き立てた拳銃型注射器を引き抜き
「ゴメンねぇボクちゃん」頬にキスしてから、乱暴にヒールの踵でその屈強なプロテクター装備の体躯をシャトル発射口の方へと流し始めた。それと合わせてもはや空となった注射器も放り投げた。
その不運な保安隊員は艦内重力場喪失による被害状況把握のためパトロールに出た際に、艦内通路で取り乱すエルザに出くわした。
衝突時の過電流がもとでブラックアウトしたアヴァターを助けてほしいと泣き顔で懇願された心優しき彼は救急ポッドを用意。問題のそれを収め医務室まで運ぶ手伝いまで買って出てくれたのだが。
エルザはシャトル発着デッキの前まで来ると、無重量状態で泳ぐ様に彼の前に躍り出、胸のジッパーを下げ豊満な谷間を見せつけた。
「ご褒美よ……」と隊員に抱きつき、ガスマスクを外させ胸の谷間に顔を埋めさせた時だった。非情にもエルザは制服のポケットに収めてあった、危険な薬液入り注射器の針を彼の首筋に打った。瞬時に泡を吹き白目をむいた憐れな隊員。後は魔女の為すがまま、シャトルデッキ内へと彼を押し込んだのだった。
「さてと……もうそこまで艦隊が来ているか。それなら」コクピット内でエルザは軌道要塞の外周を沿い、艦隊の来る反対側から加速する脱出コースを選定。
「あの女を頼るのは癪だが、四の五の言ってる場合じゃねえしな」と、シャトルの気密を確保し透明キャノピーのすぐ頭上に漂う不運な彼に投げキッスを送りシャトルを発進させた。
発進口とエンジン噴射によって生じた猛烈な気圧差によって、保安隊員の身体と注射器は宇宙へと吸い出された。その加速に耐えながらエルザはほくそ笑み
「じゃあねぇ。戦馬鹿とはやってられねえよ」
これを機にエルザ・シュペングラーと第七世代型AIアイザックは遂に何処かへ行方をくらませてしまった。
「クソッ!スタミナの塊かよ?この牙女は」苛立ちを顕わにさせるアメリアにゲルダは果敢に撃ち掛かる。 その刃は動甲冑の隙間を狙っては繰り出され、防戦一方のアメリアは徐々に押されていく。それでも猛攻を受け流しつつ白亜の虎へと轟剣を放った。
ゲルダはそれを両腕のみで受け、ふっと爪先立ちに。つうっと滑るように下がっていく。すぐさま両刀を頭上に構え、切先を左足の先向ける態勢を取ると靴底をねじ込ませて足場を得た。
その流麗な動きにヤヨイは
「見事な“水面渡り”じゃ。隙もない!はてさてどうしたもんか?」と、まるで他人事のように感嘆を上げている。
「ヤヨイ!お前も掛かれ!車掛りは果断なき攻撃が肝だって言ったのはお前だろうが!」
「つい見とれてしもうたよ。ではこちらからも掛かるとしようかね」
二人は息を合わせては連環攻撃”車掛かり”を開始した。斑鳩はゲルダの真後ろから、アメリアは正面から挑むように駆け、虎の放つ切先が届く寸前に左へと飛んだ。
ゲルダの視線はあくまでアメリアを正面に捉え、また妙技を駆使して少し下がる。斑鳩が自分の右側面から上段から斬り付けんとしてくるを瞬時に向きを変え、左の短刀を放し右の長刀のみで刀を切り上げた。
紅狗がかわさんと身を起こせば、ゲルダは足場を得てさらに踏み込んでは右手で軽く刀の柄頭を抑え、左手で鍔を握り刀身を下げるようにして大きく回しこむ。斑鳩の両腕はゲルダの刀身で押さえつけられた。
そして押さえ込んでいた左の鍔ごとヤヨイの首元に叩きつけてそのまま足越しに投げを打った。
斑鳩は次に自分の顔面に向かってくる刃を僅かにかわすが、ヘルメットヴァイザーには深い疵が残った。紅狗は俊敏に虎の刃が届く範囲から飛び退った。
次にゲルダは横っ飛びにアメリアの内懐に飛び込み、向かってくる切先を腕の盾で流しては、左手のみ柄から放し相手の二の腕を外側からぐいっと巻き込み、自分の右手首を掴めば、自然アメリアのベイルソードは動きを封じられる形となった。更に右足をアメリアの後ろへと踏み込ませては腰の上越しに投げ飛ばさんとした。
だが灰色狼は逆にゲルダの毛皮に覆われる襟をつかむとそのまま頭突きを食らわせてきた。獣の唸りと共にゲルダの腕を同じようにして絡めとり、白亜の甲冑ごと抱える様にして彼女の体に馬乗りとなるとソードの切先を首鎧の隙間目掛けて突きを撃った。
「小癪な!」ゲルダは咆哮を上げ、その刃の切先を手甲でつかむと渾身の腕力にて押し戻しつつ、狼の腹甲辺りを蹴り上げた。
柔術の巴投げのように宙空に体を放り上げられた灰色狼も怯まず、流れゆく先の壁面を蹴り腰下を目指してソードを繰り出す。
ゲルダも固持し続けたグリップを開放させてはその場を蹴り上げ、難を逃れんとした。両者怯まず剣戟を交わしては必殺の間隔を開けるやすぐさま、再び互いに剣を撃ち合いその火花が二人の間に生まれては消えを繰り返していった。
結果的には此度の車掛かりもさして効果が無かったが、アメリアは猛虎の肩が大きく上下に揺れ始めているのを見て取った。
下がりながら彼女は己が手で今しがた斬撃を受けたヘルメットの部位を触ってみれば深々とした疵が残っている。あと数センチ右へずれていれば確実にゲルダの切先はアメリアの顔面をヴァイザー越しに刺し貫いていたに違いない。
「こっちも限界にきてる。そろそろケリを付けよう。ヤヨイよ」と、発破をかけた。二人とゲルダの位置関係は十数メートルの距離を隔ててきれいな三角形を描き、その一点ゲルダは床面に。二人は宙空にあった。
それを聞いていた白い猛虎が己が手元に戻ってきた長刀を握りながらこう言った。
「我もな、これまで名立たる剣豪と刃を交えてきた。スサノオ皇国の兵頭玄馬。大ロシアのエカテリーナ・フィビルスカヤ。どれも手強かったがな、今日ここでもアメリア・ヨハンセンなる強者と相まみえたこと至上である。……どうだ?二人して我が許に来ぬか?」
「断る!」アメリアが即答したのに対してヤヨイは
「そりゃうれしきお申し出。戦士としての腕を見込まれるは重畳」との謝意を示した。
これにアメリアは鋭い眼差しを向けるもヤヨイは不気味な笑みを浮かべているのみ。
「ヨハンセン殿に尋ねたい。貴殿の主ルナン・クレールなる者は如何なる御仁か?」両手の刀を足元にさげて問うゲルダ。これにアメリアはふっと笑みを口の端に乗せると
「あいつはなぁ今頃、艦橋で膝を抱えてふるえているさ」と、言った。
「ほぅ……貴殿ともあろう者が何故そこまでに?金に物言わすタイプかね?」
「人物と言うほど立派じゃねえ。金?あいつは大層な借金抱えた大バカ者だよ」自分にとっての親友を酷評するアメリア。だが、その口調はどこか誇らしげであった。
アメリアの言葉に合点がいかないのか首を傾げているゲルダに彼女はこうも告げた。
「あいつはな諦めないんだよ。無理だ止めておけと言っても……。私とあいつが出会ったのは士官学校時代だった。あいつは私が仕切る班の中では厄介者。何でこんなのが押し付けられたのかと、教官を呪ったものさ」
アメリアは小盾仕込みの刃を抜き去って、新たなニードル・ブレッドなる杭状の武器を確かめながらこうも言った。
「でもなぁ、知らず知らずの内にあいつは周りを味方に付けちまうのさ。どうしても『このバカを何とかしてやらなきゃ』って気にさせられる。キサラギもケイトの奴も。かく言う私もそうだ」アメリアはすうっと肩の力を抜き眼下の白亜の虎を静かに見つめている。
「ヴァルデス殿よ、あんたには余人が得んとしても持ち得ない豪胆さと膂力がおありだ。誰もが貴殿の背中を見て憧れ追い求め、有無を言わせず従わせる希代の英傑であるやも知れん。それでも私はあなたと征くつもりはない」
ゲルダはアメリアの次の言葉を待つようにして黙したままである。ただ、視線は絶えずヤヨイの動向と己が刃に注がれていた。
「貴殿が覇道を征く者であれば、ルナン・クレールは……そう王道、不屈なる王道の仁だ!」
「王道じゃと!おめでたいのぉー」ここでいきなり茶々を入れて来たヤヨイをアメリアは奇声を上げ制した。
「あいつはいつも声なき人々の、弱い立場にある無辜の市民たちの護民の騎士であろうとした。現に今回も徒手空拳から、見事に難民とミハエル・デュシャンの脱出を成功させたぞ!あいつの口癖はな『どうしたら子らが路頭に迷わない、女が泣かなくていい世界が造れる?』だ。私は英傑の背中を追うのではなく、共に手を携えて行ける不屈の人と歩んでいきたい!これが私の答えだ。ゲルダ・ウル・ヴァルデス!」
これにゲルダは怒りではないが、相対する人間に胸騒ぎを抱かせるような低くそして腹の底から絞りだすような声色で
「よーっく解ったヨハンセン!我にもな忠義に厚く、時に忌憚無き忠告をしてくれる友がおる。その者はな、ルナン・クレールをこの機を逃さず討ち獲れと進言した!」と、気炎を上げるゲルダはゆっくりと長刀の切先を真っすぐアメリアに向けて来てから
「どうやらあれの読みは当たっていたようだ。我も性根を据えて貴殿を撃ち、しかる後にルナン・クレールの首級を挙げるとしよう」と、次に長刀を刃を上に向ける形に持ち替え真っすぐアメリアを狙いすます。そしてブーツの底を捻じり込むようにしてグリップを強く得るや
「もはや悠長にしておれん。来い!アメリア・S・ヨハンセン。ケリを付けようぞぉ!」正に大虎の唸りさながらに戦艦『ジャンヌ・ダルク』の左船体ブロック全体の空気を震わせるような咆哮を挙げた。
アメリアもそれを受けて中央船体連通路前室の天井部を両腕で力強く押し上げ、自身の体躯を送り出した。彼女はもはやこれまでと覚悟を決めていた。己が体一つ火の玉が如くに刺し違えてでもゲルダを仕留める。全てをこの一手に賭けた。
「あんた……ごめんね。こんな定めなんさぁ」そう呟き、床面に足が届くや否や磁力帯軍靴の効力を得て床面を駆け蹴り、ゲルダに向けて突進を開始した。
「軍神アレスよ。我が願い聞き入れよ!」あと数メートルでゲルダの切先が届かんとする間合いでアメリアは
「オーヴァー!」獲物目掛けて無重量状態の空間を切り裂き飛んだ。
「惜しいが、無駄よ!」ゲルダが口元を歪ませて牙を閃かせた刹那。戦艦の船体その物が地震が起きたかのように縦に大きく揺らいだ。
ドイツ大海艦隊は目前の二艦における戦闘を中止させんがために威嚇射撃を何の通告もなく行った。旗艦『ベルリン』から放たれた十発に及ぶ主砲の巨弾は擱座している巡洋艦の周囲に弾着。土塊の爆炎が上がり岩塊に大穴を穿つ。その衝撃の凄まじさは巡洋艦よりその船体に二つの舳先を突っ込んでいる戦艦の方がより大きく伝播して行ったのだった。
「……‼」ゲルダのグリップが突如に喪失。今の揺れで磁力帯軍靴が床面を離れてしまい、ゲルダの体躯が防御を取れぬままで宙を泳ぎ始めてしまっていた。
「覚悟ぉー!」アメリアが繰り出すニードル・ブレッドの切先はゲルダの眉間を捉えていた。迷うことなくアメリアは引き金を引いた。弾丸となった杭の切先がゲルダの眉間へと放たれた。
「姉様ぁ!」咄嗟にゲルダが目を閉じて叫んだ。
アメリアは驚愕の表情を浮かべたままで、二人の傍らを往き過ぎた。彼女の必殺の一撃が貫いたは紅の甲冑。その肩部アーマーに刻印された金色の三つ巴紋のど真ん中だった。
ヤヨイ・斑鳩が身を挺してゲルダに覆い被さっていたのだ。彼女の肩部アーマーの隙間から鮮血が血球となって溢れ出してきている。
「斑鳩ァァー!」憤怒の豪放を挙げるアメリアを尻目にして
「悪う思いんさんな。こがいな美しい戦いをするお人を死なすなぁ惜しい思うたんじゃよ」ニヤリとヴァイザー越しに目を細めて見せたヤヨイは、未だ何が起きたか解らずにいるゲルダを飛燕の方向に押しやり、アメリアの前に立ちふさがった。
「飛燕!ゲルダ様を伴い撤収せよ」
飛燕は“撤収”の言葉を聞いてから正気を取り戻し、再び挑みかかろうとする猛虎の腰に取りついてこう告げた。
「ゲルダ様、たった今東雲中尉から連絡在り。ドイツ大海艦隊からの即時戦闘中止勧告を受諾したとの事であります。次弾は二艦まとめて撃沈するとも。もはやこれまででございます!」
ゲルダは体を震わせては、アメリアを睨みつけ怒りの収まらぬ態であったが、すぐさま踵を返して飛燕を伴いこの場を辞去していった。
「見事に裏切ってくれたなぁ!」
「裏切りたぁ聞こえが悪いけぇ、できれば“返り忠”言うて欲しいもんじゃなぁ」ヤヨイはアメリアの目の前で左肩のニードルを抜き去りながら、不遜に笑う。
「はなっからそのつもりだったのかぁ?」アメリアは小盾のニードルを裏切り者の紅狗に向けると、ヤヨイは爛々とさせた眼を灰色狼に向けてこう言い放った。
「何が王道か!青臭うてやってられん。わしゃ勝ち馬に乗りたい、ただそれだけじゃよ。あんたたちは本物の戦場を知らんのじゃろう?籠城戦で飢《かつ》え殺しに合うたことなんて無いのじゃろうね!」と、抜き去ったニードルをアメリアの顔面に投げつけた。
無言で血まみれのニードルをよけるアメリア。
「人はな、飢えが続けば本性を現すものさ。理念も正義もない!自分だけが生き残りたいがために僅かな食糧をめぐって殺し合う。わしもな母親が隠し持っとった離乳食のペースト瓶すら奪い取ったぁ!」
「その親子をきさまは……」
「当然ながら母親は突き殺し、その亡骸にすがって泣き喚く赤子も後を追わせてあげたさ。今でもその時の泣声が耳に残っとる。負け戦はなぁ悲惨なだけじゃスナール。戦は勝たにゃあ意味がないんじゃぁ!」ヤヨイは利腕を伸ばして、刃こぼれを気にしていた業物の切先をアメリアに向けて続けてこう悪しざまに言い放った。
「いずれはあんたの王道の仁と覇道を征く者は、もっと大きな戦で鉾を交えるじゃろう。その時勝つはゲルダよ!ほいであんたは思い知るんじゃ。自分が生き残るためにその王道とやらをかなぐり捨てるのをなぁ!」
アメリアは物言わずいつでも飛び掛かれるよう体を低く構えた。
「お望みならお相手しちゃろうか?……いや、止めておこうやぁ」と、言うなりヤヨイは刀を素早く鞘に納め、一歩後ろへ退きそのまま宙を流れ始めた。
アメリアもこれも潮時と諦め戦闘態勢を解くも、目はヤヨイの動きを追い続ける。
「いずれこの決着はつける。覚えておけ!そんな時でもルナン・クレールは人々の盾であり続けるだろう」そんなアメリアにヤヨイは烏帽子形兜の下から目じりを一層上げたままで
「じゃと、ええがのぉ。キサラギによろしゅう言うときんさいな。われの事は愛しとるよと。では、御免」十分離れたと見切ったヤヨイは背を向けゲルダと飛燕の後を追い遂にその姿を消した。
一人残ったアメリアはその場で立ちすくんでは天井を仰いで怒号を上げ続けた。その姿、まさに月夜に遠吠えする灰色狼。比類なき豪傑ゲルダ・ウル・ヴァルデスを退かせたとは言え勝利の凱歌を挙げるに心持には程遠かった。そんな彼女の許に、右船体側の指揮を任せていた、ロベルト・マクミランからの連絡が入って来た。
「おうっ!それでいい!寄せ手の突入を防げただけでも充分だ。そちらの被害は?」アメリアは何度か息を付いては昂る気持ちを抑えて冷静に事後の対処に当たらんとした。
「二名が死亡……そうか。こちらはほぼ全滅だ。あと、斑鳩が寝返った」ヘルメット内蔵の通信機から送られてくる、ロベルトの驚愕の声に肯きながらアメリアは、全部隊を一旦中央船体区画に集合させるように指示した後、彼から告げられたある報告に戦慄してその場で目を泳がせ始めた。
「キ、キサラギの安否が不明……だと」
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