魔法使いに浮かせられることしばらく。その間森を抜け、来た道を戻ってから、さらに大門を通り抜け高地へ。
高地は、かなり高いところにあるようで、一番上まで上がれば雪が積もっているところが見える。
まだ俺が宙を浮きながら移動しているこの辺りは雪こそないものの、下と様子が違い、余り草木は見られない。緑はところどころにあまり大きくない芝や、苔があるだけだ。
魔法使いはようやく俺を下ろす気になったらしく、俺は久しぶりの地面の感触に少し安心を覚えつつも、不敵に笑う魔法使いを警戒してしまう。
落ち着け俺。
この世界が意外に物騒な世界なのは先ほどのやり取りで少し察した。これからは自分の安全についてすこし気を付けなければならないだろう。
それにしてもこの男は、格好もそうだが少し気になることもいろいろ言っていた。
花の精霊とか、魔法とか。どうやらいろいろと知っているらしい。
「なあ」
「歩きながらでいいかい。君が質問を持っているのは分かるが、先に拠点へと向かっておきたいな」
「ああ、それは別にいいけど、そこに行って何かあるのか?」
「少なくとも、住む場所と情報は手に入る。今の君にはいろいろと必要だろう?」
まさしくその通り。
「俺のことを知ってるのか?」
「いや、よくはしらない。けれど、君がこの世界で生まれた者ではないことはよく分かる。右手にクリスタルが出るのがその証だ。僕ら原住民は基本的に左手にクリスタルが浮かぶからね。そして僕はこの地に迷い込んでしまった迷い子を導くのが趣味なのさ」
見た目は若い二十代くらいなのだが、意外に歳をとっているのかもしれない。
いや、それよりももっと大事なことをこいつは言っていたような。
「趣味ってことは俺以外にもいるのか? その迷い子ってヤツ」
「ああ、もちろん。君と同じで右にクリスタルを宿しているイレギュラー。普段は高地に拠点を構えている。門から上の高地には幻獣は来れないからね」
「幻獣、危ない奴らなんだな」
「友好的な種もいるけど珍しいだろうね。彼らも炎を本能的に欲するから、体内に炎を得ている僕らは格好の得物だからね」
「そんなやつらを、魔法で倒したり?」
「ははは。君は好奇心豊富なんだね。僕は魔法使いだからたくさんの魔法を使えるけれど、君は僕を気味悪がったりしないのか」
なんとなく聞いてみたが、どうやらさっき俺を助けてくれたこいつはやはり魔法を使えるらしい。もしかすると俺も。
「さっきのを見てもしかすると自分も使えるのかなって思ったかい?」
見破られてしまった。
「その答えとして、僕は可能だが、まだ難しいと答えよう」
「でも、頑張れば使えるのか?」
「もちろんだとも。君の体に流れる炎は、いわばエネルギーの源。この世界は願いが現実となる世界なのだから、魔法だって使えるとも。だけど。それは後でのお楽しみだよ。君はまず、自分が置かれている状況についてもっとよく知ったほうがいい。見たところ、右も左も分からないという様子だからね」
魔法使いは少し笑って、俺のについて来いという。
逃げることもできそうだが、俺はもう少しこの男について行くことに。
なにせ預言者のように俺の今の状況を言い当てている。この男はまだ何者か分からないけれどついて行って得るものはありそうだ。
それにさすがにもう一度、これが罠だったら今度こそ俺は人間不信になりそうだ。さっきの子も見た目も話し方もとても快活で悪いようには見えなかったのに俺を養分にしようとしてきたし、これ以上の危険は御免だ。
この男に少しついて行くうちに、視界に家のようなものが見え始める。
「あれは……」
「高台には暗黒人の村が2か所。と言っても、村と全然言えないただのいくつかの建物の集合があるだけさ。僕らはここを寄り合い所と言って生活の拠点にしている」
確かにこの村ともいえない寄り合いがあるこの場を、本気を出せば5分で端から端まで行けそうな気がする。
「住民は200に満たないだろう。まずはここの長となっている男に挨拶をするといい。僕が案内しよう」
魔法使いは堂々とその寄り合い所に堂々と侵入する。
長の家は寄り合い所の中心にあるようで、そこに至るまで、結構な人数とすれ違った。上半身が裸だったと今さらになって思い出し、とても恥ずかしい思いをしながら、マイペースで歩く魔法使いについて行くしかない。
それにしても、魔法使いは意外に好印象を受けているらしく、すれ違う際に気兼ねなく挨拶をしてくる。そしてその後ろをついていく俺に、かわいそうな目線を向けてくるのは本当にやめてほしい。本当に恥ずかしいよ。
それはさておき、さすがに狭いのですぐに到着して。
「おっと、そう言えば思い出した。服がないよねきみ」
「いまさからよ!」
魔法使いが持っている杖が再び炎に包まれる。
「それ、魔法か?」
「ああ、己に巡る炎をエネルギー源として、この世界に奇跡を起こす。服を生み出すことくらいは容易いよ」
炎は杖を離れて、一つに集まり、そしてその炎が変質して服となった。
すごい、これは俺の世界にはなかった力だ。
魔法って目の前にして、きれいですごいなー、という幼稚園児並みの感想しか出てこないあたり、自分の頭の悪さに悲しい限りだ。
建物の中に入ると特に複雑な内装ではなかった。入った瞬間一部屋の広い空間があるだけ。テントと言うよりは遊牧民族の家と言うイメージの方があっているかもしれない。
「やあ、ドウコク。新しい迷い子だ。仕事中申し訳ないけど」
「いや、構わん。ちょうど休憩していたところだ。そうか、新しい奴が来たか」
そのやや怖い目つきをした、身長190センチくらいある男が俺のところに、ドスドスと足音を立てて来る。
もしかして俺、また怖い目にあうのか?
そう思い、体が震え始めた。
ドウコク、と言う名前らしい男が、もう俺の目の前に、手が届くところまで迫った。
俺、何をされるのだろう。隣で笑みを浮かべる魔法使いの男を見ると、笑顔を浮かべてるがその笑顔が本当に悪い顔に見えてきた。
また嵌められた。
そう思ったのだが、
「やあ、新入りさん! 歓迎しよう、新しい同胞よ!」
意外にも、俺は好待遇で受け入れられた。
差し出された手は、それを示すように握手を求めるもの。俺は恐る恐る手を出し握手に応じる。
凄まじい握力を俺を襲い、手が痛むが、どうやら悪気はないようで、向こうの男は嬉しそうに握手を続けた。
でも、痛いものは痛い。
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