各地に残る神代の残り火である〈オーパーツ〉。かつての栄華の最後を飾った人間が各地に封じ、後の世で悪用されることがないように封じた。
この世界の〈神殿〉はその先史遺産を封印している場所であり、訪れる者にかつての神代の威厳や格式を垣間見せる。それでなお強大な力を求める者に試練を与え、その試練に打ち勝った者が、神殿に残された炎の力を受け継ぐことができる。
その建物は形が奇妙というわけではない。形は円柱形だ。
奇妙なのは広さだ。どう見ても人が10人ちょっと入るのが限界だ。これでは休憩所として機能しているかも怪しい。怪しい光のラインが通っていて、横開きのように見える自動ドアみたいなドアもある。
想像力豊かならこれが一体何なのかが分かるのかもしれないが生憎と俺はそんなに豊かなわけではない。
見た目エレベーターに似ている、というぐらいしか思いつかない。
入るか?
いや、怪しいだろ。レリエットに会うべきなのでは?
しかし、ここで重要なことを思い出す。今からレリエットに会いに行こうとしても俺は今まさに迷子となっている。
どこをどのように行けば、レリエットに会えるのか全く分からない。
「うーん」
独り言を言いながら、恐る恐るその建物の入り口らしきドアに近づく。
俺の存在を感じ取ったのか、その建物のドアが開いた。
なんと内開きだった。すこし驚いたが俺を歓迎してくれているようだ。
背中に背負った大剣を握りしめ、いつでも振ることができる状態にして、何の意味もないだろうがとりあえず忍び足でその建物に入る。
ドアが自動的にしまった。
アレ……? 俺死んだか?
この手の自動的に閉まってしまうドアというのは大体罠だ。昔やったことがあるゲームの中ではこの後、俺はひどい目に合う。生きることもできるが大体厳しいのだ。
それにしてもどうも浮遊感があるような。エレベーターが速めに下りている時に感じる感覚によく似ている。床が動いているようだ。
――ということは、これはエレベーターのような、ではなくこれはエレベーターなのでは?
そんなことを考えて15秒くらい、昇降機は停止し俺を閉じ込めた扉が開く。
そこはやはりと言うべきか、俺が入った時とは違う光景が、ドアが開いた瞬間に俺の目に映る。
広い空間だ。目の前に一本道。幅は人が並んで2人は歩けないくらいだ。そして25メートルくらい先に、円形の足場があり、それ以外は地面が見えない奈落になっている。
雰囲気は最初に訪れた荘厳な神殿に近い。
「ええ……」
足場に手すりはない。足を滑らせたら俺が行く末はあの世だろう。
怖い怖い。
しかし、このような建築物があるとは俺は知らない。まつひろさんとかは知っていたのだろうか。
いずれにせよ、これは俺に訪れた幸運と言ってもいい。まだここが死ぬしかない地獄か、ワンチャンあるかどうかは分からないが、森を彷徨うよりはよかっただろうと、明るく考える。もちろん森のことをもっとよく知っていなかった点は反省すべきだが。
大剣はなんだかんだで重いので、バランスを崩さないように目の前の道を歩くことに。
少しずつ空間の中央に近づいていくと、中央の足場はそれなりに広いようで、どういうわけか形が崩れていない人型のガイコツが座っている。
明らかになにかの意味がある。しかし、まだ動き出す様子はないのでそのまま俺は近づいていくことに。
そして中央の足場についてもガイコツはまだ動かない。もう少し近づいたほうがいいだろうか。
手が届きそうなくらいまで近づいたときに、やはりというべきかガイコツは動き出した。よく見るとなにか身に着けている。
右手には持ち手だけが残った剣、左手には欠けているように見える盾。
「ナジン、カカラチスルヲノモホッ」
何を言っているのだろうこいつは。
いや、でも初めて聞いたわけではない。あの時は特に気にしていなかったが、確か聖獣も同じような理解不能の言葉を発していた。
しかしそれを理解する前に今の俺に必要なのは、これから何が起こるかではないだろうか。
「サイン、ナライシホ、ワレ、アタマシニルヲエエレオン。ナハルレコ、〈ナイトプライド〉。ワレ、ナマリルヲレコモモノ」
ガイコツ兵は立ち上がる。
同時に魔法を使ったのが分かる。
何の詠唱をしていなくても、右手に持っていた剣の柄の先から、炎で形作られた片手剣の刃が生まれ、そして盾の欠片を中心に、こちらも炎で模られた円形の盾が発生する。
両方、俺が使っている炎ではなく、赤い炎で作られている。
そして剣先を俺へと向けた。
「カマエロ」
構えろ?
俺に大剣を構えろと言ったのか?
よく見ると足場の縁《ふち》を辿るように、紅の炎の壁が生成されて俺が逃げられないようになった。
やるしかない。
俺は変わると誓ったばかり。ここでしり込みをしている場合ではない。
「行くぞ……」
呼吸を整えて、大剣を前に構える。
ここに来るまでに何度か振る練習はした。要は相手にぶつければいいのだ。浅い考えだと思うのなら笑えばいい。でもとにかくまず相手にぶつける。それができることが第一歩だ。
ガイコツは攻めてこない。
「マエオノ、カラチ、カハル。イコ」
つまりお前から来いということか。
「うおおおおおお!」
足踏みに意味はない。俺は剣を担ぎ走りだす。そして思いっきり上から剣を叩き落した。しっかり相手を見定め、剣の刃を相手へと向けた。
もちろん炎は忘れない。炎のあるなしでの威力の違いは教わった。俺は剣に炎が灯るよう念じることで、魔法を使って、大剣に炎を纏わせる。俺が使っているのが、まつひろさんの言うことが正しければ〈煌炎《こうえん》〉であり、強い炎であるならば、相手の赤い炎の盾には負けないはずだ。
ガイコツ兵は紅炎の盾でそれを受け止める。いや弾いたのだ。一瞬の激突の直後俺の大剣が跳ね返されるのが分かった。
「な……」
「〈オーパーツ〉ニ、マッスグ。カオロ」
〈オーパーツ〉、魔法使いが言っていた道具の名称だ。そういえば、あの魔法使いも、強力な武器だと言っていた。今俺が使っているドウコクさんの剣も、破片をつけているらしいが、あくまで破片。向こうが使っているのが本物ならぶつかり合いで負けるのかもしれない。
待て待て待て、そんなことを悠長に考えている場合じゃない。
向こうが斬りかかってきてる!
「ネシ」
「まだだ!」
体勢を立て直して、今度は向こうから斬りかかってくるのを迎撃する。剣を力いっぱい振り上げる!
斬り下ろしを見舞ってきたアイツの剣と俺の剣がぶつかり合った。今度は目一杯炎が出るように念じた。すると炎はそれに応えてくれたように出力が上がり、今度は俺だけが弾かれることはない。
俺と相手のガイコツが両方体勢を崩す。
もう一発。
そう考えて次にいこうとしていた俺に、すでに炎の刃が迫っていた。
「は……?」
速い。さっきまでバランスを崩していたにも関わらず。もう炎の刃を、俺の喉元まで届かせようとしている。
どう考えたって人間の挙動にしては速すぎる。
とっさに大剣を手放し、身軽になった状態でその場から跳躍して離れ難を逃れる。
「いやだめだって――」
すぐに、武器を話してどうするんだ俺という結論にたどり着く。
ガイコツの剣は空を切ったが、再び俺に向かって迫ってくる。
俺はとりあえず逃げて機会を窺おうとした。
「ダム!」
なんとアイツ、盾を投げやがったのだ。その盾は、俺をしっかりと追尾してきて、俺を真っ二つに斬るんじゃないかと言うくらいに鋭利に見える。
防御の魔法は覚えている。魔法が発動するように念じた。〈フレイ・シルド〉を使い手に炎を集中させるとあえて手を盾に、投げられた炎盾にぶつかった。情けなく俺は飛ばされる。
痛い!
手の甲を見るとライフクリスタルの個数が3つあったのに残り1個と半分になっていた。
ヤバイ。今の奴をもう一度食らったら死んでしまう。
俺は痛みを我慢して立ち上がり、ガイコツを見る。これでも10メートルほどは離れたので、まだ猶予はあるだろうと思った。
そんなことはなかった。
すでにガイコツは接近しているどころか、もう俺に向けて止めと言わんばかりに、大振りの上段斬りをしてきたところだった。
動き速すぎないかこいつ。
魔法を続ける。〈フレイ・シルド〉で辺りそうなところを炎で守った。
――ぐ……体に強い衝撃が走ったのが分かった。
「いってぇ……!」
歯を食いしばり、失神しそうなところを何とか耐えるが、ガイコツはすでに次の斬撃を俺へと向けてきている。
後ろに跳んでそれを躱《かわ》した。しかしそこで信じられないものを見ることになる。
振られている途中のはずの剣が、途中で、まるで何かにぶつかったかのように急停止し、そのまま俺に向けて飛んできたのだ。ガイコツはまるで剣に引っ張られるかのようにこっちに急接近してくる。
残りのライフクリスタルは1個。さすがに次は保証できない。
こっちも跳躍中だ。方向転換何てできるわけない。
死ぬ……!
「〈フロラリア・バーン〉!」
女の子の声。聞き覚えがある。
ガイコツは急停止。
「ナニノモ?」
ガイコツが展開した俺を逃がさないための障壁に真っ向から挑む、黄色の炎の火炎放射。よく見るとその中には綺麗な花びらが見える。
障壁に亀裂が入った。
その亀裂をめがけて、太い植物のツルが突進。俺を巻き取ると俺を回収して、円形の闘技場から離脱させた。
回収された俺はツルで巻き取られ空中を浮遊している間に、この緊急事態を作り出した少女を見た。
「レリエット?」
「馬鹿男! ここがどこだか分かってるの!」
大変ご機嫌ナナメなご様子。口ぶりから察するに、どうやら俺はとんでもないところに入ってしまったようだ!
レリエットはガイコツに向けて、例の言葉を使った台詞を言った。
「ココノ、ダマ、カガナニココ、ナライシ、キャジクン。ダイチケド、ウユヨ、イシホ」
やはりこの世界の共通語なのだろうか。しかしレリエットは確か俺達と同じ言葉を話していたはずだが……。
「ダイイウロ。ガダ、ハギツ、ナイ」
俺は元来たエレベーターに放り投げられる。
ドアは閉まり、先ほど俺をここまで下げた昇降機が今度は上がっていくのが分かる。
「助けてくれたのか?」
「……まあね。どうせ死ぬなら私のものになってほしいし」
ということはこの後俺は養分に……。
それは交渉次第であることを祈りたい。
今は、急に襲われたこの建物がいったい何なのか、知りたいという好奇心でいっぱいだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!