先史遺産。またの名を〈オーパーツ〉。現代の世界の技術では作ることのできない炎を主エネルギーとしたテクノロジーやそれが用いられた物を指す。神代の人間たちは、空を飛ぶ竜を恐れぬ飛翔機、海神の災害を超える大型船戦闘艦、幻獣をものともしない武器や防衛機構をそろえたことで、時代の覇者となり神代と呼ばれる人間の時代を作ったという。
しかし、遥か太古に起こった魔王と光の種族との大戦争により、そのほとんどが失われ、今は各地の秘境に奇跡的に残っているものがあるだけだという。
死者の炎を救い上げ、たいまつの輝きにするのも魔法使いの役目だという。
仕事を終える前に、俺はドウコクさんが死んだところへと向かった。そこにもう聖獣はいない。十分に暴れて帰ったのだろう。
紫の炎をまつひろさんが持っている。あれがドウコクさんの残り火なのだ。
近づくとさすがに俺の存在に気が付いたのか3人のうち1人が、こちらに走り迫ってくる。
その様子は明らかに怒りが籠っていた。そして俺に向けて右手を勢いよく近づけてくる。
殴られた。
――痛い。
「お前……おまえぇえええええ!」
弟子の1人、シルグイだった。
「よくも俺らのところに顔出せたな! よりにもよってアニキが死んだここに!」
「ごめん」
「ふざけんな。お前死ねよ! 死ねよぉおおお! それでアニキを返せよ! 俺の……大事な恩人を殺しやがったんだ。何が〈煌炎〉だ。死んで詫びろ!」
もう一撃拳が飛んでくる。
目を閉じた。
しかし、痛みはもう感じなかった。
「やめろ!」
片手しかないパンチーがシルグイを力の限り引き離してくれたのだ。
「離せ、離せよ! こいつはアニキの夢を奪ったんだ! 死んで償うべきだろうが」
「ドウコクのアニキが体張って生かしたんだぞ! お前はその意志を無駄にする気か!」
「うるせえよ!」
ドウコクさんはもういない。その話を聞くことはもうできない。しかし、ドウコクさんにも大切な目的のために戦っていたのは、容易に想像できる。
ドウコクさんはそれだけではなく。集落で絶望的な敵と戦う中の陽だまりとなっていた。
希望を失わないように居場所を作って皆を率いて次は必ず勝てると励まし続ける。
それは偉業だ。俺なんかが努力しても遠く及ばない偉業だ。
殴られたところの痛みが頭に響く。
涙が出そうだった。しかしそれは痛みではない。情けない姿を晒して、ドウコクさんに庇ってもらって、そんな自分はいくら頑張ってもドウコクさんに庇われるほどの人間じゃないという、情けない自分の存在を自覚したから。
まつひろさんが自然に俺の前に立って、シルグイの邪魔をしてくれた。
「まつひろさん、どけ、そいつ殺してやる!」
「やめなさい。シルグイ。見苦しいわ。ドウコクさんはこの子をかばった。それがたった1つの事実よ」
「ふざけんな! そいつをそのままにして納得できるかよ!」
「なら私が相手になるわ。この子には、ドウコクができなかったことを成し遂げるまで、私は死なせたくないもの」
苛立ったパンチ―がシルグイを投げ飛ばしたのはその時だった。
「見苦しいんだよ。ドウコクのアニキにその無様なところ晒すのか!」
「お前だって」
「ああ、許せない」
パンチーは俺を許さないと言った。当然だ。
しかし、彼はなぜ腕一本を失くしても、シルグイを止めてくれるんだろうか。
「だけどアニキが庇った男だ。たとえただのラッキーな一般人でも、何かを成し遂げてから死ぬぐらいのことは絶対にしてもらう」
パンチーは俺の方を見た。きっとそれを俺へのメッセージだったんだろう。
俺はその時頷けはしなかったが、それを見る間もなくパンチーはシルグイに言い切った。
「俺だってアニキのためにこいつを庇った。いくらお前でも無駄にすることは許さねえ」
「くぞがぁ!」
「なんとでも言え。帰るぞ、少し頭冷やせよ」
「おい。てめ、何を」
パンチーは魔法を使って、シルグイを浮かせ動かすとそのまま集落の方へと歩いていった。
まつひろさんは俺に殴られたところの痛みを飛ばす、治療をしてたときと同じ碧炎の魔法を、使おうとしてくれたけど、それは断った。
「あら、いいの」
「ああ。ガツンときたよ。今の」
「そう。ならゆーすけちゃん。今日はしっかり休みなさいね。まだ本調子じゃないんだから」
「でも、ドウコクさんに一度謝っておきたくてさ」
「いいのよ。アニキが望んだことなんだからね。それよりもゆーすけちゃん。大事なのはこれからよ?」
まつひろさんは華麗にウインク。慣れているのか、ぎこちなさは感じない。
「失敗は次への糧。貴方がこれからやることが、貴方がこの世界を攻略できるかどうかにつながると思うの」
俺は頷いた。
まつひろさんはほっとした顔で俺に追加でこのようにいった。
「あなたより少しだけ長生きしている先輩としてアドバイスよ。逃げちゃだめ。大人にはね、たとえ誰から何を言われようとも、誰かにいじめられても、逃げちゃダメな戦いが必ずあるの。きっと今がその時なんじゃない?」
「うん。そうかも」
「ええ。最終的には、愛しの幼馴染を助けなくちゃいけないんだから。ヒーローになるためにあなたがすべきことを見つけてまっすぐやりなさい。私も頑張るから、どっちが先にドウコクみたいなヒーローになれるか競争しましょ?」
まつひろさんは先に集落へと戻っていった。と思ったら、何かを忘れていたという様子で、こちらに戻ってくると、
「これ、アニキの形見、せっかくだからあなたが使いなさい。競争って言ったけど、よく考えると私の方が先輩だしハンデはあげないとね」
そう言って俺の前に、大剣を置く。それは、ドウコクさんが使っていた大剣だった。本人と最後まで戦ったこの剣は奇跡的に折れずにその場に残っていたということか。
「じゃあ、また後でねー」
今度こそまつひろさんはこの場を後にした。
一般人じゃいられない。
確かにその通りだ。和奈を救わなければいけないのは俺だ。他の誰でもない。
そのために金が稼げるかもしれないこの世界に賭けたのだ。ならできなくても仕方ないなんて言い訳は通らない。
「ヒーローになるのか」
なんか響きは非常に子供っぽいが、それでもまつひろさんの言葉は、決して間違っていないと分かる。
しかし、そんなことを言われてもすぐに何をしようかと考えつかないのが、日々を怠惰的に生きてきた俺と言う生物だ。
必至に考える。
足りない頭をフル回転させて、これまでの人生を振り返る。
ヒーロー、かとうかは知らないが、俺にも凄いと思える人間がいたことを思い出した。
和奈は日々菓子屋の後継者になるべく頑張っていた。
『お母さんはすごいから、厳しいけど尊敬してるから、真似してるの。いつか母さんみたいになれるように』
俺も頑張ろう。
何から始めていいか分からないけど頑張ろう。
俺は、この攻略不可能な冒険を攻略して、和奈を助けるために金を手に入れるのだ。
「俺もドウコクさんに助けられたことを誇れるような自分にならないとな」
独り言は決意の証だ。
目の前に置かれた大剣を、ドウコクさんの真似をして背負った。
まずは何をする?
――うーん。分からない。とりあえず強くなろうとは思うがどうすれば強くなれる?
「おや? それはドウコクの大剣じゃないか」
たくさんの炎を集め、自分の周りにたいまつを浮かせている魔法使いがここに来た。
「〈オーパーツ〉の破片がついているからね。破片を集めて作ったお手製の無骨な刃でも、古代遺産だから、炎を入れれば強力な武器になる。ドウコクの強さの秘密はまさにこれだね。いい武器だぜ、そいつは」
俺がよく理解していない新しい言葉を使って、ドウコクさんの強さの秘密を語る魔法使い。
その話はともかくとして、この魔法使いは物知りだろう。
分からないことがあるならば、詳しそうなこいつに訊けばいい。
「なあ、俺、もっと強くなりたい。どうすればいいんだ?」
「ノーコメント」
は?
「僕は基本的に見守る者さ。プレイヤーの治療は許されているが、攻略の手助けはあまりしない。それに言っただろう、対価が必要だとね」
「じゃあ、あれば」
「いやあ、僕が要求するのは今の君には用意できない」
へらへらした顔で、俺の要請を拒絶する様子を見ると腹が立つがここは我慢。確かに、この魔法使いはあらかじめしっかりと宣言していた。ゲームのルールに怒りを示しても仕方がない。
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
「ははは、まあ、自分で考えるといい。だが、アドバイスをすると、僕以外にも、この世界が生まれの子はいるだろう?」
魔法使いは俺ではない何かを一瞥する。
その先は森。花の妖精レリエットが住んでいるテリトリー。以前2度も襲われているのでなかなか危険な場所だと認識している。
しかし、背に腹は代えられぬといヤツだろう。
冷や汗が出るが、現状俺にできることはそれくらいしか思いつかない。
「出発は明日にするといい。それまでには僕の魔法で、しっかりと君を完治させよう。森が危険なのは知っているだろう。体調は万全にしないとね?」
「……おう。分かった」
明日から頑張る、という言葉は、結局頑張らないフラグだろうとツッコみが入りそうだがあえて言おう。
明日から頑張る。俺は、明日から本当のヒーローになるのだ。
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