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戸﨑享
戸﨑享

11 聖獣討伐! 和奈を救う戦いが始ま――

公開日時: 2020年11月2日(月) 01:41
文字数:3,720

いよいよ噂の聖獣討伐……!

 前日と違って皆が緊張しているのが目に見える。


 いつもは快活で穏やかな感じのドウコクさんも、今日に限っては緊張感マックスで、完全に怒っているだろうと勘違いしそうな見た目だ。


 紫炎は幸福と腐敗の象徴。その恵みは、迷えるものを導く光の予言となり、その炎に焼かれたものは、徐々に体が、心が腐って正しいカタチから離れていく。怨霊を宿す死者、もしくは彼らに精神が近いものは生まれつき紫の刻印を宿し、この世の理を乱す厄災を振りまく邪法を使う。




 蒼炎は清廉と無情の象徴。その恵みはあらゆる淀みを消し去り秩序を保ち、その炎に焼かれたものはあらゆる喜びや享楽を消し去られ、絶望を知ることになる。かつて世界の覇者で会った竜人族、もしくはそれに精神が近い者が生まれつき青の刻印を宿し、世界の悪を消し去る制裁を放つ。






 まつひろさんは後方支援を得意としているらしく、戦いながらも俺の面倒を見てくれるらしい。


 今回は、あの魔法使いも同行している。


「いよいよ今日だねー」


 呑気なのはこの魔法使いぐらいのものだ。


「あんたも手伝ってくれるのか?」


「いいや、僕はそもそも手出しを禁止されているからね。それに別のことに力を使っていて、君たちを十分に助けてあげることはできない」


「じゃあ、なんでついてくるんだ?」


「僕は偉業を見届けるものとしてその光景を見なければならないからね」


 魔法使いは自分の杖を軽々振り回しながら、この先に待つ光景を楽しみにしているかのようにご機嫌だ。


 しかし、その表情をまともに受け取ってはいけない。


 そうでなければドウコクさんや、イメージトレーニングをしているまつひろさんがとてもシリアスになっていることに説明がつかない。


 戦いの場は高所ではなく、以前ダックルと戦った低所の広原。


 狩りの時と場所が同じにも関わらず、緊張感を加速させるのは今のおかしな天気だろう。


 上に綺麗な光る円があるのだが、その色はオレンジに近く、さらに空は暗い。視界が完全に暗いわけではないが、昼のように明るくもない。


「そういえば、こんなに大勢で、真っすぐ平原に向かってるみたいだけど、倒すならそれならバレないようにした方がいいんじじゃ」


「それは無駄なのよ、ゆーすけちゃん」


 まつひろさんの一言。いったいどういうことか?


「聖獣側も分かっているようなのよねこっちの事情を。聖獣は私たちが姿を現さないと姿を見せないの」


 一体どのような存在なのか、怖さ9割、怖い者見たさ1割という心境だ。


「ああ、そう言えば」


 魔法使いは突然わざとらしく声を上げる。


「君は、防御の魔法を使えるんだっけ?」


 初耳。


「なにしょれ……」


「それがないと余波で勢いよく飛んできた小石で死んでしまうかもしれない。普段は手を出さないが、これは教えておかないとね」


 それは今言うことではない気がする。


 しかし、もっと早くに言え、というツッコミも良くはないだろう。


 わざとらしいとはいえ、この魔法使いが言葉にしてくれなければ俺は何も知らないままだった。ここはむしろ粋な配慮に感謝して、


「頼む、教えて!」


 好奇心旺盛におねだりするべきだろう。


 俺のおねだりをしかと聞き受けてくれた魔法使い。レクチャーが始まる。


「物や体に炎を移す方法は習ったかい?」


「うん、まつひろさんに教えてもらった」


「まずは……とりあえず腕にしようか。守りたい部分に炎を移動させる」


 実は今日に備えて昨日、教えてもらったところまではしっかりと復習していた。


 今行った俺の炎の扱いを見て、まつひろさんが感心してこちらを見る。


「そしてその腕にもっと炎を集中して、炎の膜を厚くする感じで」


 つまり腕に移った炎にもっと燃え上がれと命令しろということか。昨日の練習で、この炎は俺の願いをけっこう反映してくれることは確認している。


 俺は強く念じる。もっと燃えろと。


 ――すると、確かにこの魔法使いが言った通りに炎が厚くなり、感覚的な話だが、守られているという感じがする。


「これは〈フレイ・シルド〉といって、相手から受ける魔法や物理的な衝撃を減衰させてくれる炎のクッションだ。自分からこれで攻撃を受けるだけじゃなくて、炎で覆っている部分を相手の攻撃にぶつけて味方を庇ったりすることもできる」


「へえ……ってかなり重要な技じゃんそれ。なんで昨日の狩りの前に教えてくれなかったんだよ」


「いつもは僕への貢ぎ物を用意しないと教えていないんだぜ? 今日は大サービスだ。むしろ感謝してほしいなー」


 ドヤ顔を俺に見せつける魔法使い。


 恐らくまだ何かを隠しているのだろう。


 もっと話してくれと催促しようとも思ったが、


「もうすぐね……ゆーすけちゃん。準備はいい?」


 まつひろさんの声がかかり、おねだりは今日の聖獣討伐の後にすることにした。







 緑が広がる平原。


 以前の昼間に来た時と違い、どうも不気味な空間に見えてしまう。あの時と何も変わらないはずなのに。


 集落の全員が出撃し、その数は50人ほど。こんなにも人がいたのかと改めて思った。


 そしてさらに、この場に集落では見たことのない、またもや俺と同い年くらいの数人の男女が現れる。


 ドウコクさんも少し言っていたが、集落の空気になじめないはぐれ者ということか。


「全員、位置についたか!」


 ドウコクさんの叫び声が大きく響く。各々の武器や戦う術の最終確認をしながらその時を待っている。


 見るとミハルやパンチーも前にでて、険しい顔で平原の先を見据えていた。


 えげつない緊張感だ。


 こんな光景は高校受験で志望校に受かるためにテストと戦う受験生の比じゃないと思う。


 魔法使いは、集落へ続く大門の前で杖を構えて立っている。先ほど言っていた通り本当に手出しはしないつもりなのだろう。


「くるわよ、ゆーすけちゃん。気をしっかり持って、今日はとにかく生き延びなさい」


 昨日一日、行動を共にして、頼れる兄貴分みたいなまつひろさんの激励を受け、俺も固唾をのんで皆が見つめる先を見た。


 突如、俺がいる100メートル先くらい、平原の真ん中で、何もないところから炎が燃え上がる。俺が使うのと同じ普通の炎。


 それは巨大な炎柱となり、その柱の中に何かがそこに現れたのが分かった。


 デカい。体長はおよそ5メートルあるだろう。


 炎から、徐々にその姿が明らかになる。


 所詮チュートリアルの相手だ。ドラゴンみたいな絶対に強いという見た目の奴は現れないだろう。


 そう思っていた俺の目に飛び込んできたのは、現実では見たことのない存在だった。


 上半身は人の姿。ただし大きな一つ目で角が生えているところは人間との違いか。しかし腕が木の幹よりも太く、手には巨大な鋼でできている大剣を片手で持っている。


 下は馬――のように見え、姿はいわゆるケンタウルスに似ているが、下半身の脚の部分も馬よりも太く、腱に当たる部分には白銀の鱗がある。そして体全体はシルバーを基調とする色だ。


 見るだけで威圧感が半端ない。


「あれ……聖獣?」


 睨まれるだけで心臓が止まりそうな圧を感じるが、俺の体が徐々に危機を感じ始めている理由はそれだけではなかった。


 大きな武器を右手に持っているが、左手の様子がおかしい。


 手の代わりに、そこにはまるで戦車が弾をはなつ発射口のようなカタチになっていて、その周りがとても機械的だ。


 まさかとは思うが。あれはサイボーグ、つまり体の一部分が機械仕掛けになっているというのか。


「幻獣とは違うわ。あんな風に古代兵器を身に搭載した兵器、って考えた方がいいかもね」


「まつひろさん、あれはいったい……?」


「ごめんなさい、それくらいしか分からないわ。それよりも今は目を逸らしてはダメよ」


 ここは清々しいほどのファンタジー世界だと思っていたが、そんなことはなかった。


 俺にアドバイスをくれるまつひろさんが、これまでにないほど真剣な表情に。


 そしてそれは、ミハルもパンチーも、ドウコクさんも一緒だった。


 あのアグレッシブな狩りを軽々こなしていたドウコクさんが、かなり殺気立っている。


 つまりそれほどに強いってこと。それくらいは察しが悪い俺でも感じ取れる。


 俺も目の前の敵に集中することにする。


 深呼吸。


 いよいよ、カネを手に入れるための戦いが始まるのだ。


「イイニエ、パイイッ」


 聖獣は何かをしゃべ――。


 笑った。


「全員走れ!」


 ドウコクさんの怒鳴り声。


 聖獣が左手の発射口を俺らの方に向ける。


 そして、その場からそこから赤いレーザーを放ってきた。


 そのレーザーは戦闘にいたドウコクさんを狙ったがドウコクさんが紙一重で躱し、熱線は地面着弾し、凄まじい爆発を起こした。

爆炎が広がって、煙がたつ。その煙で聖獣が見えなくなった。


「ゆー!」


 まつひろさんの怒鳴り声。


 反射的に俺は慌ててその場から全速力で駆け出すことができた。


 そのわずか1秒に満たないうちに巨大な何かが俺が居た場所を通り抜けた!


 車にひかれたかのごとく、俺はその衝撃で吹っ飛ばされる。


 地面を転がり、いったい何だと、先ほど居た場所を見た。


 ――いる!


 100メートル先にいたはずの聖獣が。



 俺をひき殺すつもりで突撃してきたのだ。


 ありえないありえないありえない。


 速すぎる。


 ――そしてそれだけではない。俺はもののついでだったのだ。


 俺の近くにいた別の人間が、持っていた聖獣の右の大剣によってひねりつぶされていた。

聖獣は完全な獣ではなく、一言でいえば、サイボーグの巨獣というイメージです。

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