ワケあり少年少女。ゲーム世界でカネ稼ぎ!

「カネが欲しいか? いい仕事があるぜ? 攻略不可能な冒険で稼げるんだァ!」
戸﨑享
戸﨑享

32 秘密結社と本物の異世界、信じられるワケが……

公開日時: 2020年11月28日(土) 20:30
文字数:3,893

 あの魔法使い。やろうと思えば俺達を元の世界に返せたそうだ。


 元の世界に帰ってきて目を覚ますと、刑事ドラマで見たことがある取り調べ室に似た個室に俺は座っている状態だった。


 目の前には、俺の誘拐しあの世界へ送った巨漢がいた。


「チュートリアルクリアおめでとう!」


 巨漢は満面の笑みで俺を祝ってくれている。


 俺からしてみれば不気味なことこの上ない。


 現実世界に戻ってきて、部屋にある時計を見て分かったのは、向こう過ごした日数と同じ時間が現実世界でも流れているということだ。


「あの世界で生きられる資格を示した君には、すべての真実を伝えなければなるまいィ!」


 当たり前だ。話してもらわなければいけないことはたくさんある。


「そうです。遊介くんを何の説明もなく向こうに送るなんて! あなたは酷い男です」


「そう怒るなよリエルゥ」


 ぷんぷんと怒っている、俺の隣に座ったリエルちゃん。彼女がレリエットのお姉さまとはどういうことなのか、態度を見るにこの男は絶対に知っている。


「さて、報酬の話の前に、やはり真実を話そうじゃないか。俺が所属している、この秘密結社の正体を」


 巨漢は長話になることをあらかじめ予期していたのか、俺にお茶を淹れてくれていた。そして自分の分も抜け目なく。


「そもそも、まず俺の会社がどんな事業をしているかを説明した方が早いかァ」


 一口お茶を流し込む巨漢。この隙に俺も一口。しかし、めっちゃ筋肉で太くなっている腕を見ると、文句は出てきても反抗する気にはなれない。



「俺の会社は、この現実世界とお前さんが旅した異世界を繋げる技術を持っている。向こう側から送られてくる人間や人型の連中を、まるで人間と同じ知能を持つアンドロイドとして世間に発表しては、人手が必要な場所に派遣するのが表向きだ。まあ、資金繰りのためにやむなく口にはできないような事業もやってるけどなァ」


 当たり前のように出てきた『異世界』という言葉。


 ファンタジー小説でしか聞いたことがない。そんなものが存在するというのか。


 俺は向こうの世界をゲームの世界だと思って過ごしていたので、いきなりそこが本物の異世界ですと言われても――。


 いや。薄々は少し期待していた。


 リエルとレリエットは姉妹だと言っていた。そしてリエルは和奈の家のメイドさんとして確かに現実世界に居たのを知っている。本物の異世界でもない限りおかしな話だ。


「思ったより驚かないんだなァ?」


「まあ、思い当たる節もあるし……」


「ああ、なるほどネェ。そこのリエルちゃんは家を出ていったのは良いが生きるのに困ってひいひい言っていたところを、向こうの魔法使いに救われてここを紹介されたんだァ」


 恐らくレリエットと同じで養分を与えてくれる者がいなかったということだろう。


「さっきから魔法使いのこと言ってるけど、あんたと魔法使いの関係が気になる」


「アァ、そりゃそうか。その話もまだだったナァ。一言で言えばビジネスパートナーだ」


「ビジネスパートナー?」


「偶然の出会いさ。俺たちは稼ぎたい、向こうは異世界とこっちをつなげられるし、ワケありで人手が欲しいときた。ビジネスチャンス」


 最高に相性の悪い出会いに聞こえるのだが。


「俺達は追い詰められた奴らを捕まえて異世界を冒険させられる。そして向こうでの様子を映像にして、映画的に稼ぐことも考えついたんだよなァ」


「おい、てことは俺の」


「その通りィ! チャンネルのお得意様は君の頑張りをとても評価していたぞォ? まるでアニメの主人公みたいだってねェ」


 とても気に入らない。俺はともかくとしてもあの世界の人々は本気で戦ってた。それを見せものみたいにされるのは侮辱のように思える。


「そう不機嫌になるなァ。そこで手に入れたカネの一部がお前らに支払われる賞金なんだよォ。で魔法使いからはこっちの世界に、自分の野望に使えない人をいろいろと送ってもらってるのよ。異世界人はアンドロイドとして各地に紹介して儲けさせてもらってるわ」


 この男の会社、どんだけ儲けの手段持ってるんだ。強欲だな。


「まあ、俺から言えるのはその程度だなァ。後は向こうの魔法使いに訊いてくれやァ」


「はいはい」


「さて、ここからは君への報酬の話を交えながら話をしようか。つまりカネの話だ」


 巨漢は目を見開く。これからの話に心躍らせているように見える。

「そうだ。チュートリアルのクリア報酬100万円はすでに頭金で使っておいた。和奈ちゃんは一応売られずに済むことになったわけだァ」

はぁ?


「おい待て、頭金?」


「彼女の家は3000万円の借金があるんだァ。お前さんが払ったのは頭金。彼女はまだお家には帰れねえなァ」


 働くっていうのは、またあの世界に戻ってこの会社のエンタメの手伝いをしろってことか?


「なあに、チュートリアルで100万円だぞ? ここから先の冒険をして、実績を上げれば3000万円なんてすぐに取り返せる」


「……和奈は返ってこないのか。そうか」


 はぁ。


 めっちゃ憂鬱だ。チュートリアルだけで死にかけたので、ここから先など考えたくはない。


「向こうの世界は本当の異世界なんだろ。もしもそこで死んだら」


「死ぬわな。永遠に目覚めることはない」


「やっぱり……」


「高い報酬の裏にはそれ相応のリスクがあるってことだなァ?」


 チュートリアルで何度も死にかけたなら、異世界生活でもかなり死ぬ可能性が高い。


「でも、そうしないと和奈は返ってこない」


「そうだな。だが、お前さんが3000万円稼いだら、しっかり返すさァ。ビジネスは信用第一。やることなすことは汚くても、契約はしっかり守らねえとなァ?」


 アレコレ騒いでも和奈は返ってこないだろう。だったら今はこの男の言う通りにカネ稼ぎが必要だ。


 怖いけど。やらなくちゃいけない。


「まあ、今日は休めやァ。お前さんの控室は用意しておいたァ。客人用ホテルルームの一室だ」


「待遇は無駄にいいな……」


「それだけじゃない。クリア報酬に彼女に会わせてやるとも」


 なに?


「本当か?」


「ちょ……ゲフンゲフン。商品として出すための研修は受けた状態だが、お前さんが頑張るなら売りはしないさ。社員のモチベーションをあげてやるのもビジネスには必要だァ」


 ニヤリと笑う巨漢。


 手のひらで踊らされている感じがする。






 ゲストルームは本当に豪華なところで、一流ホテルのスイートルームに匹敵する。


 俺はリエルと一緒にその部屋で待つ。その間リエルがこの世界に来た経緯を聞いていた。


 俺の予想通り、彼女も炎の摂取に困ったらしい。しかし人間を殺すわけにもいかず道端で干からびそうなところを、魔法使いに救われたらしい。


 魔法使いは彼女の体の衰弱を知って、彼女の花の精霊としての特性を封印して、炎を分けて貰わなくても生きていけるようにしたらしい。


 その後は、魔法使いに薦められて、体が健康体に回復するまで自分のビジネスに参加しないかと誘われたそうだ。


 それがこの現実世界への派遣とは、あの男もなかなかのクズだと思う。


「でも、結局戻ることになりました。戦うための力を戻すため封印は解いてもらってます」


「なんか、申し訳ないな」


「いいえ。お嬢様を助けるために自分が手を貸すのは当然のことです」


 立派なメイドさんだと思う。和奈のためにここまでしてくれるのは、俺が喜ぶことでもないのだが嬉しいとは思う。


 そしてそんな話をしながら部屋の中で待っていると、扉が空いた。


「おじゃまします……」


 2人。


 和奈とその妹の和音だった。


 なんか緊張しているような、よそよそしいような。


「ゆうすけ……?」


「久しぶり、いやそんなに経ってないか」


「ううん、すっごく懐かしい感じ」


 違和感の理由は分かった。話し方から俺を遠慮しているわけではなかった。


 どちらかというと元気がないのだろう。


 やや微熱があるのか、顔が赤い。妙に色っぽく見える。対し、和音は特に変わりはないようで、


「遊介おにーちゃん」


 否、なんか予想以上に慣れ慣れしい。いままで俺のことを冴えない男と言っていた割に。


「和音ちゃん、どうしたの?」


 にこにこしながら、


「おねーちゃん、映像でずっと見てたの。それで申し訳ない気持ちとお礼どうしようって迷っているの。今迫ればおねーちゃんと……」


「おい……和音ちゃん。君ねぇ」


「おねーちゃん嫌じゃないと思うけどなー。家も潰された以上、お母さんの言うことを聞く必要ないし」


 その話をされると意識しないわけではないが……。


 思わせぶりな発言をした和音ちゃんは、今度は大きな声を出す。


「頭金の100万で私とお姉ちゃん、人質から解放されることになったの。条件付きでね」


「そうなの? 条件て?」


「それは、明日になれば分かるよ」


 明日って、俺は向こうの世界に戻ってると思うのだが。それじゃあ分からないじゃないか。


 和音は隣のリエルにも抱き着く。平和だった頃は毎日会ってた頃と久しぶりの再会なので、リエルもとても嬉しそうだ。


 和奈が妹がどいたのを見計らって俺の向かいに座った。


「その、ありがとう。助けに来てくれて」


 和奈はいい笑顔で、

「とても嬉しかったよ……遊介」

 と言ってくれた。


 それを見ることができただけで、俺の命がけの戦いは報われるというものだ。


 ああ。本当に。よかった。


「その、私、何もあなたにお礼できないの」


「いいんだよ。俺がそうしたいから追いかけてきた。ここまで来て、向こうで戦ったんだ」


 こうして見つめ合うのは本当に久しぶりな気がする。


 何を話そうか迷うところだが、なんでもいいか。その方が俺らしい。






 長い付き合いだったが一晩を共に過ごした――けっしてやましいことはなにもない!――のは初めてだった。


 本当に、本当に頑張って、こうして和奈と再会できてよかった。


 ああ。本当に。


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